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143 九九かけ算
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クリスさんたちが書斎を出ていき、部屋には私とネヴィルさんだけになった。
私の護衛役のエリックさんも、私がネヴィルさんと書斎に引きこもることになるため、特に張り付く必要がないと出ていった。
レイさんはもう一度警羅の詰所へ行くそうだ。
途中、フィリアさんが簡単な食事やお茶を運んでくれた時以外、私たちはひたすら書類を確認していった。
私がネヴィルさんの手伝いを申し出たのにはいくつか理由があった。
ひとつはもちろん、不正があれば見逃せないと言うこと。目の前に手がかりがあるのなら、追求する。ネヴィルさん一人に任せては申し訳ない。
もうひとつは、このことに集中できれば暫くは殿下のことを考えないでいられるかもということだった。
簿記の資格も知識もないが、書類を読んで数字を確認することはできる。
数字を眺めながら、算盤を弾く真似をして暗算をし、ぶつぶつと九九かけ算を呟きながら計算に没頭していた。
「それは何ですか?」
「あ、すいません。うるさかったですか?」
ネヴィルさんが不思議そうに私に訊ねる。ネヴィルさんの邪魔にならないように声を出さずに九九かけ算をしていたつもりが、いつの間にか声に出ていたのかもしれない。
「いえ…うるさくはありませんが、何かの呪文ですか?」
確認しなければならない書類はまだ半分はあったが、私は持っていた書類を置いて、どう説明したらいいか考えた。
実は私には前世の記憶があって、これは日本の小学生が習う計算方式です。とも言えない。
「えっとですね。私が使っている計算方式で、呟いていたのは一定の調子で繰り返して覚えたら計算しやすいんです」
側にあった紙にペンで九九かけ算を書き出す。
これが何かという説明は省き、そのやり方だけを伝える。
いくつか2×8=16等と書いていくと、ネヴィルさんはものすごくびっくりしていた。
「素晴らしい……それを暗記して繰り返せば、計算がぐんと早くできますね、こんなことを思い付くなんて、天才ではないですか」
「いえ、それは言い過ぎです」
手放しに褒め称えてくれるネヴィルさんに対して、すごく心苦しくなる。
九九かけ算は私が発明したものでも何でもないのに、ただそれができるからと天才扱いされては困る。
本気でとんでもないと首を振っているのに、謙遜しているとネヴィルさんが思い込んでいる。
「そ、それよりネヴィルさんの方は他に何か見つかりましたか?」
慌てて話題を反らすと、ネヴィルさんがああ、そうですね。と書類に目を落とす。
「いくつか気になるところが……ですが、もう少し確認が必要です」
「私もです」
「では、もう少ししたら互いに意見交換をしましょう」
ネヴィルさんがそう言い、再び書類に没頭した。
「ローリィさんは、殿下のところはいつから?」
書類を眺めながらネヴィルさんが訊いてきた。
「えっと……殿下が王都に来られて、王都のお屋敷に戻られる時に……」
そう言うとネヴィルさんは少し考えて「それはお辛いですね」と気の毒そうに私を見た。
言いたいことがわかるだけに、ネヴィルさんの顔から視線をそらせ慌ててフィリアさんが淹れてくれたお茶の入ったカップを持ち上げて飲もうとしたが、すっかり飲み干してしまっていたのでそのまま受け皿に戻した。
「すいませんでした。」
ネヴィルさんはスッと視線を下にして、書類に目を落とす。
「私も……殿下が六年前にここを留守にするために、その間の代理としてやって来たので、殿下とは引き継ぎのための一カ月ほどを共に過ごさせて頂いただけなので、それほどよく存じ上げているとは言えませんが、忘れられるということは、その人と共に積み重ねてきた時間も失うということで、憎まれるより辛いことなのかもしれませんね」
ネヴィルさんの言葉に、有名な○ィズ○ーのアニメ映画を思い出した。死者が自分のことを覚えてくれている人が誰もいなくなったときに、死者の国からも消え去るという切ない設定だった。
「憎まれるのも辛いですけどね。誰しも人から疎まれるより好かれる方がいいに決まってますが」
私が軽く言い返すと、ネヴィルさんも「確かに……」とクスリと笑った。
「それより、その計算方法、時間があったら私にも教えてください」
九九かけ算の話題に戻り、ネヴィルさんが熱心に見つめてきた。
「はい、要は暗記なので今度紙に書きますね」
「暗記は得意です。是非お願いします」
こっちの世界でも同じ数字は十進法で時間は六十分で一時間、二十四時間で一日、一週間は七日だから前世の記憶を取り戻してからも、基本混乱は少なかった。
「ローリィさんの進捗はいかがですか?」
三年分の書類を見終わり、ネヴィルさんが目頭を押さえながら訊いてきた。
「もう少しで見終わります」
「そうですか、ではお茶のおかわりをお入れしますね」
「ありがとうございます」
ネヴィルさんがお茶を頼むために部屋を出ていき、私は残りの書類に目を通し終わり、ふうっと長椅子に頭を預けて腕を目に乗せて休憩をした。
背後で扉が開いた。
「あ、すいません、ネヴィル………さん」
ネヴィルさんが戻ってきたのだと思い、慌てて起き上がり振り向いた私は入ってきた人物を見て固まった。
「殿下………」
そこには夜着の上からガウンを肩に羽織った殿下が立っていた。
私の護衛役のエリックさんも、私がネヴィルさんと書斎に引きこもることになるため、特に張り付く必要がないと出ていった。
レイさんはもう一度警羅の詰所へ行くそうだ。
途中、フィリアさんが簡単な食事やお茶を運んでくれた時以外、私たちはひたすら書類を確認していった。
私がネヴィルさんの手伝いを申し出たのにはいくつか理由があった。
ひとつはもちろん、不正があれば見逃せないと言うこと。目の前に手がかりがあるのなら、追求する。ネヴィルさん一人に任せては申し訳ない。
もうひとつは、このことに集中できれば暫くは殿下のことを考えないでいられるかもということだった。
簿記の資格も知識もないが、書類を読んで数字を確認することはできる。
数字を眺めながら、算盤を弾く真似をして暗算をし、ぶつぶつと九九かけ算を呟きながら計算に没頭していた。
「それは何ですか?」
「あ、すいません。うるさかったですか?」
ネヴィルさんが不思議そうに私に訊ねる。ネヴィルさんの邪魔にならないように声を出さずに九九かけ算をしていたつもりが、いつの間にか声に出ていたのかもしれない。
「いえ…うるさくはありませんが、何かの呪文ですか?」
確認しなければならない書類はまだ半分はあったが、私は持っていた書類を置いて、どう説明したらいいか考えた。
実は私には前世の記憶があって、これは日本の小学生が習う計算方式です。とも言えない。
「えっとですね。私が使っている計算方式で、呟いていたのは一定の調子で繰り返して覚えたら計算しやすいんです」
側にあった紙にペンで九九かけ算を書き出す。
これが何かという説明は省き、そのやり方だけを伝える。
いくつか2×8=16等と書いていくと、ネヴィルさんはものすごくびっくりしていた。
「素晴らしい……それを暗記して繰り返せば、計算がぐんと早くできますね、こんなことを思い付くなんて、天才ではないですか」
「いえ、それは言い過ぎです」
手放しに褒め称えてくれるネヴィルさんに対して、すごく心苦しくなる。
九九かけ算は私が発明したものでも何でもないのに、ただそれができるからと天才扱いされては困る。
本気でとんでもないと首を振っているのに、謙遜しているとネヴィルさんが思い込んでいる。
「そ、それよりネヴィルさんの方は他に何か見つかりましたか?」
慌てて話題を反らすと、ネヴィルさんがああ、そうですね。と書類に目を落とす。
「いくつか気になるところが……ですが、もう少し確認が必要です」
「私もです」
「では、もう少ししたら互いに意見交換をしましょう」
ネヴィルさんがそう言い、再び書類に没頭した。
「ローリィさんは、殿下のところはいつから?」
書類を眺めながらネヴィルさんが訊いてきた。
「えっと……殿下が王都に来られて、王都のお屋敷に戻られる時に……」
そう言うとネヴィルさんは少し考えて「それはお辛いですね」と気の毒そうに私を見た。
言いたいことがわかるだけに、ネヴィルさんの顔から視線をそらせ慌ててフィリアさんが淹れてくれたお茶の入ったカップを持ち上げて飲もうとしたが、すっかり飲み干してしまっていたのでそのまま受け皿に戻した。
「すいませんでした。」
ネヴィルさんはスッと視線を下にして、書類に目を落とす。
「私も……殿下が六年前にここを留守にするために、その間の代理としてやって来たので、殿下とは引き継ぎのための一カ月ほどを共に過ごさせて頂いただけなので、それほどよく存じ上げているとは言えませんが、忘れられるということは、その人と共に積み重ねてきた時間も失うということで、憎まれるより辛いことなのかもしれませんね」
ネヴィルさんの言葉に、有名な○ィズ○ーのアニメ映画を思い出した。死者が自分のことを覚えてくれている人が誰もいなくなったときに、死者の国からも消え去るという切ない設定だった。
「憎まれるのも辛いですけどね。誰しも人から疎まれるより好かれる方がいいに決まってますが」
私が軽く言い返すと、ネヴィルさんも「確かに……」とクスリと笑った。
「それより、その計算方法、時間があったら私にも教えてください」
九九かけ算の話題に戻り、ネヴィルさんが熱心に見つめてきた。
「はい、要は暗記なので今度紙に書きますね」
「暗記は得意です。是非お願いします」
こっちの世界でも同じ数字は十進法で時間は六十分で一時間、二十四時間で一日、一週間は七日だから前世の記憶を取り戻してからも、基本混乱は少なかった。
「ローリィさんの進捗はいかがですか?」
三年分の書類を見終わり、ネヴィルさんが目頭を押さえながら訊いてきた。
「もう少しで見終わります」
「そうですか、ではお茶のおかわりをお入れしますね」
「ありがとうございます」
ネヴィルさんがお茶を頼むために部屋を出ていき、私は残りの書類に目を通し終わり、ふうっと長椅子に頭を預けて腕を目に乗せて休憩をした。
背後で扉が開いた。
「あ、すいません、ネヴィル………さん」
ネヴィルさんが戻ってきたのだと思い、慌てて起き上がり振り向いた私は入ってきた人物を見て固まった。
「殿下………」
そこには夜着の上からガウンを肩に羽織った殿下が立っていた。
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