上 下
154 / 266

153 拉致

しおりを挟む
街の人たちの朝は早く、その分夜も早い。
飲食店などが並ぶ通りを少し外れて住居が密集する区域に来ると、真夜中近くともなれば家々の灯りは殆ど消える。

夜遅くまで働く人や夕食に軽くお酒を引っかけて千鳥足で帰宅する人が時折通ることもあるが、昼間と比べれば人通りはぐっと少なくなり、その日に限ってはまったくと言っていいほどに人気がなく、ひっそりとしていた。

その中を足音を忍ばせて歩く数人の影が薄い月明かりに照らされて浮かび上がった。

月に照らされて浮かび上がったのは大きな荷物を抱えた男二人。男たちは人目を避けながら街から外れた山の入り口にやってきた。

「早かったな………」

彼らを待ち構えたように男が三人木立から現れ、男たちが肩に担いでいる大きな袋を見る。
男たちはすっぽりと外套のフードを頭から被り、顔の下から半分を黒いマスクで覆って顔を隠している。

二人が肩に担いでいた物を降ろし、袋の口を僅かに開けると口枷を嵌められ、目隠しをされた栗色の髪の毛をした女が現れた。
女は薬を盛られているのかぐったりとして動かない。

「間違いないんだな」

「言われたとおり、大工のフランツのところの娘だ」

「ご苦労」

待ち構えていた男のうち、一番背の低い一人が懐から小袋を取り出し、彼らのすぐ側の地面に放り投げる。

男の一人がもう一度袋の口を閉じて、別の男が放り投げられた袋を取り上げると、二人はぺこりと頭を下げて立ち去っていった。
彼らが見えなくなると、男たちはフードと顔のマスクを外した。
背の高い二人はまばらに灰色と黒が混ざった短髪の男と、赤茶色の短い巻き毛、金を払った一番背の低い男はくすんだ金色の髪を首の後ろで束ねている。
背の高い男二人で袋にくるまれた女を担ぎ上げ、もう一人の男が周囲を警戒しながら後からついて行った。

「いやに大人しいな……まだ薬がきいているのか」

短髪の前を歩く男の一人が呟く。

「楽な仕事だな。薬を嗅がされた女を山小屋まで運んで、相方の男共々始末するだけだろ?」
 
後ろを担ぐ巻き毛の男が、ポンと女のお尻のあたりを触りながらへらへらと笑う。

「お前ら、黙って運べ」

周囲を警戒しながら後ろから来る男が前の二人に注意する。

「それならお前が代われよ、レベロ。山道を他人を担いで登るのは大変なんだぞ」

命令口調に些かむっとして口答えする。

「俺は、お前らよりもっと色々任されてるんだ。俺の方が立場は上だぞ」

逆ギレされて男が反撃するが、男二人はどうだかな、と薄ら笑いを浮かべた。

「どうだか………前のシュルスでの失敗だって、結局俺らやマーティン様が尻拭いするはめになったんだろ」

「確か、ナジェット領の隣のアイスヴァイン伯爵だったか……」

「そうそう、あんたがうっかり逃がしたお陰でマーティン様と俺達で追いかけて始末することになったんだぞ」

「あれは、俺だけのせいじゃない、ナジェット卿が信用できるというから仲間にするために呼んだのに、俺だって騙されたんだ」

「どうだかなぁ今回のことで汚名返上したいところだろうが、結局は俺たちがいなくちゃ何にもできないじゃないか」

「うるさいうるさい!俺の親父はフィリップ様とマーティン様のお父上の代からずっと仕えてるんだ。お前らとは年期が違うんだ。最近になって仲間になったお前らよりずっと信頼されてるんだ」

「長ければいいってもんでもないけどなあ」

「結局、役に立つかどうかだと思うけどな」

男が熱くなればなるほど、他の男は冷めたような言い方になる。

やがて登山道は緩やかになり、少し開けた場所に辿り着く。

「待っていろ」

レベロはバタバタと男二人を追い抜いて先に立ち、人の高さまで生い茂った藪の中に分け行り姿を消した。

「なあ、降ろしていいか?」

「ああ」

男たちは担いでいた袋を降ろして、ふうっとため息を吐いて体を思い切り伸ばす。

「レベロのやつ、調子に乗ってるな」

「長くいるからって信頼されてるとは限らないだろうに」

「腕っぷしもいいわけじゃないのに、俺らを顎で使うのはむかつくな」

二人は余程レベロに不満があるのか、彼がいないのをいいことに悪口を言い合う。

「腕っぷしと言えば、あのマイン国から来た火傷の男……グスタフとかいうやつ、フィリップ様が言うにはかなりの腕前らしいぞ」

「王弟の頬の傷もあいつがつけたらしいな」

話題はレベロから他国から来た火傷を負ったアレン・グスタフへと移る。

「マーティン様ももう少しで仕留めるところだったと聞くぞ。脇腹に太刀傷をつけたのはあの人だ」

「俺、あいつの顔をまともに見たことないぞ。気味が悪くて。マーティン様も何かとあいつと組まされて気の毒だよな」

「確かに見てて気分は良くないが、国を追われて、あんな姿になって、俺でもそんな目に会わされたら恨みたくなる」

「………なあ、お前は、あの話を信じてるのか?」



しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

処理中です...