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20 英雄の舞と英雄

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シンと静まり返った中を、私たちは進んだ。
一歩、また一歩、両脇に立ち並ぶ人びとの間を進む。
進む先には十段ほどの階段があり、上がりきったところ、正面右に王、左に王妃がひな祭りのお内裏様とお雛様のように座っていた。
王の左側にもうひとつ椅子がおかれ、遠目に男性が座っているのがわかった。

王と隣の男性はともに銀色の髪をしている。王族に多く生まれると言われているので、先ほど侍従が言っていた、長年所在がわからなかったという王弟だと思った。

「あら…」
「まあ、」

歩み進めると、右側に立ち並ぶ人達から囁きが聞こえた。

どうやら私の衣装の裂け目に気づいたようだ。
動くたびに生地の隙間から生の足が見え隠れしている。
この世界の女性が公然と足を見せることは殆どない。
前世でも、素足を見せるのは夫だけみたいな貞操観念のところもあったと思う。
そんな貞操観念の中で育ったので恥ずかしくないと言えば嘘になるが、水着や短め丈のパンツ、スリットの入ったスカートを前世で履いていたのだから、これくらいで臆するわけにはいかない。
それより気になるのはすっかり動揺しているモニクだ。
目配せし、安心させるように微笑み、先ほど教えた気休めのおまじないの仕草をした。

私が少しも動揺していないのを見て、モニクもようやく落ち着いてきたようだ。

「止まれ」

階段の手前で立つ男性がそう言ったので、その場で立ち止まり、両膝を突き、頭をたれた。

「所属と名前を述べよ」

彼が侍従の説明にあった宰相なのだろう。

「「明星の花」のマーラです」
「同じく「明星の花」フィリアです」

私の服を裂いたの踊り子はフィリアと名乗った。

「「月下の花」のモニクです」
「同じく「月下の花」のクレアです」

簡潔に名前を述べると、すかさず側に控えていた侍従が私たちを誘導し、位置を示した。私たちは持っていた剣の鞘を抜き、それを誘導の侍従に渡す。

抜いた剣の柄を両手で握り、私は胸の前に斜めに構え、モニクと向かい合う。

一瞬の静寂のもと、国王が右手を掲げ、それを合図に音楽が奏でられ始めた。

◇◇◇◇◇◇◇

軽やかにステップを踏み、私たちは剣を時には振り下ろし、時に左右に打ち払い、飛んで、屈んで、時に戟を交わし舞った。
右足を振り上げる度に裂けた布地から素肌が見え、その都度様々な囁きが聞こえるが、私は流れる音楽と目の前のモニクに全神経を注ぐ。
振り付けは体が覚えている。後はモニクと呼吸を合わせることに集中する。

舞が後半に差し掛かってきた時、踊る私の視界に信じられないものを見た。

壇上に座する国王の横に、右のこめかみから頬にかけて顔に傷を持つ男が座っていた。

(まさか!)

あそこに座るのは王弟、エドワルド公爵のはずだ。
あの森で倒れていた男性が、そこにいた。彼の髪色はもはや薄い茶色ではなく、銀色になっていたが。

瞳の色はここからは見えないし、彼は気を失っていたので、件の人物の瞳が何色だったかわからない。

一瞬、気が削がれたが、音楽はまだ奏で続けられている。
最後の難関、両手を空高くあげ、横に剣を持ちなが、左、右と軸足を替えながら十回回転する。
この時位置はできるだけ変えてはいけない。
回転が終わり、今度はできるだけ前にした右足を曲げ、腰を低くし、剣を突き出す。

最後、二人で剣を下に向けて交差しあうと同時に音楽が止んだ。

一瞬の静寂のうちに割れんばかりの歓声が上がるなか、壇上から一人の男が降りてくると、歓声の中からどよめきが起こった。

それが公爵であると気づいた時には、彼はもう私の目の前まで来ており、彼は羽織っていたマントを脱ぐと私の腰に巻き付けた。

「見事な舞だった」

深い藍色の瞳を真っ直ぐ私に向け、聞こえた声は厩で聞いたあの声。

「そなたの矜持には感服した」

すぐ耳元で囁かれ、私は戦慄が走るのを感じた。

私、この声好きかも。

まじまじと彼の顔を見つめていると、彼は更に言った。

「美しい舞は驚嘆ものだが、他は目に毒だな」

耳まで赤くなった私を満足げに見て、王弟殿下はさっと身を翻し、壇上の席へ戻って行った。

彼が兄王に一礼し、自分の席へ座ると、国王はこほんと咳払いし、壇上から集まった人々を眺めて、皆に聞こえるよう言いはなった。

「少しハプニングはあったが四名とも見事であった。さて、始めに皆に伝えたとおり、長年公の場から退いていたわが弟キルヒライルが六年ぶりに復帰した。皆も知っていると思うが、六年前、隣国マインとの戦が囁かれたおり、その火種を消してくれたのがキルヒライルだ。
遅くなったが、彼の功績を称え、今宵宴を開いた。'英雄の舞'は彼に捧げる舞である。常ならば皆から評価を取り、余が評決を出すのだが、今回はキルヒライルにその決を出してもらうことにする」

国王の言葉に広間にいた多くの者からどよめきか起こったが、その決定に異論を唱えるものはいなかった。

国王と目を合わせた宰相がキルヒライルの許に赴き、その口許に耳を寄せた。

宰相は頷き、国王の側に寄ってまたひそひそとささやいている。

国王は宰相の言葉ににこやかに頷いた。

「勝敗が決まった」

宰相の言葉にその場にいた全員が固唾を飲んだ。

「勝者は、「月下の花」」

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