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53 落馬事故
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チャールズと共にネヴィルが寝ている部屋に向かいながら、先ほどの玄関でのやり取りについて、さすがに悪かったなと思った。
ネヴィルのことが気になっているところに、いきなりローリィが美人かと話を向けられ、思わず思考が停止した。
失礼なくらい顔をじっと見てしまった。
赤みがかった金髪に縁取られた顔は、愛らしいというより、きりりとしている。少しつり目のアーモンド形の目にアメジストの瞳。化粧などしていなくても色艶のいい肌に紅を引いたように赤い唇。
マーサが言う「美人さん」ではあるかもしれない。
どうして言えなかったのか、男として、それくらいのことが言えないほど朴念仁ではないはずだ。
素直に「そうだ」と言えばよかった。
深い意味もなく社交辞令で言ったと取り、それで終わっただろう。それ以上でも以下でもなくマーサも彼女もそう思ってくれたに違いない。
言う言葉が見つからず、何も言えなかった。
それが余計に意味ありげに取られることになると、今なら思う。
「こちらです」
いつの間にかネヴィルが寝込んでいる部屋の前にたどり着いていた。
今は他に考えなければならないことが有りすぎる。
「失礼します。フィリアさん、公爵様がお着きになられました」
「殿下が……は、はい、どうぞ」
部屋の中で慌てて立ち上がる音が聞こえた。
すぐに扉に近づいてくる足音が聞こえ、扉が開かれた。
「公爵様、も、申し訳ございません、お出迎えもいたしませんと」
扉の側で泣いて真っ赤な目をした女性が非礼を詫びた。
「いや、ネヴィルが大変な時に私に気を使う必要はない。出迎えもチャールズやマーサがしてくれた。あなたが夫の側で付きっきりなのは承知だ」
そう言われて明らかに彼女はほっとした。
「目が覚めたと聞いたが、入ってもいいか」
「あ、は、はい、少しうとうとしていますが、今まで話をしていたので、大丈夫です」
「あまり長居はしない」
扉から少し離れ、彼女が中に入るよう促してくれたので、チャールズと共に中に入る。
「あなた、あなた、公爵様がいらっしゃいました」
「で、殿下………う」
「ああ、動かなくていい。そのまま」
ネヴィルは妻の呼び掛けに慌てて起き上がろうとしたが、体が動かず痛みに声を漏らした。
先ほどまでフィリアが座っていた椅子に腰掛け、改めて彼を見た。
頭に包帯を巻き、はだけた夜着の胸元からも包帯が見える。
息をするのも苦しいのか、息が荒い。
熱があるのか顔も少し赤く、目が潤んでいる。
「何があったか覚えているのか?」
尋ねると、弱々しく頷く。
「葡萄農家の、畑の…収穫の状況を、馬で見回っておりましたとき、馬が………何かに驚いて暴れてそのまま落ちてしまいました」
息苦しさと、記憶を思い出しながらとで途切れ途切れにそう答えた。
「申し訳……ございません、長い期間ご不在…で、色々…お忙しい…ときに」
迷惑をかけたことに心底悔しそうにネヴィルが言う。
「謝る必要はない。むしろ、謝るのは私だ。訳があったとは言え、領地の管理を全て任せて、戻ってきたのに、すぐに領地に来ずそなたに全てを押し付けてしまった」
頭を下げて彼がそう言うと、ネヴィルもフィリアも慌てた。
「こ、公爵様、お止めください!公爵様が頭を下げるなど」
「そうです、そんな………それが私の仕事ですのに………」
「いや、例え仕事とは言え、もらった報告書を見る限りそなたは十二分に勤めを果たしてくれている。後は私が引き継ぐ。少なくとも収穫祭が終わるまではいる。そなたの怪我の治り具合によってはもっといるつもりだ。今は怪我の回復に努めてくれ」
「公爵様………ありがとうございます」
「必要なものがあれば言ってくれ、できるだけ用意させる。フィリアも他のことはいいから看病に専念してくれ」
「もったいないことです」
「怪我人が遠慮するな」
涙ぐんでネヴィル夫妻は礼を繰り返す。
長話は負担だと言うことで早々に部屋を出る際、後で医者を呼びに行かせると伝えた。
「居間にお茶をご用意いたします」
部屋を出るとチャールズがそう言うので、居間に向かった。
「旦那様………」
居間に行く途中でクリスが待ち構えていた。
真剣な表情に何かあったとわかり、立ち止まる。
「どうした?」
「至急厩屋にお越し下さい。見ていただきたいものがあります」
「わかった」
クリスの後に続き、チャールズと二人厩屋に向かう。
「旦那様をお連れした」
厩屋に入ると、そこにレイもいて、一頭の馬の前に連れて行く。
馬房の中にはエリックがいた。
「この馬は?」
「管財人のネヴィルさんが落馬したときに乗っていた馬です。ここを見てください」
言ってエリックは馬のお尻の辺りを指差す。
彼が示した指の先には傷があった。
「これは………」
「誰かが馬を傷つけたのでしょう。ここの馬丁に聞きましたが、落馬した日の朝まではこんな傷はなかったそうです」
「では、視察に廻る途中でついたと?」
「いつ付いたのか、皆ネヴィルさんを探すのに必死ですぐにはわからなかったのでしょう」
「ネヴィルは馬が何かに驚いたと言っていたが…」
「はっきり断言できませんが、これが原因で馬が驚いて落ちたのなら」
「誰かがわざと、馬を驚かせたと?」
「可能性はあります」
ネヴィルの落馬事故が単なる事故ではない可能性が出てきた。
ネヴィルが狙われただけなら、失敗ということになる。
だが、ネヴィルに怪我を負わせ、自分をここに誘き寄せるのが目的なら、成功したと言える。
「チャールズ、明日の朝、ネヴィルが倒れていたという現場に行く。何か手がかりがあるかもしれない。案内できる者を手配してくれ」
「旦那様、危険では?」
チャールズは心配して出来れば思い止まらせたかったが、それは無理だともわかっていた。
「くれぐれもお気をつけて…お一人では行かれませんよう、お供も数人お連れください」
「大丈夫だ。優秀な者を連れていく」
クリスたちは、それが自分たちのことを言ってくれているのだとわかり、少し照れ臭そうにする。
「それと、チャールズ、屋敷の者にもきいて、最近このあたりで不振な者を見かけたり、おかしいと思ったことがなかったか情報を集めてくれ」
「畏まりました」
そう指示を出し、今度こそ居間でお茶を飲むために館の中に戻って行った。
ネヴィルのことが気になっているところに、いきなりローリィが美人かと話を向けられ、思わず思考が停止した。
失礼なくらい顔をじっと見てしまった。
赤みがかった金髪に縁取られた顔は、愛らしいというより、きりりとしている。少しつり目のアーモンド形の目にアメジストの瞳。化粧などしていなくても色艶のいい肌に紅を引いたように赤い唇。
マーサが言う「美人さん」ではあるかもしれない。
どうして言えなかったのか、男として、それくらいのことが言えないほど朴念仁ではないはずだ。
素直に「そうだ」と言えばよかった。
深い意味もなく社交辞令で言ったと取り、それで終わっただろう。それ以上でも以下でもなくマーサも彼女もそう思ってくれたに違いない。
言う言葉が見つからず、何も言えなかった。
それが余計に意味ありげに取られることになると、今なら思う。
「こちらです」
いつの間にかネヴィルが寝込んでいる部屋の前にたどり着いていた。
今は他に考えなければならないことが有りすぎる。
「失礼します。フィリアさん、公爵様がお着きになられました」
「殿下が……は、はい、どうぞ」
部屋の中で慌てて立ち上がる音が聞こえた。
すぐに扉に近づいてくる足音が聞こえ、扉が開かれた。
「公爵様、も、申し訳ございません、お出迎えもいたしませんと」
扉の側で泣いて真っ赤な目をした女性が非礼を詫びた。
「いや、ネヴィルが大変な時に私に気を使う必要はない。出迎えもチャールズやマーサがしてくれた。あなたが夫の側で付きっきりなのは承知だ」
そう言われて明らかに彼女はほっとした。
「目が覚めたと聞いたが、入ってもいいか」
「あ、は、はい、少しうとうとしていますが、今まで話をしていたので、大丈夫です」
「あまり長居はしない」
扉から少し離れ、彼女が中に入るよう促してくれたので、チャールズと共に中に入る。
「あなた、あなた、公爵様がいらっしゃいました」
「で、殿下………う」
「ああ、動かなくていい。そのまま」
ネヴィルは妻の呼び掛けに慌てて起き上がろうとしたが、体が動かず痛みに声を漏らした。
先ほどまでフィリアが座っていた椅子に腰掛け、改めて彼を見た。
頭に包帯を巻き、はだけた夜着の胸元からも包帯が見える。
息をするのも苦しいのか、息が荒い。
熱があるのか顔も少し赤く、目が潤んでいる。
「何があったか覚えているのか?」
尋ねると、弱々しく頷く。
「葡萄農家の、畑の…収穫の状況を、馬で見回っておりましたとき、馬が………何かに驚いて暴れてそのまま落ちてしまいました」
息苦しさと、記憶を思い出しながらとで途切れ途切れにそう答えた。
「申し訳……ございません、長い期間ご不在…で、色々…お忙しい…ときに」
迷惑をかけたことに心底悔しそうにネヴィルが言う。
「謝る必要はない。むしろ、謝るのは私だ。訳があったとは言え、領地の管理を全て任せて、戻ってきたのに、すぐに領地に来ずそなたに全てを押し付けてしまった」
頭を下げて彼がそう言うと、ネヴィルもフィリアも慌てた。
「こ、公爵様、お止めください!公爵様が頭を下げるなど」
「そうです、そんな………それが私の仕事ですのに………」
「いや、例え仕事とは言え、もらった報告書を見る限りそなたは十二分に勤めを果たしてくれている。後は私が引き継ぐ。少なくとも収穫祭が終わるまではいる。そなたの怪我の治り具合によってはもっといるつもりだ。今は怪我の回復に努めてくれ」
「公爵様………ありがとうございます」
「必要なものがあれば言ってくれ、できるだけ用意させる。フィリアも他のことはいいから看病に専念してくれ」
「もったいないことです」
「怪我人が遠慮するな」
涙ぐんでネヴィル夫妻は礼を繰り返す。
長話は負担だと言うことで早々に部屋を出る際、後で医者を呼びに行かせると伝えた。
「居間にお茶をご用意いたします」
部屋を出るとチャールズがそう言うので、居間に向かった。
「旦那様………」
居間に行く途中でクリスが待ち構えていた。
真剣な表情に何かあったとわかり、立ち止まる。
「どうした?」
「至急厩屋にお越し下さい。見ていただきたいものがあります」
「わかった」
クリスの後に続き、チャールズと二人厩屋に向かう。
「旦那様をお連れした」
厩屋に入ると、そこにレイもいて、一頭の馬の前に連れて行く。
馬房の中にはエリックがいた。
「この馬は?」
「管財人のネヴィルさんが落馬したときに乗っていた馬です。ここを見てください」
言ってエリックは馬のお尻の辺りを指差す。
彼が示した指の先には傷があった。
「これは………」
「誰かが馬を傷つけたのでしょう。ここの馬丁に聞きましたが、落馬した日の朝まではこんな傷はなかったそうです」
「では、視察に廻る途中でついたと?」
「いつ付いたのか、皆ネヴィルさんを探すのに必死ですぐにはわからなかったのでしょう」
「ネヴィルは馬が何かに驚いたと言っていたが…」
「はっきり断言できませんが、これが原因で馬が驚いて落ちたのなら」
「誰かがわざと、馬を驚かせたと?」
「可能性はあります」
ネヴィルの落馬事故が単なる事故ではない可能性が出てきた。
ネヴィルが狙われただけなら、失敗ということになる。
だが、ネヴィルに怪我を負わせ、自分をここに誘き寄せるのが目的なら、成功したと言える。
「チャールズ、明日の朝、ネヴィルが倒れていたという現場に行く。何か手がかりがあるかもしれない。案内できる者を手配してくれ」
「旦那様、危険では?」
チャールズは心配して出来れば思い止まらせたかったが、それは無理だともわかっていた。
「くれぐれもお気をつけて…お一人では行かれませんよう、お供も数人お連れください」
「大丈夫だ。優秀な者を連れていく」
クリスたちは、それが自分たちのことを言ってくれているのだとわかり、少し照れ臭そうにする。
「それと、チャールズ、屋敷の者にもきいて、最近このあたりで不振な者を見かけたり、おかしいと思ったことがなかったか情報を集めてくれ」
「畏まりました」
そう指示を出し、今度こそ居間でお茶を飲むために館の中に戻って行った。
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