49 / 266
49 第一近衛騎士団団長
しおりを挟む
ミハイルは途中でサミュエルと別れ自分の部屋に戻ると、怒りに任せてドサリと椅子に座りこんだ。
悪態をつかなかったのは、育ちの良さのおかげだ。
八つ当たりだと、わかっている。
自分とて、第一近衛騎士団の領分である王宮内でのことに口を出されたら腹が立つ。
今回の件について王弟殿下が被害を受けたとは言え、ことは王都内で起こったことだ。
管轄外なのだから仕方ない。
キルヒライル殿下が密かにここに戻ってきた時は、第一近衛騎士団団長として、宴までの間の彼を護ってきた。
信頼されていると思っていた。
それが裏切られたように、自分が勝手に思っているだけだ。
「失礼します」
扉を叩く音がして、侍従のキンバリーがお茶を持って入ってきた。
「お前か」
ミハイルは彼が苦手だった。
五年前から自分の侍従として側にいるが、個人的な話は一切しようとせず、時折どこかに雲隠れする。
仕事はきちんとこなしているので、首にすることもできないでいるが、蛇のような目は何を考えているかまったく読めない。
「何かお腹立ちなことでも?」
こちらが笑っていようと怒っていようと、これまでご機嫌を伺うようなことを一度も言ったことがない侍従が、珍しいことを言ってきたので、ミハイルはおやっと思った。
「私の機嫌がどこにあろうと、お前に何か関係があるのか?」
「もしお腹立ちなことで、私でお役に立てればと」
「驕るにも程がある。たかが侍従に何ができるというのだ」
火に油とはまさにこのことだ。燻っていた怒りが燃え上がった。
「出すぎたことを申しました。どうかおゆるしください」
怒鳴られ侍従は謝ったが、その場を立ち去ろうとはしなかった。
平伏して赦しを請う侍従の様子に、ミハイルは声を荒げたことに気づき、眉間に手を当て深呼吸して怒りを静めた。
プライドは人一倍高いが、上に立つ者として下位の者に対して傍若無人な振る舞いをすることはあってはならないことだと教師に教えられた。
いくら機嫌が悪くとも、感情のままに接するべきではなかった。
「声を荒げて悪かった。用があれば呼ぶ。もう下がっていい」
そう言ったが、いつもならそこで引き下がる侍従が、今日はどういう訳かその場から立ち去ろうとしない。
「どうした?何か用があるのか?」
「卿のお怒りは、エドワルド公爵と関係があるのでしょうか?」
侍従の言葉にミハイルは表情を強張らせた。
「どういう意味だ?」
「いえ、特に意味はございません。最近、この王宮で変わったこと言えばエドワルド公爵が六年ぶりにご帰還されたことですので、先ほどもお会いになられたご様子でしたので」
たかが侍従と思っていたが、ミハイルの思い過ごしだったのか。
五年も顔を付き合わせていたのに、初めて見るように侍従の顔を見た。
悪態をつかなかったのは、育ちの良さのおかげだ。
八つ当たりだと、わかっている。
自分とて、第一近衛騎士団の領分である王宮内でのことに口を出されたら腹が立つ。
今回の件について王弟殿下が被害を受けたとは言え、ことは王都内で起こったことだ。
管轄外なのだから仕方ない。
キルヒライル殿下が密かにここに戻ってきた時は、第一近衛騎士団団長として、宴までの間の彼を護ってきた。
信頼されていると思っていた。
それが裏切られたように、自分が勝手に思っているだけだ。
「失礼します」
扉を叩く音がして、侍従のキンバリーがお茶を持って入ってきた。
「お前か」
ミハイルは彼が苦手だった。
五年前から自分の侍従として側にいるが、個人的な話は一切しようとせず、時折どこかに雲隠れする。
仕事はきちんとこなしているので、首にすることもできないでいるが、蛇のような目は何を考えているかまったく読めない。
「何かお腹立ちなことでも?」
こちらが笑っていようと怒っていようと、これまでご機嫌を伺うようなことを一度も言ったことがない侍従が、珍しいことを言ってきたので、ミハイルはおやっと思った。
「私の機嫌がどこにあろうと、お前に何か関係があるのか?」
「もしお腹立ちなことで、私でお役に立てればと」
「驕るにも程がある。たかが侍従に何ができるというのだ」
火に油とはまさにこのことだ。燻っていた怒りが燃え上がった。
「出すぎたことを申しました。どうかおゆるしください」
怒鳴られ侍従は謝ったが、その場を立ち去ろうとはしなかった。
平伏して赦しを請う侍従の様子に、ミハイルは声を荒げたことに気づき、眉間に手を当て深呼吸して怒りを静めた。
プライドは人一倍高いが、上に立つ者として下位の者に対して傍若無人な振る舞いをすることはあってはならないことだと教師に教えられた。
いくら機嫌が悪くとも、感情のままに接するべきではなかった。
「声を荒げて悪かった。用があれば呼ぶ。もう下がっていい」
そう言ったが、いつもならそこで引き下がる侍従が、今日はどういう訳かその場から立ち去ろうとしない。
「どうした?何か用があるのか?」
「卿のお怒りは、エドワルド公爵と関係があるのでしょうか?」
侍従の言葉にミハイルは表情を強張らせた。
「どういう意味だ?」
「いえ、特に意味はございません。最近、この王宮で変わったこと言えばエドワルド公爵が六年ぶりにご帰還されたことですので、先ほどもお会いになられたご様子でしたので」
たかが侍従と思っていたが、ミハイルの思い過ごしだったのか。
五年も顔を付き合わせていたのに、初めて見るように侍従の顔を見た。
2
お気に入りに追加
1,935
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる