39 / 118
39 求められた役割
しおりを挟む
更にアドルファスさんは付け加えた。
「でも、もう少しここの生活に慣れてからでも構わないと思いますが、どうですか。今はまだこれまでと違う世界を楽しむことを優先しましょう」
空中からゆっくりと、ワルツを踊るように降りていき、温室の前の地面に降り立った。
地面に降りた瞬間自分の体重がずしりと感じられた。無重力体験はないが、それに似ているのかもしれない。
地上に降りたところで空中にいた時には忘れていた身長差を実感する。
間近に見えていたアドルファスさんの顔が遠のいて何故か残念に思ってしまった。
「もう夜も遅いですから、そろそろ部屋に戻りましょう」
「素敵な景色を見せてくれてありがとうございました」
「私も楽しかったです。見慣れた景色もあなたと一緒に見るとまた違った趣きがありました」
それがアドルファスさんの思いやりだとわかっていても嬉しかった。
部屋へ戻ると、ベッドの上に置かれていたものを見つけた。
「あれ、これ昨日と違う」
用意されていた寝間着は昨日と同じものだったが、両方の腰の位置にリボンが付いていた。それを両紐を交差させて腰の辺りで結べば体にピッタリと合う。
「誰かがアレンジしてくれたんだ」
肩周りは緩いけど、これで体が服の中で泳ぐことはない。
お風呂に入り、ついいつもの癖で髪の毛も洗ってしまったけど、ドライヤーがない。
昨日はたまたまアドルファスさんが忘れ物(落とした脱いだストッキング…それは忘れたいけど)を届けに来てくれて助かったけど、今夜はそうはいかない。
いつでもとは言ってくれたけど、さすがに社交辞令だろう。
そう思っていると部屋の扉を誰かが叩いた。
「はい、どうぞ」
ナーシャかスフィアが戻ってきたのかと思ったが、入ってきたのはアドルファスさんだった。
アドルファスさんは入浴を済ませ、昨日と同じ装いで現れた。
「あの、何か」
「先程神殿から返事が来ました」
「本当ですか!」
彼から手紙を受け取る。それは日本語で書かれていた。
「是非来て一緒に昼食をと書いてあります」
すぐに開封して中の文章に目を通した。
「是非来てほしいそうです」
「では、我が家から馬車を出します。神殿までどう行けばいいかご存知ないでしょうし、ここから少し距離がありますから」
「ありがとうございます。助かります」
ここの地理もわからない。彼には何から何まで助けてもらって申し訳ない。
財前さんも見知らぬ場所と見知らぬ人たちに囲まれて、心細い思いをしているかも知れない。その上何やら大変な儀式が控えている。大変な任務だけど、彼女ならやってのけるだろうと思うが、励ましてあげたい。
「お礼は必要ありません。我が家のものは遠慮せず何でも使ってください。ところで、今夜も『ドライヤー』が必要ではありませんか?」
タオルを巻いたままの私の髪を見て彼が言う。
「あ、これはその…」
「今夜も乾かさせていただいてもよろしいですか?」
魔法ではなく、手を伸ばして頭のタオルを剥がす。水滴は滴ってはいないが、まだまだ濡れていて重みがある。
「え、あ…その…え…まさか本当に今日も?」
「昨日そう言いました」
「その場の勢いかと…」
「その場しのぎに出来ないことは言いません」
どうやら彼は有言実行の人らしい。
「必要ありませんでしたか?」
私の肩に掛かる毛先を指に巻き付ける。
「い、いえ…その…ではお願いします」
「それ…着心地はどうですか?」
昨日と同じように一瞬で髪を乾かしてから、着ているものについて訊ねられた。
「はい。ぴったりして…誰かが手直ししてくれたみたいで」
「夕べはかなりブカブカだったから、何とかするように言ってあったんです。急にあなたをお迎えすることになったせいで、何もかも揃わなくて申し訳ない」
「アドルファスさんがこうするように指示を?」
「余計なお世話でしたか?」
「いいえ。ありがとうございます」
ストッキングのことと言い、寝間着のことと言い女性の身の回りのことまで気が回るなんて、出来すぎる。
「アドルファスさんの恋人はきっと幸せでしょうね」
「そう思いますか?」
「レディ・シンクレアの指導もあるんでしょうけど…」
「女性への接し方は色々と…女性が体格も力も男性より弱くても決して弱いとは言えないことも教わりました。敵に回せばどうなるかも」
「素敵な指導ですね。お母様も同じですか?」
「母は…」
領地で療養中だと言う母親の話題で彼の顔が一瞬曇った。
昨日もそんな様子だった。
家族だから、血の繋がりがあるからと言って、みんなが皆、仲が良くて何の問題もないとは思っていない。
「今の質問は忘れてください」
「大丈夫です。母は体が弱くて…女性が護るべき存在であることを一番に教えてくれました」
今朝レディ・シンクレアが、彼の母親は体が弱くて次の子は望めなかったと言っていた。
「それよりさっきの話…私の恋人になる女性は本当に幸せだと思いますか」
「もちろんです。少なくとも私が今まで付き合った男性たちとは違う。私もいい彼女でなかったと思いますから、偉そうなことは言えませんけど」
うまくいかなかったのは私にも原因があったかもしれない。相手が悪いと責めてばかりもいられない。
「では、その幸せな女性に立候補する気はありませんか?」
「え?」
よく意味が理解出来ずに訊き返した。
「今…なんて?」
目を丸くして彼に問い返した。
「でも、もう少しここの生活に慣れてからでも構わないと思いますが、どうですか。今はまだこれまでと違う世界を楽しむことを優先しましょう」
空中からゆっくりと、ワルツを踊るように降りていき、温室の前の地面に降り立った。
地面に降りた瞬間自分の体重がずしりと感じられた。無重力体験はないが、それに似ているのかもしれない。
地上に降りたところで空中にいた時には忘れていた身長差を実感する。
間近に見えていたアドルファスさんの顔が遠のいて何故か残念に思ってしまった。
「もう夜も遅いですから、そろそろ部屋に戻りましょう」
「素敵な景色を見せてくれてありがとうございました」
「私も楽しかったです。見慣れた景色もあなたと一緒に見るとまた違った趣きがありました」
それがアドルファスさんの思いやりだとわかっていても嬉しかった。
部屋へ戻ると、ベッドの上に置かれていたものを見つけた。
「あれ、これ昨日と違う」
用意されていた寝間着は昨日と同じものだったが、両方の腰の位置にリボンが付いていた。それを両紐を交差させて腰の辺りで結べば体にピッタリと合う。
「誰かがアレンジしてくれたんだ」
肩周りは緩いけど、これで体が服の中で泳ぐことはない。
お風呂に入り、ついいつもの癖で髪の毛も洗ってしまったけど、ドライヤーがない。
昨日はたまたまアドルファスさんが忘れ物(落とした脱いだストッキング…それは忘れたいけど)を届けに来てくれて助かったけど、今夜はそうはいかない。
いつでもとは言ってくれたけど、さすがに社交辞令だろう。
そう思っていると部屋の扉を誰かが叩いた。
「はい、どうぞ」
ナーシャかスフィアが戻ってきたのかと思ったが、入ってきたのはアドルファスさんだった。
アドルファスさんは入浴を済ませ、昨日と同じ装いで現れた。
「あの、何か」
「先程神殿から返事が来ました」
「本当ですか!」
彼から手紙を受け取る。それは日本語で書かれていた。
「是非来て一緒に昼食をと書いてあります」
すぐに開封して中の文章に目を通した。
「是非来てほしいそうです」
「では、我が家から馬車を出します。神殿までどう行けばいいかご存知ないでしょうし、ここから少し距離がありますから」
「ありがとうございます。助かります」
ここの地理もわからない。彼には何から何まで助けてもらって申し訳ない。
財前さんも見知らぬ場所と見知らぬ人たちに囲まれて、心細い思いをしているかも知れない。その上何やら大変な儀式が控えている。大変な任務だけど、彼女ならやってのけるだろうと思うが、励ましてあげたい。
「お礼は必要ありません。我が家のものは遠慮せず何でも使ってください。ところで、今夜も『ドライヤー』が必要ではありませんか?」
タオルを巻いたままの私の髪を見て彼が言う。
「あ、これはその…」
「今夜も乾かさせていただいてもよろしいですか?」
魔法ではなく、手を伸ばして頭のタオルを剥がす。水滴は滴ってはいないが、まだまだ濡れていて重みがある。
「え、あ…その…え…まさか本当に今日も?」
「昨日そう言いました」
「その場の勢いかと…」
「その場しのぎに出来ないことは言いません」
どうやら彼は有言実行の人らしい。
「必要ありませんでしたか?」
私の肩に掛かる毛先を指に巻き付ける。
「い、いえ…その…ではお願いします」
「それ…着心地はどうですか?」
昨日と同じように一瞬で髪を乾かしてから、着ているものについて訊ねられた。
「はい。ぴったりして…誰かが手直ししてくれたみたいで」
「夕べはかなりブカブカだったから、何とかするように言ってあったんです。急にあなたをお迎えすることになったせいで、何もかも揃わなくて申し訳ない」
「アドルファスさんがこうするように指示を?」
「余計なお世話でしたか?」
「いいえ。ありがとうございます」
ストッキングのことと言い、寝間着のことと言い女性の身の回りのことまで気が回るなんて、出来すぎる。
「アドルファスさんの恋人はきっと幸せでしょうね」
「そう思いますか?」
「レディ・シンクレアの指導もあるんでしょうけど…」
「女性への接し方は色々と…女性が体格も力も男性より弱くても決して弱いとは言えないことも教わりました。敵に回せばどうなるかも」
「素敵な指導ですね。お母様も同じですか?」
「母は…」
領地で療養中だと言う母親の話題で彼の顔が一瞬曇った。
昨日もそんな様子だった。
家族だから、血の繋がりがあるからと言って、みんなが皆、仲が良くて何の問題もないとは思っていない。
「今の質問は忘れてください」
「大丈夫です。母は体が弱くて…女性が護るべき存在であることを一番に教えてくれました」
今朝レディ・シンクレアが、彼の母親は体が弱くて次の子は望めなかったと言っていた。
「それよりさっきの話…私の恋人になる女性は本当に幸せだと思いますか」
「もちろんです。少なくとも私が今まで付き合った男性たちとは違う。私もいい彼女でなかったと思いますから、偉そうなことは言えませんけど」
うまくいかなかったのは私にも原因があったかもしれない。相手が悪いと責めてばかりもいられない。
「では、その幸せな女性に立候補する気はありませんか?」
「え?」
よく意味が理解出来ずに訊き返した。
「今…なんて?」
目を丸くして彼に問い返した。
6
お気に入りに追加
951
あなたにおすすめの小説
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
転生令嬢はやんちゃする
ナギ
恋愛
【完結しました!】
猫を助けてぐしゃっといって。
そして私はどこぞのファンタジー世界の令嬢でした。
木登り落下事件から蘇えった前世の記憶。
でも私は私、まいぺぇす。
2017年5月18日 完結しました。
わぁいながい!
お付き合いいただきありがとうございました!
でもまだちょっとばかり、与太話でおまけを書くと思います。
いえ、やっぱりちょっとじゃないかもしれない。
【感謝】
感想ありがとうございます!
楽しんでいただけてたんだなぁとほっこり。
完結後に頂いた感想は、全部ネタバリ有りにさせていただいてます。
与太話、中身なくて、楽しい。
最近息子ちゃんをいじってます。
息子ちゃん編は、まとめてちゃんと書くことにしました。
が、大まかな、美味しいとこどりの流れはこちらにひとまず。
ひとくぎりがつくまでは。
金の騎士の蕩ける花嫁教育 - ティアの冒険は束縛求愛つき -
藤谷藍
恋愛
ソフィラティア・シアンは幼い頃亡命した元貴族の姫。祖国の戦火は収まらず、目立たないよう海を越えた王国の小さな村で元側近の二人と元気に暮らしている。水の精霊の加護持ちのティアは森での狩の日々に、すっかり板についた村娘の暮らし、が、ある日突然、騎士の案内人に、と頼まれた。最初の出会いが最悪で、失礼な奴だと思っていた男、レイを渋々魔の森に案内する事になったティア。彼はどうやら王国の騎士らしく、魔の森に万能薬草ルナドロップを取りに来たらしい。案内人が必要なレイを、ティアが案内する事になったのだけど、旅を続けるうちにレイの態度が変わってきて・・・・
ティアの恋と冒険の恋愛ファンタジーです。
【完結】没落令嬢のやり直しは、皇太子と再び恋に落ちる所からで、1000%無理目な恋は、魔力持ち令嬢と婚約破棄させる所から。前より溺愛される
西野歌夏
恋愛
ジェニファー・メッツロイトンの恋は難しい。
子供までなして裏切られた元夫と、もう一度恋なんて無理目な恋だ。1000%無理だ。
ジェニファー・メッツロイトン男爵令嬢の生きるか死ぬかのドキドキの恋と、18歳の新婚生活の物語。
新たな人生を歩き始めたジェニファーはなぜか、前回よりも皇太子に溺愛される。
彼女は没落令嬢であったにも関わらず、かつて皇太子妃として栄華を極めたが、裏切りによって3人の子供と共に命を奪われてしまう。しかし、運命のいたずらなのか、どういうわけか、5年前に時間を遡ることになり、再び生きる機会を得る。
彼女の最大の目的は、もう一度子供たちに会い、今度こそ子供たちを救うことだ。子供たちを未来の守ること。この目的を成し遂げるために、ジェニファーは冷静に行動を計画する。
一度は皇太子妃にまでなったが、23歳で3人の子供もろとも命を失って、5年前に死に戻った。
もう一度可愛いあの子たちに会うために。
今度こそあの子たちを救うために。
最大の目的を抱えて、ジェニファーはひたすらに自分の心に蓋をして前に進む。
1度目のループは2年前に巻き戻り、2度目のループは5年前に巻き戻った。
ジェニファーは「死を回避する球」「石の妖精」「鉱物に関する特殊能力」の能力を有するメッツロイトン家の子孫だ。
※がついたタイトルには性的表現を含みます。ご注意くださいませ。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!
藤原ライラ
恋愛
ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
「君は、おれに、一体何をくれる?」
呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる