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72 書簡の返事
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「ところで、今回もキルヒライル様が狙われた訳ですが……」
宰相は昨日の件について話を戻す。
「キルヒライル様ばかりが狙われるのは、やはりロイシュタール王家ではなく、殿下ご自身への恨みなのでは。管財人の事故もわざと起こされたもののようですし」
「と、するとマイン国がらみの線か?」
ふむ…と国王を思案する。
いきなり国の上層レベルの話になったので、ウィリアムは自分がこの場にいていいものかと不安になった。
「ああ、いい。ここだけの話にしてくれるなら、そなたも全く無関係ではないからな」
それを察して国王が同席を許す。
「マイン国の国王とは良好な関係を築けているのでは?だとしたら軍部の誰かが、計画を阻止されたことを恨んで?」
「例のシュルス近辺の領主たちが、とも考えられる。そう言えば、アイスヴァインもあの近くだったな。山脈からの雪解け水であの辺りでは珍しく森や湖のあるところだと聞くが……」
「貴族たちの避暑地としても親しまれておりますね。豊かな分、森には危険な獣も多いらしいですが」
そう言えば、父とよく森に獣狩りに行っていたとローリィが言っていたな、とウィリアムは思いだし、そのことを話すとまた国王が喜んだ。
「獣狩りの令嬢か、これは是非一緒に狩りに行きたいものだ」
面白がって言う国王に宰相が嗜める。殆ど会ったとも言えない相手にすっかり入れ込んでいるようだ。
「今のところあちらに派遣した騎士から特にこれといった報告は上がっておりません。ようやく向こうに着いたと言ったところですから」
敵がだれかも目的もわからない。今のところ相手が何歩も先を行っていることに焦りが生まれる。
「そう言えば、近くエドワルド公爵領で祭りがあるのではなかったか?葡萄の収穫を祝う収穫祭だったか」
「そうです。そのせいで収穫に携わる人も増え、祭りのために出入りする者も多く、不審な者の出入りも把握しづらいとか」
ローリィの素性を確かめる書簡には、その辺りのことも書かれていた。
宰相はキルヒライルからの書簡を国王に渡し、王もそれに目を通す。
「ジーク、エドワルド領に警備の者を増やせるか?余はその収穫祭で何かあるのではと思えてならない」
大勢の者が押し寄せる祭りなど、格好の標的だ。
「一時的なら増員も可能かと、そうだなハレス卿」
騎士団副団長としてミシェルに問い掛ける。
「外離宮の者を何人かまわしましょう」
それに対して彼が答える。
「私もその増員に加えていただくことはできませんでしょうか」
ウィリアムが名乗り出る。この部屋にいる者でそれができる可能性があるのは自分だけだ。
「そなたは第三近衛騎士団だったな」
「はい、ですが今は団長付きとなり、団長の命ですぐに動けるよう常時の勤務の当番からは外れております。団長からの指示があれば、何とでもなります」
ウィリアムは自分の現況について話す。第三近衛騎士団団長に話を通す必要はあるが、逆に通してしまえばいかほどにも動けることを強調する。
状況を少しでも把握している者がいた方が、事情を知らない者が闇雲に携わるより、目にする情報も変わってくるかも知れない。
「わかりました。上には話を通しましょう」
宰相が請け負う。それでよろしいでしょうか、と国王に訊ねる。
国王にもちろん異論はない。
「それと、キルヒライル様の書簡への返信ですが、どのようにいたすべきでしょう」
ローリィの身元の問い合わせに対する書簡について宰相が王に問う。
「伯爵令嬢だったことは伏せて、納得できるような素性を書いておけ。真剣に考えるならいずれ相談してくれるだろう。その時に明かしても遅くない」
「身分差を気にして、逆にそれが殿下のお心に歯止めをかけることになりませんか?」
王の気持ちもわかるが、身分に隔てがないとわかった方が上手くいくのでは?とミシェルが言う。
「それほどのことで退くようなら、そこまで思っていなかったということ。縁がなかったということだな。余としては全てを投げうっても、という気概を期待しているが」
「女性が好きそうな話ですね。上手く行っても行かなくても、酒の肴にされそうです」
ニヤリといたずらっ子のように笑う国王の様子に、国王以外の全員がキルヒライルを憐れに感じている。
「では、もともとは商家の出だとでも書いておきます。裕福な平民出なら読み書きなど習っていてもおかしくありませんし」
「その、ローリィという娘にも口裏を合わせるように根回ししておくように、ああ、キルヒライルには余からも手紙を書くゆえに、少し待て」
「承知いたしました」
宰相は諸々の手配をすべく退出し、ミシェルもウィリアムも共に退出した。
三人が宰相の部屋まで向かっている時、廊下で第一近衛騎士団団長ミハイル・アウグステン公爵と出くわした。
三人はさっと道を譲り、お辞儀をする。
「陛下のところからの帰りか?」
ミハイルが訊ねる。
その目は初めて見るウィリアムに注がれる。
「私の部下です」
ミシェルが手短に言う。
それだけでミハイルはウィリアムに興味を失くしたのがわかった。
国王の命令どおり、第一近衛騎士団はいつもと変わらず王宮内警備に就いている。彼の仕事は第一近衛騎士団の統括であるため、直接誰かの警護にあたることはない。
いつもは訓練しているか、執務室で事務を行っている。
あの日、第二、第三近衛騎士団の任務について国王から報告を受けてから、宰相が彼を見かけるのは初めてだった。
あの後、キルヒライルが彼を訪問し、とりなしてくれたと聞いていたので、宰相からは特に接触することもなかったからだ。
「キルヒライル様は領地に赴かれたとか」
感情の読めない口調で話しかけてくる。
「そのようですね」
キルヒライル様との会話がどのようなものだったかわからないが、以前の拗ねたような雰囲気は見えない。
「エドワルド領ではなかなか旨いワインができると訊いたが、今は収穫で忙しい時期だろう。もうすぐ祭りがあるとか」
「よくご存知でいらっしゃる」
「少し興味があっただけだ。もしキルヒライル様に連絡をすることがあれば、アウグステンが祭りを楽しんでくださいと言っていたと伝えてくれ」
ミハイルはそれだけ言って去って行った。
宰相は昨日の件について話を戻す。
「キルヒライル様ばかりが狙われるのは、やはりロイシュタール王家ではなく、殿下ご自身への恨みなのでは。管財人の事故もわざと起こされたもののようですし」
「と、するとマイン国がらみの線か?」
ふむ…と国王を思案する。
いきなり国の上層レベルの話になったので、ウィリアムは自分がこの場にいていいものかと不安になった。
「ああ、いい。ここだけの話にしてくれるなら、そなたも全く無関係ではないからな」
それを察して国王が同席を許す。
「マイン国の国王とは良好な関係を築けているのでは?だとしたら軍部の誰かが、計画を阻止されたことを恨んで?」
「例のシュルス近辺の領主たちが、とも考えられる。そう言えば、アイスヴァインもあの近くだったな。山脈からの雪解け水であの辺りでは珍しく森や湖のあるところだと聞くが……」
「貴族たちの避暑地としても親しまれておりますね。豊かな分、森には危険な獣も多いらしいですが」
そう言えば、父とよく森に獣狩りに行っていたとローリィが言っていたな、とウィリアムは思いだし、そのことを話すとまた国王が喜んだ。
「獣狩りの令嬢か、これは是非一緒に狩りに行きたいものだ」
面白がって言う国王に宰相が嗜める。殆ど会ったとも言えない相手にすっかり入れ込んでいるようだ。
「今のところあちらに派遣した騎士から特にこれといった報告は上がっておりません。ようやく向こうに着いたと言ったところですから」
敵がだれかも目的もわからない。今のところ相手が何歩も先を行っていることに焦りが生まれる。
「そう言えば、近くエドワルド公爵領で祭りがあるのではなかったか?葡萄の収穫を祝う収穫祭だったか」
「そうです。そのせいで収穫に携わる人も増え、祭りのために出入りする者も多く、不審な者の出入りも把握しづらいとか」
ローリィの素性を確かめる書簡には、その辺りのことも書かれていた。
宰相はキルヒライルからの書簡を国王に渡し、王もそれに目を通す。
「ジーク、エドワルド領に警備の者を増やせるか?余はその収穫祭で何かあるのではと思えてならない」
大勢の者が押し寄せる祭りなど、格好の標的だ。
「一時的なら増員も可能かと、そうだなハレス卿」
騎士団副団長としてミシェルに問い掛ける。
「外離宮の者を何人かまわしましょう」
それに対して彼が答える。
「私もその増員に加えていただくことはできませんでしょうか」
ウィリアムが名乗り出る。この部屋にいる者でそれができる可能性があるのは自分だけだ。
「そなたは第三近衛騎士団だったな」
「はい、ですが今は団長付きとなり、団長の命ですぐに動けるよう常時の勤務の当番からは外れております。団長からの指示があれば、何とでもなります」
ウィリアムは自分の現況について話す。第三近衛騎士団団長に話を通す必要はあるが、逆に通してしまえばいかほどにも動けることを強調する。
状況を少しでも把握している者がいた方が、事情を知らない者が闇雲に携わるより、目にする情報も変わってくるかも知れない。
「わかりました。上には話を通しましょう」
宰相が請け負う。それでよろしいでしょうか、と国王に訊ねる。
国王にもちろん異論はない。
「それと、キルヒライル様の書簡への返信ですが、どのようにいたすべきでしょう」
ローリィの身元の問い合わせに対する書簡について宰相が王に問う。
「伯爵令嬢だったことは伏せて、納得できるような素性を書いておけ。真剣に考えるならいずれ相談してくれるだろう。その時に明かしても遅くない」
「身分差を気にして、逆にそれが殿下のお心に歯止めをかけることになりませんか?」
王の気持ちもわかるが、身分に隔てがないとわかった方が上手くいくのでは?とミシェルが言う。
「それほどのことで退くようなら、そこまで思っていなかったということ。縁がなかったということだな。余としては全てを投げうっても、という気概を期待しているが」
「女性が好きそうな話ですね。上手く行っても行かなくても、酒の肴にされそうです」
ニヤリといたずらっ子のように笑う国王の様子に、国王以外の全員がキルヒライルを憐れに感じている。
「では、もともとは商家の出だとでも書いておきます。裕福な平民出なら読み書きなど習っていてもおかしくありませんし」
「その、ローリィという娘にも口裏を合わせるように根回ししておくように、ああ、キルヒライルには余からも手紙を書くゆえに、少し待て」
「承知いたしました」
宰相は諸々の手配をすべく退出し、ミシェルもウィリアムも共に退出した。
三人が宰相の部屋まで向かっている時、廊下で第一近衛騎士団団長ミハイル・アウグステン公爵と出くわした。
三人はさっと道を譲り、お辞儀をする。
「陛下のところからの帰りか?」
ミハイルが訊ねる。
その目は初めて見るウィリアムに注がれる。
「私の部下です」
ミシェルが手短に言う。
それだけでミハイルはウィリアムに興味を失くしたのがわかった。
国王の命令どおり、第一近衛騎士団はいつもと変わらず王宮内警備に就いている。彼の仕事は第一近衛騎士団の統括であるため、直接誰かの警護にあたることはない。
いつもは訓練しているか、執務室で事務を行っている。
あの日、第二、第三近衛騎士団の任務について国王から報告を受けてから、宰相が彼を見かけるのは初めてだった。
あの後、キルヒライルが彼を訪問し、とりなしてくれたと聞いていたので、宰相からは特に接触することもなかったからだ。
「キルヒライル様は領地に赴かれたとか」
感情の読めない口調で話しかけてくる。
「そのようですね」
キルヒライル様との会話がどのようなものだったかわからないが、以前の拗ねたような雰囲気は見えない。
「エドワルド領ではなかなか旨いワインができると訊いたが、今は収穫で忙しい時期だろう。もうすぐ祭りがあるとか」
「よくご存知でいらっしゃる」
「少し興味があっただけだ。もしキルヒライル様に連絡をすることがあれば、アウグステンが祭りを楽しんでくださいと言っていたと伝えてくれ」
ミハイルはそれだけ言って去って行った。
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