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132 予想と未知数のもの

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目が光に慣れてくると床下から見上げる部屋の様子が確認できた。
カンテラの灯を吹き消し、そのまま階段を昇ると、秘密通路の先はそこそこに広い部屋だった。
ウィリアムが昇りきるとハレス子爵が長櫃を動かし入り口を塞いだ。
そこには国王陛下、宰相、そしてハレス子爵の三人がいた。
ウィリアムは国王の存在に気づくとその場で片膝を折り、項垂れた。

「国王陛下におかれましては………」
「非公式な場だ。騎士の礼は不要だ。それより様子を聞かせてくれ」

イースフォルドは待ちきれないというようにウィリアムに声をかける。

「はい。用意していた薬が効を奏して、今のところは順調に……すり替えた薬はこちらに、王宮の医師団で薬の確定をお願いします」
「わかりました。こちらで預かります。最優先で調べさせます」

ウィリアムが小瓶を取り出し宰相に渡す。宰相はそれをハレス子爵に渡し彼は部屋を出ていった。
三人だけになった部屋でウィリアムが片膝をついたままの姿勢で国王を見上げた。

「陛下、キルヒライル様が飲まれた薬は一体……本当に大丈夫なのでしょうか。最初呼吸も荒く、本当に昏倒されておられましたし、私がこちらに参る際もまだ意識がなく……」
「大事ない。量を間違えなければいずれ目が覚める。暫くは症状が続くだろうが解毒剤もある」
「何の薬なのかご存知なのですか?」

国王の言葉に宰相も同意して頷く。彼らは大丈夫だと言うが、実際に倒れた殿下を見ているウィリアムは不安げだった。

「とても特殊な薬で、持ち込まれた薬がその薬かどうか確認するだけだ」

国王の口から語られた内容にウィリアムは驚いた。

「キルヒライル様は、前もって薬の効果を薄める抗体も身につけておられます。敢えて口にされたのは敵を油断させるためです。ちゃんと薬を飲んだときの症状が出なければ、不信に思われてしまいます」
「それでは、殿下自らどのような薬かわかっていながら敢えて飲まれたということですか?」

何と無謀な……もし向こうが全く違う薬を……死に至るような毒を盛っていたらどうなったのか。

「そなたの杞憂もわかるが、その薬がどのような目的で使われるのか、全て承知している。向こうはその薬を使うことに意味があると思っている」
「一体どんな薬なのですか………」

ウィリアムの問いかけに、国王も宰相も互いに顔を見合せてから頷き合った。

「それは……聞かない方があなたのためです」

重苦しく語る宰相の口調は、決して声を荒立てるでもなく淡々としていたが、それがかえって無闇に触れてはいけない部分にあるものだと思わせる。

「既にあなたには、多くの情報を与えていますが、これは言わば一時的なもの。この件が片付けば、元の第三近衛騎士団に戻ることになります。事件解決のために必要な情報は渡しますが、それ以外のことはなるべく知らない方がいいでしょう」

宰相の言葉はもっともだった。今回のことにしても、殿下がわざと薬を飲んだと知っているのは自分だけだ。
クリスはただ自分の指示通り薬瓶を割っただけ。

ウィリアムはこれ以上そのことについて訊ねるのは無駄だと判断した。

「私は、無事に殿下が元通り回復されれば、それで構いません。陛下や閣下がそうお考えならば、これ以上のことはお伺いいたしません。出過ぎたことを申しました」

ウィリアムの答えに満足したのか、二人はそれでいいと頷いた。

「それより薬のことはどうやって知ったのですか?事前に殿下から伺っていなければ、私も騙されるところでした。これも、私の知るべき事柄ではないのかもしれませんが」

「向こうも命がかかっている。そなたを信用していないわけではないが、事情があって今は言えない」

やはり。思っていた通りの返答だった


「それで、薬を持ち込んだ者は?顔役の娘ときいたが……」

「……取り押さえた際に口走った言葉によれば、殿下を悪女から護るためとか、運命の相手が自分だと悟らせるためだとか、妄想が著しく……」

「悪女?キルヒライルにそのような女もまとわりついていたのか?」

「私の知る限りでは悪女と言われるような女性が殿下の側にいたようには見えませんでした。相手はどうやら殿下が自分の運命の人だと勝手に思い込むような思考の持ち主です。おそらく悪女という表現も本人の視点から見たものだと思います」

殿下の側に居た女性と言えば乳母に使用人、今日だけで言えばローリィを含めたワイン娘、それに殿下に毒を盛ったアネット嬢と五人の令嬢だ。
彼女の思考回路が理解できないウィリアムには誰が彼女にとって悪女なのかまるでわからなかった。

「まあいい……どうせその女からは大したことは聞き出せないだろう。それより、ここ最近で何か進展は?」

王が改めてこれまでのことについてウィリアムに訊ねる。

ウィリアムはここ最近の出来事について自分の知る限りを日付けを追って話し出した。
アレン・グスタフらしき人物を殿下が祭りで見かけたこと。どうやらそれはグスタフで間違いなさそうだということ。その夜の殺人のことと、送られた花束と眼球のこと。そしてパレードでの事故のこと。それが誰かがわざと仕組んだらしいこと。


ちょうどその時ハレス子爵が戻ってきた。

「キルヒライル様が薬を盛られて倒れられたことは大勢の者に目撃されています。人の口に戸は建てられません。数日のうちにはこの王都にも噂が流れるでしょう。あれやこれや尾ひれがついてね」

「王室から先に病状と真相についてきちんと発表しましょう。ハレスも手伝ってください」

「それにしても、なぜグスタフは彼女に接触を?花束のこともそうだが、なぜ彼女に絡んだ男が殺されたのだ?」
「そうだな……他のことは予想通りだが、そのことは想定外だ。ドルグラン、何か知っているのか?」

やはり誰が聞いてもそう思うだろう。だがウィリアムとて、全ての謎を解き明かせるほど事情を知っているわけではない。

「グスタフがなぜ彼女に目をつけたのかはわかりません。護衛の中で一人だけ女だということが向こうに知られて狙われたのかも知れませんし……花束も眼球のこともまだ誰が贈ったものか判明しておりませんが、彼女がワイン娘として祭りに参加して、その一団が優勝したために注目をされたのかも知れません」

ウィリアムの話は憶測の範囲を出なかった。グスタフが何を思ってあんなことをしたのか、なぜ彼女なのか。

「それと、まだ詳細はわかりませんが、殺された二人が絡んだと思われる男女がおりまして、ひどく怯えているらしいのです。何か知っているのかもしれません」

「犯人はやはりグスタフか?」

「いえ、それが、男の方はどこにいるかわかりません。女の方は、ローリィのワイン娘仲間なのですが、家族が会わせてくれません。もう一度ローリィが話を訊きに行くことになりました。知った相手なら落ち着いて話もできるのではないでしょうか」

「犯人がグスタフとわかれば、大々的に捜索できますね」

「暗部の者にもそのように伝えます。」

「大変だろうが、殿下が目覚めるまで頑張ってくれ」

「今のところグスタフの動きだけが未知数です。とにかく、情報のとおり薬は持ち込まれた。そして、今殿下はその薬で倒れていることになっています。それで、これからのことですが…」

宰相がこれからについて、計画を皆に説明した。


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