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123 孔雀集団

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庭に出ると、マリリンさんがいたのを見つけ、慌てて駆け寄った。

「モリーはどうですか?」

「心配かけてごめんなさい。それが、意識は戻るには戻ったのだけど、何があったのかまるで上の空で何も言わないの。無理に聞こうとするとポロポロと泣き出すし……それで、まだ体調が良くないみたいで、今日ここに来るのは遠慮するそうよ」

困った子だわ、とマリリンさんが愚痴る。

警羅のことはまだ彼女も知らないみたいだ。でもそんな状態なら警羅が来たというだけで萎縮してしまうかもしれない。

昼前には招待客がやってくるということで、それからは最後の準備に追われた。

ネヴィルさんも今日、落馬以降初めて公の場に出席するらしく、フィリアさんも張り切っている。
まだ当分外出は難しいが、敷地の中なら少しずつ短い散歩をしてもいいと、少し前に医師から許可をもらっていた。

今は庭に出て、最終確認を行っている。

長テーブルに座るのはキルヒライル様をはじめ、二日前にデリヒ邸での会食に参加した方々とほぼ同じだ。それ以外の者……長テーブルに座る方々の従者だったり、農場の雇われ人や警羅隊の人たちも自由に参加できる。領主、しかも王族で公爵が主催の宴にしては身分を問わず参加できるのは珍しい。

顔役たちが自分達の娘とダンスをと申し出、殿下がそれを承諾したことにより、急遽全体の進行が見直され、食事終了が三十分繰り上げられた。

王都に行けば有力貴族のご令嬢などがゴロゴロいて、平民の彼らでは到底太刀打ちできない。ここに殿下がいらっしゃるうちに少しでもお近づきに、ということなのだろう。

庭でグラスやお皿、ナイフなどの数を確認しているうちに、招待客がちらほらと到着しだした。
彼らは庭を散策したり、互いに雑談したり、すでに始まっている楽団の演奏に聞き入ったりと思い思いに時間を潰している。
私たちはその間を縫って、軽い飲み物を彼らにいかがですか?と勧めていく。

ひときわ賑やかで艶やか(派手)な一団がやってきたのは招待客の殆どが集まった頃、開始ギリギリの時刻だった。

一見するとそれは雄の孔雀の集まり。
髪の色ももちろんだが、着ている衣装や着けている装飾品も派手なものばかり、化粧も舞台女優ばりだ。
彼女たちが口々に話ながら近づいてくると自然と会話が耳に入ってくる。

「アネットさん、こちらですわ」
「あらぁ、まぁ外でお食事なんてぇピクニックみたいですわねぇ」
「アネットさん、今日のお召し物素敵ですね」
「王都で作りましたのよぉ」
「さすがですね。私たちではとても無理ですわ」

集団の中心にいるのはブルネットの女性。ひときわ目立つこぼれそうな胸。寄せて上げすぎでは?
他の女性は金魚のふんのように彼女に付き従う。
あれが噂のアネット嬢か。

「ぷっ、何あれ?」
フレアとルルが聞こえないように小さく笑う。
「こら!」
すぐ側でシリアさんが嗜めたが、彼女の口許もプルプル震えている。

確かに嘘くさい。祭り上げられているアネット嬢は気がついているのかどうかわからないが、会話のレベルが低すぎる。

「そうねぇ、この場で私以外に殿下に相応しい女性はおりませんわぁ」
しかし、調子に乗ったアネット嬢の言葉に他の令嬢たちからひきつった笑みが浮かんだ。
「ずいぶん、自信がおありになりますね」
一人の令嬢が嫌味を込めて言うが、彼女はそうとは気づかす微笑む。
「私を誰だと思っているのですぅ。あなたたちが束になってもぉ、私には、敵いませんわぁ。それにぃ、私にはぁ、秘策がありますぅ」

その語尾を伸ばす話し方に明らかに彼女たちは苛ついている。さっきまでの擬似仲良しムードはどこかへ吹き飛んでしまった。同性の友達はできなさそう。 

「さあ、私たちは私たちの仕事をするだけよ。ほら、そろそろ皆さんお揃いよ。先に配ったグラスを片付けて」

もう少し見ていたい気もするが、私たちには仕事がある。
「は~い」
ミーシャさんの掛け声でみんなが動き、すべてのグラスを揃えて招待客が着席すると、殿下が後ろに顔役たちを伴って庭に現れた。

金ボタンをあしらった白い燕尾服に腰には金色のサッシュを巻いている。
足元は横に金色のラインが入っている黒のズボンに黒のブーツを履いていた殿下が集まった招待客に声をかけながら歩いてくる。

「殿下」「キルヒライル様」

口々に孔雀集団が奇声をあげて殿下に駆け寄る。
ああいうのをどう表現すればいいのか。投げ込まれた餌に食いつく魚?発情期の動物?

「……ああ、皆、よく来てくれた……」
対する殿下は少し引きぎみに答える。
殿下の腕は二本なのにそこに巻き付く腕は六本。
一人一本ずつの六人が互いに睨み合う。

「すまないが…前に進ませてもらえるとありがたい……」

進路を塞ぐように立ちはだかる彼女たちに遠慮がちだ。

「殿下、是非私を席までエスコートしてください」
「いいえ私を」
「あなた、私を差し置いてよく言えるわね」

さっきはアネット嬢を立てていた令嬢も、いざ殿下を前にすると途端に遠慮がなくなる。
そのかしましさに殿下も周りの人も唖然とする。後ろにいる親たちも恥ずかしさに顔を赤らめている。
皆が同じとは言わないが、相手に負けじと張り合っている。

「ご令嬢がた!」

少し大きめの声で殿下が彼女たちを呼ぶ。
司令官が部下に命令を下すような力強さだ。

その声に彼女たちもはっとしてピタリと動きを止め、口も閉じる。

「ここで立ち話をしていてはいつまでも始まらない。一旦席に着きましょう」

険しい口調に彼女たちも自分達の状況を理解し、殿下の後ろにいるそれぞれの身内の怒りの形相を見て口ごもる。

殆どの令嬢が一旦殿下に絡めていた腕をほどくが、アネット嬢だけは最後まで離さない。
他の令嬢が無言で見つめるなか、彼女は勝ち誇ったように殿下を見上げる。
「アネット嬢……」  
「アネットですぅ、キルヒライルさまぁ」

一昨日と同じやり取りを繰り返す。
力尽きて殿下も諦めて彼女をエスコートする。唯一の抵抗は彼女の名前を、彼女の望み通り呼ばないこと。

「……では、まいりましょうか、アネット嬢」

「アネットですってばぁ」

絡めていない方の人差し指で殿下の腕をつつく。

着席する方々からも嘲笑が漏れる。

殿下がテーブルに近づくと座っていた方々がさっとその場で立ち上がる。
「さあ、アネット嬢」

彼女の座る椅子を引く。

アネット嬢は「ありがとうございますぅ」と言いながら殿下に精一杯の流し目を送るが、殿下は彼女には目もくれずスタスタと自分の席に向かった。
周りの令嬢たちからクスリと笑いが漏れ、アネット嬢の顔が羞恥で赤くなる。いかに鈍感な彼女でも、殿下が自分の胸や流し目にまったく興味を示さず、下に見ていた他の令嬢から蔑むように侮蔑されたことに気づいたようだ。
ぎらりと笑った令嬢を睨み付け、唇をギリリと血が出るくらいに噛み締めた。
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