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33 お茶が入りました
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それから約二時間後、私はワゴンにお茶の用意を乗せ、シリアさんとともに、キルヒライル殿下のいる執務室に向かった。
殿下にとって、誰がお茶を入れようと大差のないことなのだから、失敗さえしなければ、変に注目されることもないだろう。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「……入れ」
中から一拍置いて返事が帰って来た。
シリアさんに続いてティーポットやカップ、お茶うけのお菓子を乗せたワゴンを押して入った。
部屋の入り口にはテーブルとソファ、その奥に卓球台位に大きい執務机が置かれ、机の上は所狭しと書類や書籍がうず高く積まれていた。
キルヒライル殿下は背後の大きな窓から差し込む陽光を浴び、銀色の髪が後光のように輝いていた。
ありがたや~と思わず拝んでしまいそうになったが、その顔つきは目の前の書類を睨み付け、険しい。
彼がこういう顔つきでいるのはいつものことなのか、シリアさんは怯むことなく、私に準備するように目で合図をし、声をかけた。
「旦那様、本日はローリイが給仕させていただきます」
シリアさんの発言に書類からちらりと視線だけを動かし、私たちに注意を向ける。
「ローリイ、お願いね」
「はい、シリアさん」
私は左手でカップが乗ったソーサー、右手でポットの取っ手を持つと、親指で蓋が落ちないように押さえた。
ポットを傾け、紅茶を注ぎ始めると、すかさずポットを持った右手を天井高く持ち上げ、カップとポットを引き離した。
「!」
いきなりのパフォーマンスに、殿下は目を見開いた。
高くあげたポットの注ぎ口から紅茶が綺麗な放物線を描いてカップに注がれ、私はカップの八分目程まで紅茶を注いでから、ポットを上に向けた。
ポットをワゴンに戻し、紅茶の入ったカップを殿下の前に置いた。
「本日の紅茶もメルローでございます」
私は失敗せず上手く注げたことに、心の中で密かにガッツポーズをして、顔はできるだけ無表情になるよう努めた。
下手をすると、熱い紅茶が手にかかることもあり、こうして入れたからと言って、味に大きな変化はないのだけれど、前世の某刑事ドラマで主人公がそうやって紅茶を飲んでいたのを思いだし、母に怒られながらも、この入れ方を練習していた。
もちろん、普通に入れることもできますよ。
殿下は持っていた書類を机の辺りまで下げ、目の前に置かれた紅茶と私の顔を見比べる。
その顔からは、先ほどのしかめ面は消えていた。
「いかがですか、すごいでしょう?」
やったのは私だけど、何故かシリアさんがドヤ顔で言う。
あんまり殿下が黙っているので、これは失敗したかな、と不安になってきたところで、クスリ、と殿下が笑った。
「なかなか、面白いものを見せてもらった」
後光が差したイケメンの笑顔はかめはめ波くらい強烈だった。
私は顔が赤くなったのを隠すように俯いた。
「いたみいります」
殿下はソーサーごと持ち上げ、入れたばかりの紅茶を口にする。
「何だか、今日の紅茶はまろやかだな。香りもいつもよりはっきりしているようだ。何か手を加えたのか?」
味の僅かな違いに気付いたようだ。
「水に少し細工を……炭でろ過しております」
「炭?」
「あ、もちろん、綺麗に洗って干してから使っておりますので、黒くはなっていません」
「どこでそんな知識を?」
聞かれて、前世です。とは言えない。
「昔、どこかの国から来た旅の方に聞いたと思いますが、はっきり覚えていません。すいません」
「………そうか」
適当に答えたが、じっと見つめられて、私の言葉を素直に受け取っていないとわかる。
「それより、殿下」
シリアさんが、割って入る。
単なるメイドにしては、公爵に対してあまり遠慮がないなぁと思っていたが、彼とは乳兄弟の間柄らしい。
ちなみにロッテさんはシリアさんと幼馴染みで、同じく殿下と乳兄弟のシリアさんのお兄さんと、彼女は結婚しているそうだ。
ロッテさんの旦那様は第二近衛騎士団にいて、今回短期間ということで、ここにメイドとして来ているそうだ。
シリアさんの強引とも思える今日の急な抜擢は、少しでも早くロッテさんを旦那様の所へ帰すため、後任の指導をしているということだったと、後で聞いた。
「今日の趣向はお気に召されましたか?」
趣向って、見せ物ですか?
「お気に召されましたよね」
何度も言うが、やったのは私だ。
「………何が望みだ」
シリアさんは、こういったことを良くやるのか、何か裏がある含みに、殿下はカップを置いて向き直った。
殿下にとって、誰がお茶を入れようと大差のないことなのだから、失敗さえしなければ、変に注目されることもないだろう。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「……入れ」
中から一拍置いて返事が帰って来た。
シリアさんに続いてティーポットやカップ、お茶うけのお菓子を乗せたワゴンを押して入った。
部屋の入り口にはテーブルとソファ、その奥に卓球台位に大きい執務机が置かれ、机の上は所狭しと書類や書籍がうず高く積まれていた。
キルヒライル殿下は背後の大きな窓から差し込む陽光を浴び、銀色の髪が後光のように輝いていた。
ありがたや~と思わず拝んでしまいそうになったが、その顔つきは目の前の書類を睨み付け、険しい。
彼がこういう顔つきでいるのはいつものことなのか、シリアさんは怯むことなく、私に準備するように目で合図をし、声をかけた。
「旦那様、本日はローリイが給仕させていただきます」
シリアさんの発言に書類からちらりと視線だけを動かし、私たちに注意を向ける。
「ローリイ、お願いね」
「はい、シリアさん」
私は左手でカップが乗ったソーサー、右手でポットの取っ手を持つと、親指で蓋が落ちないように押さえた。
ポットを傾け、紅茶を注ぎ始めると、すかさずポットを持った右手を天井高く持ち上げ、カップとポットを引き離した。
「!」
いきなりのパフォーマンスに、殿下は目を見開いた。
高くあげたポットの注ぎ口から紅茶が綺麗な放物線を描いてカップに注がれ、私はカップの八分目程まで紅茶を注いでから、ポットを上に向けた。
ポットをワゴンに戻し、紅茶の入ったカップを殿下の前に置いた。
「本日の紅茶もメルローでございます」
私は失敗せず上手く注げたことに、心の中で密かにガッツポーズをして、顔はできるだけ無表情になるよう努めた。
下手をすると、熱い紅茶が手にかかることもあり、こうして入れたからと言って、味に大きな変化はないのだけれど、前世の某刑事ドラマで主人公がそうやって紅茶を飲んでいたのを思いだし、母に怒られながらも、この入れ方を練習していた。
もちろん、普通に入れることもできますよ。
殿下は持っていた書類を机の辺りまで下げ、目の前に置かれた紅茶と私の顔を見比べる。
その顔からは、先ほどのしかめ面は消えていた。
「いかがですか、すごいでしょう?」
やったのは私だけど、何故かシリアさんがドヤ顔で言う。
あんまり殿下が黙っているので、これは失敗したかな、と不安になってきたところで、クスリ、と殿下が笑った。
「なかなか、面白いものを見せてもらった」
後光が差したイケメンの笑顔はかめはめ波くらい強烈だった。
私は顔が赤くなったのを隠すように俯いた。
「いたみいります」
殿下はソーサーごと持ち上げ、入れたばかりの紅茶を口にする。
「何だか、今日の紅茶はまろやかだな。香りもいつもよりはっきりしているようだ。何か手を加えたのか?」
味の僅かな違いに気付いたようだ。
「水に少し細工を……炭でろ過しております」
「炭?」
「あ、もちろん、綺麗に洗って干してから使っておりますので、黒くはなっていません」
「どこでそんな知識を?」
聞かれて、前世です。とは言えない。
「昔、どこかの国から来た旅の方に聞いたと思いますが、はっきり覚えていません。すいません」
「………そうか」
適当に答えたが、じっと見つめられて、私の言葉を素直に受け取っていないとわかる。
「それより、殿下」
シリアさんが、割って入る。
単なるメイドにしては、公爵に対してあまり遠慮がないなぁと思っていたが、彼とは乳兄弟の間柄らしい。
ちなみにロッテさんはシリアさんと幼馴染みで、同じく殿下と乳兄弟のシリアさんのお兄さんと、彼女は結婚しているそうだ。
ロッテさんの旦那様は第二近衛騎士団にいて、今回短期間ということで、ここにメイドとして来ているそうだ。
シリアさんの強引とも思える今日の急な抜擢は、少しでも早くロッテさんを旦那様の所へ帰すため、後任の指導をしているということだったと、後で聞いた。
「今日の趣向はお気に召されましたか?」
趣向って、見せ物ですか?
「お気に召されましたよね」
何度も言うが、やったのは私だ。
「………何が望みだ」
シリアさんは、こういったことを良くやるのか、何か裏がある含みに、殿下はカップを置いて向き直った。
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