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71 妹扱い

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「伯爵?伯爵家の令嬢?」

「それは真実か!」

三人の驚きぶりにウィリアムは思わず腰が引けた。

「訊いた話では彼女の母上は体が弱く、子どもは彼女しか産めなかったということでした。ご存知のとおりこの国では女は爵位を継げません。今は前伯爵の身内の方が継いでいるということです。爵位を譲る際にハインツの姓を名乗るようになったということです」

「では、伯爵令嬢の頃からドルグランの弟子になったということか、それでもかなり常識外れではあるがな」

ミシェルが妻を含めて自分の知る令嬢を思い浮かべ呟く。

「しかし、貴族なら十六才になった時に王室のパーティーに出ていないのか?」

もちろん、国王とて全ての者を覚えている訳ではない。
だが、まったく見覚えがないというのもおかしい。そう思って国王が訊ねた。

「ちょうどその頃に母君が亡くなったそうです。その後に父君である伯爵も亡くなり、その機会もなかったとか」

ウィリアムの言葉を聞いて、三人は天涯孤独となった年端もいかない娘のことを気の毒に思った。

「それは残念だ。それほど若くして立て続けに親を亡くすとは………そうか、伯爵令嬢か……そうか」

国王はしきりにそう呟き、何やら考え込んでいる。

宰相はそんな国王の様子を見て、王が何を企んでいるのか手に取るようにわかった。

「陛下、よもや、彼女とキルヒライル様との仲をどうにか、などとお考えなのでは?」

「う、いや、その……」

しどろもどろになるところを見ると図星のようである。

「お節介をされると弟君に嫌われますよ」

宰相にそう言われ、国王は一瞬言葉を詰まらせたが、次の瞬間には開き直った。

「キルヒライルが、あのキルヒライルが自分から興味を持って女人のことを訊いてきたのだぞ!お前たちもあの場に居たならわかるだろう?個性的だと言っていても興味がなければ訊いてなど来ない筈だ。私は兄として早くあいつにもいい相手を見つけて幸せになって欲しいのだ。王としてはあいつの献身はありがたいが、兄としては好いた女と一緒になって子を持つ喜びを味わって欲しい」

それのどこが悪い。元とは言え、爵位を剥奪された訳でもなく、法律により平民と成らざるをえなかっただけ。立派な伯爵令嬢なら反対する理由もない。

「確かに、身分について気にする必要はありませんが……」

いざそうなった際にはどこかの貴族の養女にでもすれば、元はれっきとした貴族の令嬢。誰も身分について否を唱えることはないだろう。
それに、王の言うとおり、あのキルヒライル様が良くも悪くも興味を抱いた女性など、宰相の知る限り初めてだ。

「誰の養女にするか、考えておいても問題はなかろう」

宰相の考えを読むように王が言った。

「王妃様と相談してみましょう」

王と宰相の話の行き先にウィリアムは内心慌てて思わず口を挟んだ。

「お、お待ち下さい」

自分のしていることがどれほど無礼なことか承知しながら、このまま放置して外堀が埋め尽くされて後戻りできなくなることを恐れ、意を決して声を発した。

「お、恐れながら……申し上げてもよろしいでしょうか」

ウィリアムはその場に膝まづき、意見を述べる許可を請うた。

「何だ?申してみよ」

王が許可する。

「その、今のお話しについて、少しお待ちいただけませんでしょうか?」

「何か問題でもあるのか?」

聞き返され、ウィリアムはどのように話すべきか言い方を考える。
初めて彼女の訪問を受けた日、ウィリアムは自分を信じて打ち明けられた彼女の体の傷についての話を思い出していた。
女の幸せは結婚だと頑なに決めつけるつもりはないが、女一人で生きていくのはやはり難しいこともある。
そう思って自分が勝手に結婚相手を探したりしないよう、彼女は体の傷を知っても受け入れてくれる相手でなければ、と牽制の意味で言ったのだとわかる。

彼女が伯爵令嬢だったことは今この場で告げたが、傷のことを彼女の了承もなしに自分が語ることは、彼女の信頼を裏切る行為だ。ウィリアムは傷のことを伏せつつ、王たちが進めようとする話に待ったをかける方法を一生懸命考えた。

「待て、とはどういう意味だ?ドルグラン。大した理由もなく言っているのか?納得できる理由があるのだろうな」

妙案だと思ったことに水を射され、王は睨みを聞かせて問い掛ける。

「お、恐れながら……その件に関してはキルヒライル様の……殿下のお気持ちがはっきりわかるまでお待ちいただけませんでしょうか」

「キルヒライルの気持ち?」

「は、はい。陛下はたった今、殿下に好きになった女性と一緒になって幸せになって欲しいと仰られました。私も同じ気持ちです。私は殿下と直接お会いしたことも会話をさせていただいたこともございませんので、陛下方がおっしゃるとおり、殿下が女性に対して興味を示されたことがどれほど稀なことか存じ上げません」

「そうだ、だから余も宰相もそのローリィ…いやローゼリアとの仲をなんとかしようと言うのだ」

「ですが、殿下も立派な成人された男性です。いくら国王陛下、兄上様と言えども、勝手に結婚相手を決められてしまって、果たして殿下がそれを受け入れられるでしょうか。それで良いと思われる方なら、とうの昔に適当なお相手と結婚されていらっしゃるかと」

誰でもいいとは言い方が乱暴だが、そう思っていたなら、とっくに身分の釣り合いが取れた、そこそこに好感の持てる令嬢と結婚していたはずである。ウィリアムの話に、それもそうかも知れないと妙に納得してしまう。

「しかしだな、そうだったとして、万が一にも、キルヒライル自身が好きだと自覚しなかったなら、一生待っても結婚など出来ないのではないか?」

彼がこれまで結婚しなかったのは、やるべきことがあって忙しかったということもあるだろうが、好きかどうか自分の気持ちに気づかずに来たということも考えられる。
もしそうだとしたら、周りが気をきかせてお膳立てする必要があるのではないだろうか。
その事を国王は指摘した。

「では、せめて、殿下に直接訊かれてからではいかがでしょうか?もし、殿下のお気持ちが陛下の想像どおりなら、その時はどうか陛下のお心のままに」

ウィリアムは床に額を擦り付けた。

ローリィの傷のことを伏せつつウィリアムが言えるのはそこまでだった。
もし、万が一、殿下が彼女のことを憎からず思ってくれているのなら、彼女の傷ごと彼女を受け入れてくれるかも知れない。
感情抜きのお仕着せの関係では、それは到底あり得ないだろう。

「それがそなたの考えか?国王陛下に対しそこまで意見し、不敬で処罰されても文句は言えないのだぞ」

宰相が脅しをかける。
自分のしていることがどれほど無礼なことか、もう一度考えろと言っているのだ。

「陛下と、王弟殿下のことをおもんばかってのことでございます。私も騎士の端くれ。王家と国に忠誠を誓った身でございます。私の忠義に嘘偽りはございません」

会ってまだ日も浅い彼女に対して自分の進退をかける必要があるのか、ウィリアムも自分自身に問い掛ける。

だが、あの生真面目で剣以外に取り柄もないような無骨な父が弟子として受け入れ、娘のように可愛がっている娘だ。
父母を失くし、自分一人で何とか身を立てようと女性の身で、傷を抱えながら生きようとしている。

ウィリアムは、できるなら彼女に傷ついて欲しくない。

王の言動から彼がどれほど弟君を案じているかがわかる。そのような王が無体なことをする方とは思えない。自分が心から嘘偽りなく向き合えば、決してそれを無駄にされる王ではないと信じている。

「ですが、私の言動が陛下のお気に障ったのなら、どうかいかようにもご処分を」

額を更に床に擦り付け、なおを言い続ける。

「ジーク、少々……いや、かなり意地が悪すぎるぞ。そのような言い方、余がまるで暴君と思われるではないか」

国王が拗ねたように言う。

「一介の騎士が恐れ多くも国王陛下に物申すのです。これくらい脅しをかけないと箔がつきません」

「お前は昔からそう言うやつだ」

すぐ側で黙ってやり取りを聞いていたミシェルがため息と共に動き、床に座り込むウィリアムの側に膝を突く。

「立ちなさい、ドルグラン。今のは宰相の戯れ言だ。陛下は今のようなことで処罰を下されるほど狭量ではありません。ですよね、陛下」

最後の言葉は国王に向けられた。

「ハレス卿の言うとおりだ。余が少し先走り過ぎた。兄が弟を心配するあまり暴走してしまった。そなたの言うとおりだ。周りがお膳立てしてそれを受け入れるような性格なら、とっくにどこかの令嬢と引っ付いていた筈だ。そんな人間でないことくらい、キルヒライルが生まれたときから兄をやっている余が一番よく知っている」

「陛下………」

ウィリアムは面を上げ、目の前の自分が仕える君主の顔を眩しげに見た。

「しかし、いくらそなたの父の弟子だからと言って、そこまでそなたが惚れ込むその娘、キルヒライルが興味を持ったときも思ったが、是非一度会ってみたいものだ」

国王の言葉に、宰相を始めミシェルもウィリアムも目配せし合う。

「ん?どうした?何かおかしなことを言ったか?」

一人疎外された感のある国王が問いかける。

「既に………会っております」

宰相が眉間に皺を寄せる。

「どう言うことだ?余はその娘に会っているというのか?いつ、どこで?」

まるっきり心当たりがない。それほどの娘なら間違いなく印象に残っている筈だ。

「先日の、キルヒライル様ご帰還を祝う宴のおりに」

「あの時か?まるで記憶にないが」

「あの時、キルヒライル様がマントを貸し与えた踊り子がそうです」

「………は?」

国王には申し訳ないが、まるで国王としての威厳の欠片もないほどの間抜けな顔つきになる。

「クレアと名乗っていましたが、彼女がローリィ…ローゼリアです。髪色も変えて化粧で別人のようになっていましたが」

「え、いや待て………その者なら余も覚えておる。だが」

「王都に来て暫くそこの舞屋で暮らしていたそうです。ちょうど競い舞の話があった時にたまたま'英雄の舞'を踊る者が負傷していたとかで、代理だったそうですが。ちなみに、恐らくですが、キルヒライル様はまだ気づかれていないかと…」

教えてもらわれなければ自分も気づかなかっただろう。
化粧で化けるとはよく言ったものだ。本当に女という者はわからない。

伯爵令嬢が剣術の指南を受け、踊り子となり護衛となり、メイド………

「は、ははははは」

突然笑いだした王のあまりの声の大きさに三人とも驚いた。
恐らく扉の外に控える護衛騎士にも聞こえているだろう。

「陛下、大丈夫ですか?」

目に涙を浮かべ腹を抱えて笑う国王を、ウィリアムはもちろん、ハレスも、宰相ジークすら初めて見た。

「ドルグラン」

ひとしきり笑い、国王はウィリアムに声をかける。

「は、陛下」

「そなたとの約束は守る。キルヒライルの気持ちを確かめてから動くとするが、余は諦める気はないぞ」

「と、言いますと」

「ローゼリアという娘、気に入った。なかなか面白い。いや、この世に同じような娘は一人としていないだろう。是非身内に迎えたいものだ。キルヒライルが煮え切らないようなら、是が非でもあやつに落とさせる。それができないようなら、あやつを男として認めん」

「それは、王弟殿下と縁を切るということですか?」

まさかとは思うが、宰相が恐る恐る訊ねる。

「男として認めん、と言っているのだ。もし失敗したら余はあやつを弟ではなく、妹として扱う。そうだな、キルヒライルだから、キリーとでも呼ぼうか」

うん、我ながらいい考えだ、と国王は一人ご満悦だ。

後の三人は兄から妹扱いされるキルヒライルのことを思い、困惑した。
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