上 下
16 / 266

16 ウィリアム邸にて

しおりを挟む
ローリィから語られる話は、すべてにおいて規格外だった。
途中夕食を挟み、彼女からの話しに聞き入った。
五歳で賊に襲われたこと。
モーリスとの出会いとその後の修行。
伯爵夫妻が亡くなったこと。…父が女の子を弟子にしたことも驚いたが、今は爵位はないとはいえ、伯爵家のご令嬢だったことにも驚いた。

(親父、いくら筆不精でも、大事な情報すっ飛ばし過ぎだろうが…伯爵令嬢とか、弟子の性別くらい、ちゃんと教えろよな)

ウィリアムは心のなかで父にツッコミを入れた。

ただ、ここまで来る道中のことは、ローリィも詳しくは話さなかった。
ローリィ自身、あの出来事は黒歴史として闇に葬りたいと思っていた。
いくら人命救助とはいえ、自分の肌着を見ず知らずの男に巻き付けたり、人口呼吸までしたのだ。
相手に意識がなくて幸いだった。

体の傷のことも隠さず伝えた。
令嬢としては汚点だが、来宮巴としてはそれほど気に病んではいない。何せ刺青をしたりピアスの穴を耳朶と言わず、体のあちこちに、恥ずかしい部分にも空ける人達がいた位だ。それを気にするような人物なら、こっちから願い下げだ。自分は何ら恥じることはしていない。
ウィリアムに話したのは、もしこの王都で彼が彼女に誰か結婚相手をと考えて動いた時に、そのことを知らないと、後々問題になってくるし、勝手にそんなことをしないようにという牽制をしたかったからだ。
彼にはこの王都で生活が軌道にのるまで、色々迷惑をかけてしまうだろうが、基本は自分の手で何とかするつもりであることを伝えた。

「伯爵家の、ご令嬢ですよね?」
「ご令嬢…でした」

ウィリアムは、可愛らしく…凛々しく…?目の前に座っている十八歳になろうかという父の弟子を見つめて呟いた。

元伯爵令嬢…いくら元でも、ここまで極端に破天荒に逞しく生きられるものなのか?さすが、あの父が弟子だと受け入れているだけはある。

「それで、私自身は住むところも決まっているのですが、連れて来た馬を、どこか預かっていただけるところをご紹介いただきたいのです」

聞けば今は宿屋の厩に預かってもらっているが、あくまで宿の利用客の馬を預かるところなので、早急に預け先を決めないといけないということだった。

 昨日今日来たばかりで、知り合いといえば自分たちくらいしかないと思っていたウィリアムは、驚いた。
当分の間はこっちで面倒を見ようと思っていたと伝えた。

「私も昨日まではそのつもりでいたのですが、昨日、たまたま知り合った方たちが是非にとおっしゃってくれて…仕事も何とかしてくれるということで…」
「昨日あったばかりで、信用できるのですか?失礼ですが、ここはアイスヴァインのようにはいきませんよ」

しっかりしているように見えて、やはり田舎のご令嬢だなと心配になった。
だが、続けて彼女がどういった経緯でそうなったのかと言う話しをすると、ウィリアムもホリィも慌てふためいた。

「ま、街の路地で、乱闘…?」

父の弟子なのだから、当然と言えばそうなのだが、ケガはなかったかと聞けば、大丈夫という答えが返ってきた。納得するしかない。

「それで、その助けた方とそのお仲間に大変気に入られ、部屋も余っているからと誘われたのです」

だが、モーリスからウィリアムのところを紹介されていることもあり、一応は王都での身元保証人?的な立場の自分に無事についたということの報告も兼ねて訪問し、許可を得るのが筋だろうということで、返事は保留にしているということだった。

「舞屋…ですか」

地方ではどうかわからないが、ここ王都で舞屋と言えばきちんとお母さんと呼ばれる管理者がおり、平民や下級貴族の子女が舞を習いながら共同生活を送る、いわゆる女子寮となっている。
結婚したら共同生活の家から出ていくが、踊り子は辞めるか、そのまま続けるかは自由となっている。

女子寮なので、男は入っても玄関の応接室まで、それ以外は男子禁制で、管理も厳しいと言われている。

「その、ローリィ様は、踊り子になられるのですか?」

ウィリアムが確認したかったことをホリィも気になったのか聞いた。

踊り子になる子たちは、早ければ七歳くらいから、遅くても十歳くらいから修行を始める。幼い少女なら少女なり稚児舞というのもあり、それなりに需要もある。
しかしローリィはもうすぐ十八歳になり、成人を迎えている。今から修行して、果たしてものになるのか。

「いえ、特にそういうわけでは…出会った経緯が経緯ですし、まあ、用心棒みたいな形でいいからと言われて…舞の方は、アイスヴァイン領でも多少かじっておりましたが、お金をいただいくとなると、やはり手習い程度の経験ではおこがましいですし…」
「用心棒…失礼ですが、向こうはあなたが伯爵家のご令嬢とは…」
「話しておりません。元、ですし、特に必要ないかと。王宮の成人の儀にも出ておりませんし、伯爵家の身分など振りかざしてもお腹が膨れるわけではありませんから」

ローリィはキッパリといい放った。

ウィリアムは額を押さえた。ローリィの言うことは間違っていないが、身分をパン以下扱いしていいのだろうか。

「ご立派ですわ!ローリィ様!失礼、ローリィ様とお呼びしても構いませんでしょうか?」

ホリィが拝むように顔の前で両手を組み合わせ、感極まったように叫んだ。
「どうぞどうぞ、あ、呼び捨てでもいいですよ」
「それは、さすがに…」
「では、ローリィさんで、あ、敬語もいりません、私の方が年下ですし」
「わかりました。ローリィさん。なんて素晴らしいお心がけでしょう!伯爵令嬢としてお生まれになりながら、それに甘んじることなく、厳しい鍛練を積まれ、ご両親の死後、誰にも頼ることなく、ご自分で道を開かれるなど、平民であってもなかなかできることではありませんわ」
少女のように瞳をキラキラさせて語る妻の迫力に、ウィリアムは呆気にとられた。
ホリィはウィリアムが帰宅するまでの間、ローリィ嬢と長々と話をし、その人柄を気に入っていたようだったが、今また、彼女の話を聞いて、すっかり心酔してしまったようだ。

「いえ、誰にも頼らないとか、おこがましいことです。事実、師匠やそのご家族、舞屋の方々のご厚意がなければ、私は何もできない田舎出の娘です」
「まあ、ご謙遜を!でしたら、どうか私めは、姉と思って接してくださいな、困ったことがあったら遠慮なくおっしゃって、夫も近衛騎士団の隊長として、お力になることがありましたら、なんでもいたしますわ!ねえ、あなた」

妻はウィリアムの両手をガシッと掴み、唾が飛ぶくらいの勢いで迫ってきた。
ウィリアムは力強く掴まれた自分の手と妻の顔を見つめ、同意以外の答えはあり得ない。同意しなければ殺されるのではとさえ思った。

「妻の言うとおりです。用心棒に、とは、少々突飛ですが、父が弟子だと言い切るのであれば、腕は確かなのでしょう。それに住まいが舞屋となれば、簡単に男は出入りできませんし、何かあればホリィがおりますので、ただ、我が家には厩がありませんので、騎士団の中で頼めそうな心当たりがいくつかありますので、明日早速あたってみましょう。それまでの間、ちゃんと馬を預かっていただけるように、私からも宿屋の主人にお声をかけておきましょう」

「お心遣いありがとうございます」
ローリィが礼を言うと、これでいいか、とウィリアムは妻の方を見た。
その対応に満足したらしい妻の様子に、ウィリアムはほっと胸を撫で下ろした。

その夜、女同士でいつまでも話が尽きないようなので、ウィリアムは明日も仕事だからと謝って先に寝床に入った。

妻が少女のようにはしゃぐのを、ウィリアムは結婚十年目にして初めて見た。
ホリィってあんなだったか?
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

処理中です...