36 / 118
36 箒ではなく
しおりを挟む
仮面のことが気になるのはわかるが、それを卑下することについ勢いで責めてしまった。
俯いて無言になったアドルファスさんが怒るのではと心配になった。
「フッ…」
「アドルファスさん?」
彼の口元が緩み、クスクスと笑いだした。
「そうですね…こうやって面と向かって顔を会わせれば、嫌でも目には入りますから気にはなりますね」
そこまで面白いことを言ったかと思いながら、逆ギレされなかったことにホッとした。
「すみません…説教じみたことを言いました」
「謝らないでください。何も悪いことは言っていません。五年も経つんです。恥ではないとわかっていて受け入れていたつもりなんですけど…」
「でも、後悔されてはいないのですよね。部下の方たちの命が救えたのですから」
「ええ…」
「あの時ああすれば良かった。もっと違う方法があったのでは…誰だってそういうことのひとつや二つあります。でも過去には…」
「どうしました?」
「もしかして、過去に戻る魔法って、あるんですか?」
ここは魔法が使える。私が知らないだけでそんな魔法があるのかと訊いてみた。
「それは神の領域です。どんな大魔法使いも時を操ることはできません。失った命を復活させることも無理です。植物の成長を促すとか、物を劣化させる程度です」
何でも訊いて見るものだ。魔法なら何でも出来ると思ったが、そうではないらしい。
「異世界では空想の物語に魔法が出てくるんです。箒に跨って空を飛んだり、姿を消したり違うものに化けたりして…」
「箒とは、掃除に使うあれですか? 変わったものに跨がるんですね。それほど座る幅はないと思いますが」
言われてみれば、箒の柄は掴んで跨がるにはかなり無理がある。
「確かに。座りづらいよね。最初にそんなことを考えた人は、どうして箒に跨がれると思ったんでしょう」
魔女といえば箒に跨って飛ぶという固定概念がないアドルファスさんに指摘され、改めてその不自然さに気づいた。
「箒はありませんが空なら飛べますよ」
アドルファスさんが手を差し出す。
「飛ぶと言うよりは浮かぶ感じなので、お気に召すかわかりませんが」
「え、まさか…」
「試してみますか」
差し出された彼の手に手を乗せると、風が巻き起こり体が浮き上がった。
「うそ…う、浮いて…」
アドルファスさんと向かい合ったまま、上へ上がるように体が上がっていく。吹き抜けのエレベーターから景色を見ているようだ。
あっという間に温室の天井近くまで上がり、さっき見上げていた夜光香の木を見下ろしていた。
「す、すごい、すごいすごい!すごい、きゃあ!」
興奮して彼を見上げたら、バランスが崩れた。
「危ない!」
滑ってずっこけそうな体勢になり、背中をアドルファスさんに支えられてもらわなければ、空中で宙返りするところだった。
「しっかり体軸を保っていないと危ないですよ。初心者は良くこうなるんです」
「あ、ありがとう…ございます」
「このまま掴まっていてください」
「え、きゃっ!」
背中から腰に降りた手に支えられ、さらに開いた天井から外へと浮き上がった。
優しい風が体の周りに纏わり付く。アドルファスさんの長い髪が毛先から水の中にいるみたいに広がり、肩までの長さしかない私の髪は顔の周りでふわふわとたなびく。
明るいソルの光が輝く中、アドルファスさんの腕の中で一気に屋敷の屋根より高く昇った。
「ユイナさん、あちらを見て」
向きが変わり、彼が言う方向を見た。
「…………」
あまりの美しさに言葉を失った。
ソルの光に照らされた尖塔の建物が白く輝いていた。
かの有名なアミューズメントパークのシンボルであるお城のライトアップのように。
プロジェクションマッピングも、花火もレーザーもないけれど、どこかヨーロッパの世界遺産に登録された古い街並みのような風景が広がっていた。
遠くに煌めいているのは海か湖か。その先には高い山々の稜線が左右に広がっている。
「どうですか、ラグランジュ王国の王都、ファユージャは?」
何も言えず見える景色を見つめている私のすぐ近くで声が聞こえ、首を巡らせると、そこにアドルファスさんの顔が目の前にあった。宙に浮いているので身長差が無くなり、至近距離に顔がある。
見上げてばかりだったアドルファスさんの髪と同じ色の銀色のまつげと、少し黒味掛かった眉が良く見えた。
肌もキメが細かく、すっと通った鼻筋と意外にぽってりとした下唇が視界に入った。
やだ、私…すっぴん…
化粧道具もなかったので、昨夜顔を洗ったまま、素顔なことに気づいた。
「す、すごいです。すごく綺麗で」
さっきから「すごい」しか言っていない。私の語彙力はどこへ行ったのか。
「夜光香も綺麗だったけど、こっちも………すごく綺麗です」
仮面があろうがなかろうが、アドルファスさんの造形もかなりのインパクトだった。直視できず、顔を反らしかけて、そうすると彼の仮面が嫌だと思ったと勘違いされるかもと、思いとどまった。
結果、顔はそのままで視線だけ下を向けることになった。
でもそれはそれで、男性らしい喉仏とかすっきりとした首筋が目について、またいたたまれなくなった。
俯いて無言になったアドルファスさんが怒るのではと心配になった。
「フッ…」
「アドルファスさん?」
彼の口元が緩み、クスクスと笑いだした。
「そうですね…こうやって面と向かって顔を会わせれば、嫌でも目には入りますから気にはなりますね」
そこまで面白いことを言ったかと思いながら、逆ギレされなかったことにホッとした。
「すみません…説教じみたことを言いました」
「謝らないでください。何も悪いことは言っていません。五年も経つんです。恥ではないとわかっていて受け入れていたつもりなんですけど…」
「でも、後悔されてはいないのですよね。部下の方たちの命が救えたのですから」
「ええ…」
「あの時ああすれば良かった。もっと違う方法があったのでは…誰だってそういうことのひとつや二つあります。でも過去には…」
「どうしました?」
「もしかして、過去に戻る魔法って、あるんですか?」
ここは魔法が使える。私が知らないだけでそんな魔法があるのかと訊いてみた。
「それは神の領域です。どんな大魔法使いも時を操ることはできません。失った命を復活させることも無理です。植物の成長を促すとか、物を劣化させる程度です」
何でも訊いて見るものだ。魔法なら何でも出来ると思ったが、そうではないらしい。
「異世界では空想の物語に魔法が出てくるんです。箒に跨って空を飛んだり、姿を消したり違うものに化けたりして…」
「箒とは、掃除に使うあれですか? 変わったものに跨がるんですね。それほど座る幅はないと思いますが」
言われてみれば、箒の柄は掴んで跨がるにはかなり無理がある。
「確かに。座りづらいよね。最初にそんなことを考えた人は、どうして箒に跨がれると思ったんでしょう」
魔女といえば箒に跨って飛ぶという固定概念がないアドルファスさんに指摘され、改めてその不自然さに気づいた。
「箒はありませんが空なら飛べますよ」
アドルファスさんが手を差し出す。
「飛ぶと言うよりは浮かぶ感じなので、お気に召すかわかりませんが」
「え、まさか…」
「試してみますか」
差し出された彼の手に手を乗せると、風が巻き起こり体が浮き上がった。
「うそ…う、浮いて…」
アドルファスさんと向かい合ったまま、上へ上がるように体が上がっていく。吹き抜けのエレベーターから景色を見ているようだ。
あっという間に温室の天井近くまで上がり、さっき見上げていた夜光香の木を見下ろしていた。
「す、すごい、すごいすごい!すごい、きゃあ!」
興奮して彼を見上げたら、バランスが崩れた。
「危ない!」
滑ってずっこけそうな体勢になり、背中をアドルファスさんに支えられてもらわなければ、空中で宙返りするところだった。
「しっかり体軸を保っていないと危ないですよ。初心者は良くこうなるんです」
「あ、ありがとう…ございます」
「このまま掴まっていてください」
「え、きゃっ!」
背中から腰に降りた手に支えられ、さらに開いた天井から外へと浮き上がった。
優しい風が体の周りに纏わり付く。アドルファスさんの長い髪が毛先から水の中にいるみたいに広がり、肩までの長さしかない私の髪は顔の周りでふわふわとたなびく。
明るいソルの光が輝く中、アドルファスさんの腕の中で一気に屋敷の屋根より高く昇った。
「ユイナさん、あちらを見て」
向きが変わり、彼が言う方向を見た。
「…………」
あまりの美しさに言葉を失った。
ソルの光に照らされた尖塔の建物が白く輝いていた。
かの有名なアミューズメントパークのシンボルであるお城のライトアップのように。
プロジェクションマッピングも、花火もレーザーもないけれど、どこかヨーロッパの世界遺産に登録された古い街並みのような風景が広がっていた。
遠くに煌めいているのは海か湖か。その先には高い山々の稜線が左右に広がっている。
「どうですか、ラグランジュ王国の王都、ファユージャは?」
何も言えず見える景色を見つめている私のすぐ近くで声が聞こえ、首を巡らせると、そこにアドルファスさんの顔が目の前にあった。宙に浮いているので身長差が無くなり、至近距離に顔がある。
見上げてばかりだったアドルファスさんの髪と同じ色の銀色のまつげと、少し黒味掛かった眉が良く見えた。
肌もキメが細かく、すっと通った鼻筋と意外にぽってりとした下唇が視界に入った。
やだ、私…すっぴん…
化粧道具もなかったので、昨夜顔を洗ったまま、素顔なことに気づいた。
「す、すごいです。すごく綺麗で」
さっきから「すごい」しか言っていない。私の語彙力はどこへ行ったのか。
「夜光香も綺麗だったけど、こっちも………すごく綺麗です」
仮面があろうがなかろうが、アドルファスさんの造形もかなりのインパクトだった。直視できず、顔を反らしかけて、そうすると彼の仮面が嫌だと思ったと勘違いされるかもと、思いとどまった。
結果、顔はそのままで視線だけ下を向けることになった。
でもそれはそれで、男性らしい喉仏とかすっきりとした首筋が目について、またいたたまれなくなった。
5
お気に入りに追加
941
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される
雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。
スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。
※誤字報告、感想などありがとうございます!
書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました!
電子書籍も出ました。
文庫版が2024年7月5日に発売されました!
異世界転移した心細さで買ったワンコインの奴隷が信じられない程好みドストライクって、恵まれすぎじゃないですか?
sorato
恋愛
休日出勤に向かう途中であった筈の高橋 菫は、気付けば草原のど真ん中に放置されていた。
わけも分からないまま、偶々出会った奴隷商人から一人の男を購入する。
※タイトル通りのお話。ご都合主義で細かいことはあまり考えていません。
あっさり日本人顔が最も美しいとされる美醜逆転っぽい世界観です。
ストーリー上、人を安値で売り買いする場面等がありますのでご不快に感じる方は読まないことをお勧めします。
小説家になろうさんでも投稿しています。ゆっくり更新です。
追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!
沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。
「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」
Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。
さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。
毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。
騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。
【完結】後宮の秘姫は知らぬ間に、年上の義息子の手で花ひらく
愛早さくら
恋愛
小美(シャオメイ)は幼少期に後宮に入宮した。僅か2歳の時だった。
貴妃になれる四家の一つ、白家の嫡出子であった小美は、しかし幼さを理由に明妃の位に封じられている。皇帝と正后を両親代わりに、妃でありながらほとんど皇女のように育った小美は、後宮の秘姫と称されていた。
そんな小美が想いを寄せるのは皇太子であり、年上の義息子となる玉翔(ユーシァン)。
いつしか後宮に寄りつかなくなった玉翔に遠くから眺め、憧れを募らせる日々。そんな中、影武者だと名乗る玉翔そっくりの宮人(使用人)があらわれて。
涼という名の影武者は、躊躇う小美に近づいて、玉翔への恋心故に短期間で急成長した小美に愛を囁いてくる。
似ているけど違う、だけど似ているから逆らえない。こんなこと、玉翔以外からなんて、されたくないはずなのに……――。
年上の義息子への恋心と、彼にそっくりな影武者との間で揺れる主人公・小美と、小美自身の出自を取り巻く色々を描いた、中華王朝風の後宮を舞台とした物語。
・地味に実は他の異世界話と同じ世界観。
・魔法とかある異世界の中での中華っぽい国が舞台。
・あくまでも中華王朝風で、彼の国の後宮制を参考にしたオリジナルです。
・CPは固定です。他のキャラとくっつくことはありません。
・多分ハッピーエンド。
・R18シーンがあるので、未成年の方はお控えください。(該当の話には*を付けます。
【完結】別れを告げたら監禁生活!?
みやこ嬢
恋愛
【2023年2月22日 完結、全36話】
伯爵令嬢フラウの婚約者リオンは気難しく、ほとんど会話もない関係。
そんな中、リオンの兄アルドが女性を追い掛けて出奔してしまう。アルドの代わりにリオンが侯爵家の跡取りとなるのは明らか。
フラウは一人娘で、結婚相手には婿入りをしてもらわねばならない。急遽侯爵家の跡継ぎとなったリオンに配慮し、彼からは言い出しにくいだろうからと先回りして婚約の撤回を申し出る。アルド出奔はみな知っている。こんな事情なら婚約破棄しても周りから咎められずに済むし、新たな婚約者を見つけることも容易だろう、と。
ところが、リオンはフラウの申し出を拒否して彼女を監禁した。勝手に貴族学院を休まされ、部屋から出してもらえない日々。
フラウは侯爵家の別邸から逃げることができるのか。
***
2023/02/18
HOTランキング入りありがとうございます♡
異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました
ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】
ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です
※自筆挿絵要注意⭐
表紙はhake様に頂いたファンアートです
(Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco
異世界召喚などというファンタジーな経験しました。
でも、間違いだったようです。
それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。
誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!?
あまりのひどい仕打ち!
私はどうしたらいいの……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる