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170 重要なこと

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私は自分の身の上について殿下の前で打ち明けた。

「私の名はローリィ・ハインツです。けれどこの名前は父が爵位を縁戚の者に譲り渡して得たもので、生まれた時の名はローゼリア・アイスヴァインと言います。父の名はロード、母はクレア。父は爵位を譲る前はアイスヴァイン伯爵を名乗っていました。ウィリアムさんのお父上、モーリス・ドルグランさんに色々と武術を教えてもらったのは五歳頃のことです」

読み書きなどは貴族の娘の教養として覚えたこと、それから母親が亡くなり、父が爵位を譲り平民として暮らしだした時に父が亡くなったこと。
身寄りを亡くして一人になり、生活を変えるために王都へやって来たこと。

「父については当時、誰かに会いにシュルスへ行くとだけ言って出掛けた帰りに遺体で発見されました」

「それはいつの頃だ?」

「……殿下が王都へ戻られる少し前です」

そう答えると、殿下は時期を逆算する。

「そなたの身の上はわかったが、なぜ今まで黙っていたのだ?」

「………それは、平民となったことは事実ですし、これから先で私が女の身で爵位を得ることはありません。今も貴族ならいざ知らず今さら貴族だったことを吹聴しても仕方ないことです。これから先の人生は平民として生きていくのですから。それに……」

言葉につまり、ウィリアムさんの方を見る。

「彼女の素性について、宰相閣下に殿下がお訊ねになられたことは覚えていらっしゃいますでしょうか」

ウィリアムさんが話を引き継ぎ殿下に訊ねる。

「彼女が読み書きができることで、どういった出自なのか疑問に思われた殿下が、宰相閣下に書簡を送られました」

「いや………すまん……良く覚えていないが、そういうことなら、確かに問い合わせはするだろう。しかしそなたが何故、私が宰相に送った書簡について知っている?」

「その書簡を受け取った宰相閣下が、ハレス子爵を通じて私をお呼びになり、国王陛下の御前で殿下からの問い合わせについて私にお尋ねになったのです」

「兄の?」

「はい、その際に陛下がローリィの身元について、当分の間は殿下に伏せておくようにおっしゃられ……」

「なぜ兄はそのようなことを?」

殿下の疑問はもっともだ。私も陛下が何を考えてそのようなことをおっしゃったのか、詳しいことは聞かされていない。

「………我々は、国王陛下の臣下です。陛下のご命令に疑問を抱いたり、逆らったりすることはありません。その理由は、陛下から直接お聞きください」

ウィリアムさんも理由を知ってか知らずか、はっきりとは言わなかった。

「彼女が元伯爵令嬢だったということは、今起こっている問題にさして影響はない。だが、アイスヴァイン前伯爵が彼らの手にかかって命を落としたとなれば、ローリィに取って彼らは敵。無関係ではいられないだろう。そして、ジェスティア陛下即位の時代に消えた王族のどなたかの血筋である可能性が大きい人物とナジェット卿に繋がりがあるなら、他にも関係がある者がいる」

「それは……ナジェット卿だけではないと言うことですか?」

殿下の話を聞いて私は驚いた。マーティンという名の者たちだけでなく、ナジェット卿にはまだ仲間が大勢いると言うことなのか。

「ナジェット卿には、マイン国との戦を誘発しようとした疑いがある。だが、疑いがあるのはナジェット卿だけではない。アルセ伯爵、アヴィエ侯爵、ナジェット侯爵の近くを治めるこれらの者たちが、結託していたことがわかっている。今はそれを糾弾する材料を集めさせているところだ」

「アルセ、アヴィエ……」

その名を聞いて頭の中に地図を浮かべた。
どれもシュルスに近い場所ばかりだ。しかもアイスヴァインとも目と鼻の先。自分たちの住んでいたすぐ側を治める貴族たちがそんなことを目論んでいたとは。

「戦争を起こして……彼らは何をしたかったのでしょうか……多くの命が犠牲になるとわかっていながら、何故戦争など………しかも、実際に戦争は起こらなかったのに、今また彼らは何を……」

「これは私の考えだが……」

殿下が私の憤りに答えるためか、口を開く。

「ナジェット侯爵たち、フィリップたち、どちらが主導権を握っているかわからないが、仮に彼らが手を結ぶなら、今の王家を潰して新しい王家をつくり、改めてマイン国と戦争を始めようとしているのではないだろうか。戦争が始まれば軍需産業が発達する。軍が行軍すれば周囲の地領にも莫大なお金が落ちる。ナジェット卿たちはそれを狙っているのだろう。グスタフは、父親を殺した私に恨みがあるのも事実だが、自分たちを見捨てたマイン国王にも少なからず憤怒を抱いている筈だ」

殿下の言葉に誰も異論を唱えなかった。

「そこまでわかっているなら、どうしてナジェット卿たちを捕らえないのですか」

今の話が事実なら、もっと早くにナジェット卿たちを捕らえても良かった。
そうすれば父さまは殺されることはなかったのでは?

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