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99 謝罪
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会食の場は、最初のエスコートに比べればかなり楽しいものだった。
時々アネット嬢が自分の足で私の足をつつきに来るがそれは無視する。
やり方を誰に教わったのか、こんな奥手の令嬢がどこにいるのだ。
右隣のアネット嬢には時折気のない返事を返せば、左隣に座る隣の所領を治めるポーリッツ子爵やその奥方との会話は楽しかった。
彼らの所領にもいくつか葡萄畑があり、以前からも幾度となく情報を交換しあっていた。
六年前には婚姻したてだった二人には六年の間に子どもが二人生まれていた。
上が女の子、下が男の子で、上が王女と同じ年なので、話を聞くのは面白かった。
料理も秋らしく鹿肉や兎などのジビエが共され、文句なくおいしかった。
会食では主に今年の葡萄をはじめとした作物のでき具合、狩猟のことなどが話し合われ、女性たちは最近の流行の話や王都へ行った時の街での出来事など、話上手なご婦人が面白おかしく語っていた。
幸か不幸かアネット嬢の口を挟む余地も無く、会食は最後のデザート~木の実をふんだんに使ったタルト~で終わった。
会食が終わると男性は喫煙室に、女性はサロンへと移動した。
ようやくアネット嬢から解放されてほっとした。
女性たちがいなくなると、男たちの話題は今日のワイン娘の話になっていた。
「今年のワイン娘はいつもとひと味違いましたね」
そういうのは顔役の一人、鍛冶職人のヨシュアだ。
「チューベローズ……でしたかな、革新的な踊りでしたね」
「いやはや……あれが主流になると毎年目が離せなくなりますね」
彼らにも贔屓にしている者たちがいるので、手放しに喜んでいる者ばかりではなかったが、総じて話題は踊りの奇抜さになってくる。
「殿下のところの使用人が混じっていたように思いますが……」
そう言ってきたのはデリヒだ。ネヴィルの代理で会議にもきていたのでローリィのことを覚えていたのだろう。
「そうですね。我が家の使用人と、その身内で構成していたようです」
皆の目が一斉にこちらを見て、努めて何の感情もない様子で答える。
ここであからさまに喜んでは贔屓していたと思われる。
「私が票を投じるまでもなく圧勝のようでしたが」
今回、私は自分の票を使わなかった。すでに勝敗は決まっており、ローリィがクレアでは?と疑いを持ったことやアレン・グスタフらしき人物を見止めてそれどころではなかった。
「皆、お相手が決まっていたようですが、殿下のお眼鏡に叶う者はおりましたか?」
奥歯にものが挟まったような言い方でデリヒが訊いてくる。
彼の事務所の部屋を借りてローリィと居たことを示唆しているのだろうことはわかる。
自分の娘と私を何とかいい関係にさせたいと思っている彼は、邪魔な芽を摘むつもりでいる。
見渡せばその場にいる他の面々も私の態度に注目している。
この場にいる殆どが婚約者の噂を知っている。
だが、今夜はまずどうしても伝えたいことがあった。
「私が公爵となってこの地を賜ってから約十年…その間の六年はマイン国との戦争回避とその後の処理で不在となって申し訳なかった。改めて皆に謝罪をしたい」
そう言って頭を垂れると、一同からどよめきと慌てる声が上がった。
「公爵……殿下…!そのような……」
「我々は己の職務を遂行しただけで……」
皆が口々に事態を何とかしようと、長い間の不在を肯定的に話す。
直接領地経営に関わりのなかった、隣接する領地を治める貴族位の者も王弟殿下のこの行動に戸惑っている。
王の弟、公爵、領主、どの肩書きも自分だが、これは全て与えられたもの。自分が汗を掻いて獲得したものではない。
整っていると言われる容姿も父母から与えられたもの。
勉学や武術、剣技のように努力で獲得してきたものは数少ない。
それすらも王族として最高の教師に恵まれたからだと言われれば、何の申し開きもできない。
「もう何度もそのお話はお伺いしております。戦争となっていたら今このように収穫を祝う祭すら催すこともできなかったわけですから」
「こうして無事、戻ってきていただいたわけですし、今でも特に不満はありませんが、これからご領主としてこの領地を良き方向に導いて頂ければ、私どもはそれで」
頭を下げたままの私に皆が何とかしようと口々に言う。
「今年の収穫祭も殿下が戻られただけで既に活気づいております」
「そうです。今日もいつもの倍の山車が出ましたし、ワイン娘も、ほら、いつになく盛り上がりました」
「もしかして、あれも殿下のご配慮ですか?」
誰かがそう言うと、そうだったのか、と皆がまたもやざわざわとそうか、そうだったのかと言い合う。
そこですかさず私は顔を上げた。
「いや、あの踊り自体を考えたのは私ではない。意図したことではなかったが、王都から連れてきたローリィというメイドが考えたことだ」
「あの、ネヴィルさんの代理のですか?」
デリヒが驚いて訊ねる。
「そうだ。読み書きもできてネヴィルの代理ができるほど優秀だが、舞屋にいたこともある。祭の盛り上げに役立ったかな?」
「私も何年も顔役をやっていますが、あんなに真っ黒になった樽を見たのは初めてです」
宿屋の主人、ガスターが感嘆して言う。
「さすが殿下です。王都には素晴らしい人材がいるのですね」
ヨシュアがさすが王都と呟く。
「もしかして、今日彼女と事務所にいたのも……」
デリヒがはっとしてそう言う。
「祭を盛り上げてくれた礼をしていたのだ」
本当は別に理由があったが、少しずるい方法だが彼女の評判を護るためにも今はそういうことにしておくつもりだった。
誰も言い出さなければ自ら話を向けるつもりだったが、運良く皆から話をふってくれたおかげで上手く収めることができた。
ここで必要なのは彼女の評判を下げることでなく、評価をあげることだ。
彼女が逸材であることを印象付けなければならない。
「その方、お茶も大変独創的な淹れ方をされた方ですよね」
葡萄農家のトゥルーニーが話に加わる。
ローリィに無理矢理お茶を淹れてもらった、あの農場の主だ。
どのような淹れ方なのかという皆の問いに、トゥルーニーが説明する。話を聞いて機会があれば是非拝見したいと、興味津々に話す。
長い間の不在の詫びから始まった話が、いつの間にか変わってきてしまっていた。
時々アネット嬢が自分の足で私の足をつつきに来るがそれは無視する。
やり方を誰に教わったのか、こんな奥手の令嬢がどこにいるのだ。
右隣のアネット嬢には時折気のない返事を返せば、左隣に座る隣の所領を治めるポーリッツ子爵やその奥方との会話は楽しかった。
彼らの所領にもいくつか葡萄畑があり、以前からも幾度となく情報を交換しあっていた。
六年前には婚姻したてだった二人には六年の間に子どもが二人生まれていた。
上が女の子、下が男の子で、上が王女と同じ年なので、話を聞くのは面白かった。
料理も秋らしく鹿肉や兎などのジビエが共され、文句なくおいしかった。
会食では主に今年の葡萄をはじめとした作物のでき具合、狩猟のことなどが話し合われ、女性たちは最近の流行の話や王都へ行った時の街での出来事など、話上手なご婦人が面白おかしく語っていた。
幸か不幸かアネット嬢の口を挟む余地も無く、会食は最後のデザート~木の実をふんだんに使ったタルト~で終わった。
会食が終わると男性は喫煙室に、女性はサロンへと移動した。
ようやくアネット嬢から解放されてほっとした。
女性たちがいなくなると、男たちの話題は今日のワイン娘の話になっていた。
「今年のワイン娘はいつもとひと味違いましたね」
そういうのは顔役の一人、鍛冶職人のヨシュアだ。
「チューベローズ……でしたかな、革新的な踊りでしたね」
「いやはや……あれが主流になると毎年目が離せなくなりますね」
彼らにも贔屓にしている者たちがいるので、手放しに喜んでいる者ばかりではなかったが、総じて話題は踊りの奇抜さになってくる。
「殿下のところの使用人が混じっていたように思いますが……」
そう言ってきたのはデリヒだ。ネヴィルの代理で会議にもきていたのでローリィのことを覚えていたのだろう。
「そうですね。我が家の使用人と、その身内で構成していたようです」
皆の目が一斉にこちらを見て、努めて何の感情もない様子で答える。
ここであからさまに喜んでは贔屓していたと思われる。
「私が票を投じるまでもなく圧勝のようでしたが」
今回、私は自分の票を使わなかった。すでに勝敗は決まっており、ローリィがクレアでは?と疑いを持ったことやアレン・グスタフらしき人物を見止めてそれどころではなかった。
「皆、お相手が決まっていたようですが、殿下のお眼鏡に叶う者はおりましたか?」
奥歯にものが挟まったような言い方でデリヒが訊いてくる。
彼の事務所の部屋を借りてローリィと居たことを示唆しているのだろうことはわかる。
自分の娘と私を何とかいい関係にさせたいと思っている彼は、邪魔な芽を摘むつもりでいる。
見渡せばその場にいる他の面々も私の態度に注目している。
この場にいる殆どが婚約者の噂を知っている。
だが、今夜はまずどうしても伝えたいことがあった。
「私が公爵となってこの地を賜ってから約十年…その間の六年はマイン国との戦争回避とその後の処理で不在となって申し訳なかった。改めて皆に謝罪をしたい」
そう言って頭を垂れると、一同からどよめきと慌てる声が上がった。
「公爵……殿下…!そのような……」
「我々は己の職務を遂行しただけで……」
皆が口々に事態を何とかしようと、長い間の不在を肯定的に話す。
直接領地経営に関わりのなかった、隣接する領地を治める貴族位の者も王弟殿下のこの行動に戸惑っている。
王の弟、公爵、領主、どの肩書きも自分だが、これは全て与えられたもの。自分が汗を掻いて獲得したものではない。
整っていると言われる容姿も父母から与えられたもの。
勉学や武術、剣技のように努力で獲得してきたものは数少ない。
それすらも王族として最高の教師に恵まれたからだと言われれば、何の申し開きもできない。
「もう何度もそのお話はお伺いしております。戦争となっていたら今このように収穫を祝う祭すら催すこともできなかったわけですから」
「こうして無事、戻ってきていただいたわけですし、今でも特に不満はありませんが、これからご領主としてこの領地を良き方向に導いて頂ければ、私どもはそれで」
頭を下げたままの私に皆が何とかしようと口々に言う。
「今年の収穫祭も殿下が戻られただけで既に活気づいております」
「そうです。今日もいつもの倍の山車が出ましたし、ワイン娘も、ほら、いつになく盛り上がりました」
「もしかして、あれも殿下のご配慮ですか?」
誰かがそう言うと、そうだったのか、と皆がまたもやざわざわとそうか、そうだったのかと言い合う。
そこですかさず私は顔を上げた。
「いや、あの踊り自体を考えたのは私ではない。意図したことではなかったが、王都から連れてきたローリィというメイドが考えたことだ」
「あの、ネヴィルさんの代理のですか?」
デリヒが驚いて訊ねる。
「そうだ。読み書きもできてネヴィルの代理ができるほど優秀だが、舞屋にいたこともある。祭の盛り上げに役立ったかな?」
「私も何年も顔役をやっていますが、あんなに真っ黒になった樽を見たのは初めてです」
宿屋の主人、ガスターが感嘆して言う。
「さすが殿下です。王都には素晴らしい人材がいるのですね」
ヨシュアがさすが王都と呟く。
「もしかして、今日彼女と事務所にいたのも……」
デリヒがはっとしてそう言う。
「祭を盛り上げてくれた礼をしていたのだ」
本当は別に理由があったが、少しずるい方法だが彼女の評判を護るためにも今はそういうことにしておくつもりだった。
誰も言い出さなければ自ら話を向けるつもりだったが、運良く皆から話をふってくれたおかげで上手く収めることができた。
ここで必要なのは彼女の評判を下げることでなく、評価をあげることだ。
彼女が逸材であることを印象付けなければならない。
「その方、お茶も大変独創的な淹れ方をされた方ですよね」
葡萄農家のトゥルーニーが話に加わる。
ローリィに無理矢理お茶を淹れてもらった、あの農場の主だ。
どのような淹れ方なのかという皆の問いに、トゥルーニーが説明する。話を聞いて機会があれば是非拝見したいと、興味津々に話す。
長い間の不在の詫びから始まった話が、いつの間にか変わってきてしまっていた。
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