171 / 266
170 重要なこと
しおりを挟む
私は自分の身の上について殿下の前で打ち明けた。
「私の名はローリィ・ハインツです。けれどこの名前は父が爵位を縁戚の者に譲り渡して得たもので、生まれた時の名はローゼリア・アイスヴァインと言います。父の名はロード、母はクレア。父は爵位を譲る前はアイスヴァイン伯爵を名乗っていました。ウィリアムさんのお父上、モーリス・ドルグランさんに色々と武術を教えてもらったのは五歳頃のことです」
読み書きなどは貴族の娘の教養として覚えたこと、それから母親が亡くなり、父が爵位を譲り平民として暮らしだした時に父が亡くなったこと。
身寄りを亡くして一人になり、生活を変えるために王都へやって来たこと。
「父については当時、誰かに会いにシュルスへ行くとだけ言って出掛けた帰りに遺体で発見されました」
「それはいつの頃だ?」
「……殿下が王都へ戻られる少し前です」
そう答えると、殿下は時期を逆算する。
「そなたの身の上はわかったが、なぜ今まで黙っていたのだ?」
「………それは、平民となったことは事実ですし、これから先で私が女の身で爵位を得ることはありません。今も貴族ならいざ知らず今さら貴族だったことを吹聴しても仕方ないことです。これから先の人生は平民として生きていくのですから。それに……」
言葉につまり、ウィリアムさんの方を見る。
「彼女の素性について、宰相閣下に殿下がお訊ねになられたことは覚えていらっしゃいますでしょうか」
ウィリアムさんが話を引き継ぎ殿下に訊ねる。
「彼女が読み書きができることで、どういった出自なのか疑問に思われた殿下が、宰相閣下に書簡を送られました」
「いや………すまん……良く覚えていないが、そういうことなら、確かに問い合わせはするだろう。しかしそなたが何故、私が宰相に送った書簡について知っている?」
「その書簡を受け取った宰相閣下が、ハレス子爵を通じて私をお呼びになり、国王陛下の御前で殿下からの問い合わせについて私にお尋ねになったのです」
「兄の?」
「はい、その際に陛下がローリィの身元について、当分の間は殿下に伏せておくようにおっしゃられ……」
「なぜ兄はそのようなことを?」
殿下の疑問はもっともだ。私も陛下が何を考えてそのようなことをおっしゃったのか、詳しいことは聞かされていない。
「………我々は、国王陛下の臣下です。陛下のご命令に疑問を抱いたり、逆らったりすることはありません。その理由は、陛下から直接お聞きください」
ウィリアムさんも理由を知ってか知らずか、はっきりとは言わなかった。
「彼女が元伯爵令嬢だったということは、今起こっている問題にさして影響はない。だが、アイスヴァイン前伯爵が彼らの手にかかって命を落としたとなれば、ローリィに取って彼らは敵。無関係ではいられないだろう。そして、ジェスティア陛下即位の時代に消えた王族のどなたかの血筋である可能性が大きい人物とナジェット卿に繋がりがあるなら、他にも関係がある者がいる」
「それは……ナジェット卿だけではないと言うことですか?」
殿下の話を聞いて私は驚いた。マーティンという名の者たちだけでなく、ナジェット卿にはまだ仲間が大勢いると言うことなのか。
「ナジェット卿には、マイン国との戦を誘発しようとした疑いがある。だが、疑いがあるのはナジェット卿だけではない。アルセ伯爵、アヴィエ侯爵、ナジェット侯爵の近くを治めるこれらの者たちが、結託していたことがわかっている。今はそれを糾弾する材料を集めさせているところだ」
「アルセ、アヴィエ……」
その名を聞いて頭の中に地図を浮かべた。
どれもシュルスに近い場所ばかりだ。しかもアイスヴァインとも目と鼻の先。自分たちの住んでいたすぐ側を治める貴族たちがそんなことを目論んでいたとは。
「戦争を起こして……彼らは何をしたかったのでしょうか……多くの命が犠牲になるとわかっていながら、何故戦争など………しかも、実際に戦争は起こらなかったのに、今また彼らは何を……」
「これは私の考えだが……」
殿下が私の憤りに答えるためか、口を開く。
「ナジェット侯爵たち、フィリップたち、どちらが主導権を握っているかわからないが、仮に彼らが手を結ぶなら、今の王家を潰して新しい王家をつくり、改めてマイン国と戦争を始めようとしているのではないだろうか。戦争が始まれば軍需産業が発達する。軍が行軍すれば周囲の地領にも莫大なお金が落ちる。ナジェット卿たちはそれを狙っているのだろう。グスタフは、父親を殺した私に恨みがあるのも事実だが、自分たちを見捨てたマイン国王にも少なからず憤怒を抱いている筈だ」
殿下の言葉に誰も異論を唱えなかった。
「そこまでわかっているなら、どうしてナジェット卿たちを捕らえないのですか」
今の話が事実なら、もっと早くにナジェット卿たちを捕らえても良かった。
そうすれば父さまは殺されることはなかったのでは?
「私の名はローリィ・ハインツです。けれどこの名前は父が爵位を縁戚の者に譲り渡して得たもので、生まれた時の名はローゼリア・アイスヴァインと言います。父の名はロード、母はクレア。父は爵位を譲る前はアイスヴァイン伯爵を名乗っていました。ウィリアムさんのお父上、モーリス・ドルグランさんに色々と武術を教えてもらったのは五歳頃のことです」
読み書きなどは貴族の娘の教養として覚えたこと、それから母親が亡くなり、父が爵位を譲り平民として暮らしだした時に父が亡くなったこと。
身寄りを亡くして一人になり、生活を変えるために王都へやって来たこと。
「父については当時、誰かに会いにシュルスへ行くとだけ言って出掛けた帰りに遺体で発見されました」
「それはいつの頃だ?」
「……殿下が王都へ戻られる少し前です」
そう答えると、殿下は時期を逆算する。
「そなたの身の上はわかったが、なぜ今まで黙っていたのだ?」
「………それは、平民となったことは事実ですし、これから先で私が女の身で爵位を得ることはありません。今も貴族ならいざ知らず今さら貴族だったことを吹聴しても仕方ないことです。これから先の人生は平民として生きていくのですから。それに……」
言葉につまり、ウィリアムさんの方を見る。
「彼女の素性について、宰相閣下に殿下がお訊ねになられたことは覚えていらっしゃいますでしょうか」
ウィリアムさんが話を引き継ぎ殿下に訊ねる。
「彼女が読み書きができることで、どういった出自なのか疑問に思われた殿下が、宰相閣下に書簡を送られました」
「いや………すまん……良く覚えていないが、そういうことなら、確かに問い合わせはするだろう。しかしそなたが何故、私が宰相に送った書簡について知っている?」
「その書簡を受け取った宰相閣下が、ハレス子爵を通じて私をお呼びになり、国王陛下の御前で殿下からの問い合わせについて私にお尋ねになったのです」
「兄の?」
「はい、その際に陛下がローリィの身元について、当分の間は殿下に伏せておくようにおっしゃられ……」
「なぜ兄はそのようなことを?」
殿下の疑問はもっともだ。私も陛下が何を考えてそのようなことをおっしゃったのか、詳しいことは聞かされていない。
「………我々は、国王陛下の臣下です。陛下のご命令に疑問を抱いたり、逆らったりすることはありません。その理由は、陛下から直接お聞きください」
ウィリアムさんも理由を知ってか知らずか、はっきりとは言わなかった。
「彼女が元伯爵令嬢だったということは、今起こっている問題にさして影響はない。だが、アイスヴァイン前伯爵が彼らの手にかかって命を落としたとなれば、ローリィに取って彼らは敵。無関係ではいられないだろう。そして、ジェスティア陛下即位の時代に消えた王族のどなたかの血筋である可能性が大きい人物とナジェット卿に繋がりがあるなら、他にも関係がある者がいる」
「それは……ナジェット卿だけではないと言うことですか?」
殿下の話を聞いて私は驚いた。マーティンという名の者たちだけでなく、ナジェット卿にはまだ仲間が大勢いると言うことなのか。
「ナジェット卿には、マイン国との戦を誘発しようとした疑いがある。だが、疑いがあるのはナジェット卿だけではない。アルセ伯爵、アヴィエ侯爵、ナジェット侯爵の近くを治めるこれらの者たちが、結託していたことがわかっている。今はそれを糾弾する材料を集めさせているところだ」
「アルセ、アヴィエ……」
その名を聞いて頭の中に地図を浮かべた。
どれもシュルスに近い場所ばかりだ。しかもアイスヴァインとも目と鼻の先。自分たちの住んでいたすぐ側を治める貴族たちがそんなことを目論んでいたとは。
「戦争を起こして……彼らは何をしたかったのでしょうか……多くの命が犠牲になるとわかっていながら、何故戦争など………しかも、実際に戦争は起こらなかったのに、今また彼らは何を……」
「これは私の考えだが……」
殿下が私の憤りに答えるためか、口を開く。
「ナジェット侯爵たち、フィリップたち、どちらが主導権を握っているかわからないが、仮に彼らが手を結ぶなら、今の王家を潰して新しい王家をつくり、改めてマイン国と戦争を始めようとしているのではないだろうか。戦争が始まれば軍需産業が発達する。軍が行軍すれば周囲の地領にも莫大なお金が落ちる。ナジェット卿たちはそれを狙っているのだろう。グスタフは、父親を殺した私に恨みがあるのも事実だが、自分たちを見捨てたマイン国王にも少なからず憤怒を抱いている筈だ」
殿下の言葉に誰も異論を唱えなかった。
「そこまでわかっているなら、どうしてナジェット卿たちを捕らえないのですか」
今の話が事実なら、もっと早くにナジェット卿たちを捕らえても良かった。
そうすれば父さまは殺されることはなかったのでは?
2
お気に入りに追加
1,935
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる