11 / 118
11 気になること
しおりを挟む
「お訊きしてもいいですか?」
馬車が動き出し、何か話題をと思って話を切り出す。同じ高さの座席に座っていても前に伸ばした足の長さも座高の高さも違う。
「何でしょう」
彼はさっきの私のように身構える。何を聞いてくるのかと口元が引き締まり、緊張しているのがわかる。
「ここの方たちは皆さん背が高いのですね。髪も長いですし」
「………」
変なことを言ってしまったのか、レインズフォード卿は微妙な表情をした。保健室や体育のこと同様、こっちの世界ではあたり前のこと過ぎて、馬鹿な質問に聞こえたのかも。でも聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言う。目にするものすべてが物珍しく、私の好奇心が疼く。それに、何となく彼は私を馬鹿にしたりしないと感じる。
「ユイナ殿から見たら奇妙なことなのですね。お国の方は皆ユイナ殿くらいの背丈なのですか? 聖女殿はあなたより背が高いようでしたが」
「彼女は私より背は高いのは事実ですが、民族的には低い方かも…でも世代が違うと体格も変わってきていて、昔はもっと背が低い人が多かったと思います」
「髪が長いのは、少しでも多く魔力を溜めるためです。髪も体の一部ですから」
髪の長さにそんな理由があるとは思わなかった。
「おもしろいですね。でも髪がいつまでもあるとは限らないのでは? 抜けたりしてなくなることもあると…」
髪が細くなったり剥げたりと、変わらない人もいるが、年齢や環境のせいで望むと望むまいと髪質は変わり、抜け落ちる。
「魔力のない者なら量が少なくなる者はいますが、魔力がある限り髪が減ることはありません」
つまり、魔力があればいつまでも剥げない。強力な育毛剤のようなもの。
「私の世界では髪をわざわざ植えたりカツラを被る人もいるんです。髪を生やすために薬を使ったり努力している人が大勢います。そんな話を聞いたらきっと羨ましがります」
「まだまだ知らないことがあるものだ。髪は我々にとっては魔力の象徴。しかし異なる世界では魔力とはまったく関係がないもの」
掬い上げた彼の髪がさらりと手から流れ落ちる。銀色が馬車の中を照らす灯りを受けて輝く。その美しさに目を奪われた。
見惚れていると彼が顔をこちらに向けた。
左顔面を覆う黒に近い紫色のビロードの仮面が目に入った。
「てっきり私の仮面のことを訊かれるのかと思いました」
それであんな風に緊張したのか。
「あ…その…事情はあるとは思いましたが、訊いてもいいのかわかりませんし、個人的なことなら踏み込んでお訊ねするのもどうかと思いましたから」
「いずれ話題に上るでしょうし、先にお伝えしておきます。これは任務中に負った怪我ですから。お見せすることははばかられますが、左半身に重度の火傷のような痕と獣の爪と牙で噛まれた傷があります。時折足が痙攣するので、杖も持ち歩いています」
「それは、大変だったのでしょうね」
それ以上のことは言えなかった。私には彼の痛みは想像しかできない。獣に襲われた人のニュースを見たことはあるが、傷までは見たことがない。
「もう五年になります。最初は周りも気を遣っていましたが、慣れてしまえばなんてことはありません」
「それでも、その怪我を負った時の痛みや恐怖は記憶に残っているのではありませんか」
体の傷は時間と共によくなっても、心の痛みは案外しぶとく残る。それがトラウマというものだ。どんなに屈強な人でも耐え難い苦しみというものはある。PTSDという症状もある。
「魔法では治らなかったのですか」
ここでは魔法が使えるんだった。魔法はよくわからないが、高度な治癒魔法で失った腕などが戻るようなイメージがあるが、そこまではないのだろうか。
「回復魔法で小さな怪我や軽い病なら治せます。それ以上に大きな怪我は神官の神力でなければ無理です。ですが大量に出血した場合、失われた血を取り戻すことはできません。また、病も生まれた時からの持病や、悪性腫瘍、老化はどうすることもできません」
医学というものがこの世界でどんな位置づけなのか、そもそも存在するのかもわからない。
どんなに医療技術や薬が発達しても、助からない命はある。それはこの世界でも同じ。
「私の怪我は魔巣窟の影響を受けた魔物によるもの。私が退けば後ろにいる仲間たちが危なかった。怪我を負った時に直ぐ側に神官がいなかったこともありますが、状態が思ったより酷く、神官の神力では命を繋ぎ止めるので精一杯でした」
「魔法も万能ではないんですね」
「何事にも限界はあります。仲間の被害が最小限で済み、こうして命が助かっただけでも運が良かったと思わなければ。それに、」
「そんな大怪我を負われて、そう考えられるなんて、尊敬します」
「尊敬?」
「仲間を護る為に身を呈して矢面に立つなんて、とても勇気がいることです。それにそれ程の怪我を負ったら、どうして自分がこんな辛い目にと、恨むこともあります。なのに、悲観せずそう言い切れる強い心をお持ちなんですね」
自分の境遇を後ろ向きではなく前向きに考える人は尊敬する。
ともすれば逆の思考に陥りがちな自分とは違う強さに、感銘を覚えた。
「なんだか…照れますね。この年齢になって人に褒められることなどなかなかないので」
体は大きいのに、少し頬を染めてはにかむ。イケメンのそんな表情が間近で見られて得した気分になった。
馬車が動き出し、何か話題をと思って話を切り出す。同じ高さの座席に座っていても前に伸ばした足の長さも座高の高さも違う。
「何でしょう」
彼はさっきの私のように身構える。何を聞いてくるのかと口元が引き締まり、緊張しているのがわかる。
「ここの方たちは皆さん背が高いのですね。髪も長いですし」
「………」
変なことを言ってしまったのか、レインズフォード卿は微妙な表情をした。保健室や体育のこと同様、こっちの世界ではあたり前のこと過ぎて、馬鹿な質問に聞こえたのかも。でも聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言う。目にするものすべてが物珍しく、私の好奇心が疼く。それに、何となく彼は私を馬鹿にしたりしないと感じる。
「ユイナ殿から見たら奇妙なことなのですね。お国の方は皆ユイナ殿くらいの背丈なのですか? 聖女殿はあなたより背が高いようでしたが」
「彼女は私より背は高いのは事実ですが、民族的には低い方かも…でも世代が違うと体格も変わってきていて、昔はもっと背が低い人が多かったと思います」
「髪が長いのは、少しでも多く魔力を溜めるためです。髪も体の一部ですから」
髪の長さにそんな理由があるとは思わなかった。
「おもしろいですね。でも髪がいつまでもあるとは限らないのでは? 抜けたりしてなくなることもあると…」
髪が細くなったり剥げたりと、変わらない人もいるが、年齢や環境のせいで望むと望むまいと髪質は変わり、抜け落ちる。
「魔力のない者なら量が少なくなる者はいますが、魔力がある限り髪が減ることはありません」
つまり、魔力があればいつまでも剥げない。強力な育毛剤のようなもの。
「私の世界では髪をわざわざ植えたりカツラを被る人もいるんです。髪を生やすために薬を使ったり努力している人が大勢います。そんな話を聞いたらきっと羨ましがります」
「まだまだ知らないことがあるものだ。髪は我々にとっては魔力の象徴。しかし異なる世界では魔力とはまったく関係がないもの」
掬い上げた彼の髪がさらりと手から流れ落ちる。銀色が馬車の中を照らす灯りを受けて輝く。その美しさに目を奪われた。
見惚れていると彼が顔をこちらに向けた。
左顔面を覆う黒に近い紫色のビロードの仮面が目に入った。
「てっきり私の仮面のことを訊かれるのかと思いました」
それであんな風に緊張したのか。
「あ…その…事情はあるとは思いましたが、訊いてもいいのかわかりませんし、個人的なことなら踏み込んでお訊ねするのもどうかと思いましたから」
「いずれ話題に上るでしょうし、先にお伝えしておきます。これは任務中に負った怪我ですから。お見せすることははばかられますが、左半身に重度の火傷のような痕と獣の爪と牙で噛まれた傷があります。時折足が痙攣するので、杖も持ち歩いています」
「それは、大変だったのでしょうね」
それ以上のことは言えなかった。私には彼の痛みは想像しかできない。獣に襲われた人のニュースを見たことはあるが、傷までは見たことがない。
「もう五年になります。最初は周りも気を遣っていましたが、慣れてしまえばなんてことはありません」
「それでも、その怪我を負った時の痛みや恐怖は記憶に残っているのではありませんか」
体の傷は時間と共によくなっても、心の痛みは案外しぶとく残る。それがトラウマというものだ。どんなに屈強な人でも耐え難い苦しみというものはある。PTSDという症状もある。
「魔法では治らなかったのですか」
ここでは魔法が使えるんだった。魔法はよくわからないが、高度な治癒魔法で失った腕などが戻るようなイメージがあるが、そこまではないのだろうか。
「回復魔法で小さな怪我や軽い病なら治せます。それ以上に大きな怪我は神官の神力でなければ無理です。ですが大量に出血した場合、失われた血を取り戻すことはできません。また、病も生まれた時からの持病や、悪性腫瘍、老化はどうすることもできません」
医学というものがこの世界でどんな位置づけなのか、そもそも存在するのかもわからない。
どんなに医療技術や薬が発達しても、助からない命はある。それはこの世界でも同じ。
「私の怪我は魔巣窟の影響を受けた魔物によるもの。私が退けば後ろにいる仲間たちが危なかった。怪我を負った時に直ぐ側に神官がいなかったこともありますが、状態が思ったより酷く、神官の神力では命を繋ぎ止めるので精一杯でした」
「魔法も万能ではないんですね」
「何事にも限界はあります。仲間の被害が最小限で済み、こうして命が助かっただけでも運が良かったと思わなければ。それに、」
「そんな大怪我を負われて、そう考えられるなんて、尊敬します」
「尊敬?」
「仲間を護る為に身を呈して矢面に立つなんて、とても勇気がいることです。それにそれ程の怪我を負ったら、どうして自分がこんな辛い目にと、恨むこともあります。なのに、悲観せずそう言い切れる強い心をお持ちなんですね」
自分の境遇を後ろ向きではなく前向きに考える人は尊敬する。
ともすれば逆の思考に陥りがちな自分とは違う強さに、感銘を覚えた。
「なんだか…照れますね。この年齢になって人に褒められることなどなかなかないので」
体は大きいのに、少し頬を染めてはにかむ。イケメンのそんな表情が間近で見られて得した気分になった。
3
お気に入りに追加
931
あなたにおすすめの小説
【完結済み】オレ達と番の女は、巣篭もりで愛欲に溺れる。<R-18>
BBやっこ
恋愛
濃厚なやつが書きたい。番との出会いから、強く求め合う男女。その後、くる相棒も巻き込んでのらぶえっちを書けるのか?
『番(つがい)と言われましたが、冒険者として精進してます。』のスピンオフ的位置ー
『捕虜少女の行く先は、番(つがい)の腕の中?』 <別サイトリンク>
全年齢向けでも書いてます。他にも気ままに派生してます。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
クソ雑魚新人ウエイターを調教しよう
十鳥ゆげ
BL
カフェ「ピアニッシモ」の新人アルバイト・大津少年は、どんくさく、これまで様々なミスをしてきた。
一度はアイスコーヒーを常連さんの頭からぶちまけたこともある。
今ようやく言えるようになったのは「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」のみ。
そんな中、常連の柳さん、他ならぬ、大津が頭からアイスコーヒーをぶちまけた常連客がやってくる。
以前大津と柳さんは映画談義で盛り上がったので、二人でオールで映画鑑賞をしようと誘われる。
マスターの許可も取り、「合意の誘拐」として柳さんの部屋について行く大津くんであったが……?
「霊感がある」
やなぎ怜
ホラー
「わたし霊感があるんだ」――中学時代についたささいな嘘がきっかけとなり、元同級生からオカルトな相談を受けたフリーターの主人公。霊感なんてないし、オカルトなんて信じてない。それでもどこかで見たお祓いの真似ごとをしたところ、元同級生の悩みを解決してしまう。以来、ぽつぽつとその手の相談ごとを持ち込まれるようになり、いつの間にやら霊能力者として知られるように。謝礼金に目がくらみ、霊能力者の真似ごとをし続けていた主人公だったが、ある依頼でひと目見て「ヤバイ」と感じる事態に直面し――。
※性的表現あり。習作。荒唐無稽なエロ小説です。潮吹き、小スカ/失禁、淫語あり(その他の要素はタグをご覧ください)。なぜか丸く収まってハピエン(主人公視点)に着地します。
※他投稿サイトにも掲載。
【完結】巻き戻してとお願いしたつもりだったのに、転生?そんなの頼んでないのですが
金峯蓮華
恋愛
神様! こき使うばかりで私にご褒美はないの! 私、色々がんばったのに、こんな仕打ちはないんじゃない?
生き返らせなさいよ! 奇跡とやらを起こしなさいよ! 神様! 聞いているの?
成り行きで仕方なく女王になり、殺されてしまったエデルガルトは神に時戻し望んだが、何故か弟の娘に生まれ変わってしまった。
しかもエデルガルトとしての記憶を持ったまま。自分の死後、国王になった頼りない弟を見てイライラがつのるエデルガルト。今度は女王ではなく、普通の幸せを手に入れることができるのか?
独自の世界観のご都合主義の緩いお話です。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。
十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。
さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。
異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる