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159 夢と現実の区別

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私が黙ったままなので、二人もそれ以上は何も言わず、無言のまま山を降りた。
二人には気を使わせてしまって悪いと思いながら、無理に笑顔を作ることもできず、ただただ頭の中でどうしてどうしてと繰り返し、胸にはふつふつとした怒りが燻り続ける。

涙を流さなかっただけ自分を誉めてあげたい。

警羅隊の詰所に着く頃には西の空の月が薄くなり、東の空が白みはじめていた。

私たちが中に入ると、入り口にいた隊員が少し待つように言い、暫くして隊長がやってきた。

「徹夜になってしまいましたね」

「フェリクス隊長もまだ帰れないのですか?」

「副隊長が後を引き継ぐと言ってくれているのですが、色々気になりまして……でも後少しここにいて、日勤の者が出勤してくれば帰ろうと思います」

「我々もティモシーがどうなったか確認して一旦帰ろうと思います。ティモシーはどうしましたか?」

「念のため、待機していてくれたホーク先生が診療所に連れていってくれました。安心したのか、ここに着くまでずっと気を失っていました……モリーたちがついていましたが、可哀想に酷く痛め付けられて」

「どこでどうしていたのかは、まだ?」

私が訊ねると、隊長はゆっくり首を横に振る。

「気持ちは焦りますが、ティモシーのことを思うと無理強いもできません」

立ち話をしていると、別の隊員が指示をもらおうと隊長に話しかける。

「すいません。何しろ祭りからずっと色々あって、こんなに忙しいのは初めてです。隊員も激務で何人か体調を崩していまして……」

「いえ、忙しいところすいません。ティモシーがどうなったか確認できましたし、我々もこれで失礼します」

エリックさんがそう言うと、隊長は話しかけてきた隊員に先に行くように伝え、改めて私の方に向き直った。

「本当にご協力ありがとうございました。あなたがモリーさんの身代わりになってくれなければ、こんな風にはいかなかった。捕まえたやつらの取り調べはこれからですが、ひとまずティモシーさんもかなり拷問それているとは言え、生きてくれていたわけですし、本当にありがとうございました。皆さんも、ありがとうございます。殿下にも護衛の方々を派遣していただき、後で改めてご報告とお礼に伺うとお伝えください」

隊長は何度もありがとう、ありがとうと繰り返す。
あまりに隊長が繰り返して頭を下げる。

「ところで殿下のお体は大丈夫なのですか?」

「王宮から医師がお越しになられましたし、薬もお飲みになられていますから、暫く安静は必要ですが、何とか……」

エリックさんがそう伝えると、隊長も安心したように頷く。

「それは大変喜ばしいことです。実は殿下に薬を盛ったアネット嬢ですが、起きている間、一日中わめき散らされて、監守だけでなく、囚人からも苦情が出ておりまして……」

隊長の言葉に、状況が想像つくだけに納得する。

「それで、出来れば被害者である殿下には今後彼女についての処遇をどうするか、ご判断を仰ぎたいと思います。王族の方に薬を盛ったのですから、死刑かそれに近い罰は下されるべきだと思いますが」

確かに、毒ではなかったとは言え、人に薬を盛ったとすればある程度の罰は必要だろう。ましてや相手は王族……以前王都で公爵邸を襲った者たちは厳しい監獄へ送られた。

彼女もそれと同等の罰が妥当だろう。

この世界でも一応の法はある。だが、そこに不敬罪というものが存在し、身分の低いものが自分より位の高いものに対して犯した罪は、同じ位の者に行った以上に厳しい処分が下されるのが現実だ。

「わかりました。お伝えいたします」

私はそれだけ答えた。アネット嬢には悪女扱いされたが、腹が立つより呆れていた。
裕福な商人の娘として生まれ、何不自由なく育てられ、それなりの美貌を持ち合わせていたのに、自分の行いひとつで転落の人生を生きることになった。

彼女の不幸は彼女の望む夢と現実の区別がつかなかったことだ。そして誰も彼女を諌めなかったこと。(諌めてそれでおとなしくなったかは別だ)

「デリヒさん、彼女の両親はどうなりますか?」

「彼女も立派に成人した大人です。自分がしでかしたことは彼女自身の責任です。普通であれば表向きには処罰はないでしょうが、身内として監督不行き届きに対する何らかの咎めはあるでしょうし、世間的にはかなりの信用を失うでしょう」

昨日の話では今日の朝早くにもネヴィルさんがクリスさんたちと共に山車を造った工房やその他の店、顔役たちの店や屋敷を訪れるはずだ。

娘の行った愚行に対する罪に加え、例の横領にもデリヒ氏は何らかの関与をしているなら、彼もこれから別の罪状で裁かれる恐れがある。

まだまだ隊長たちの仕事は終わりそうにない。
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