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1  真っ暗な穴の中へ

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どれくらい時間が経ったのだろう。

腕につけたスマートウォッチの画面を見ると、さっきからまだ五分しか経っていない。
しかしかれこれ一時間はこの部屋で待たされている。

「財前さん…大丈夫かな」

財前 麗は私が務める学校の生徒。
胸の辺りまでの長さのきれいな黒髪。ぱっちりとした黒目を縁取る長い睫毛にすっと通った鼻筋。シミひとつない白い肌は毛穴もどこにあるのかわからないほどきめ細かく、唇もツヤツヤしていて瑞々しい。
そんな彼女は私と別々のところへと連れて行かれ、この広い部屋で私は一人で座っていた。

正確には扉の前には微動だにせず立つ肩幅もがっしりしている同じ制服を来た男性二人と、メイドさんが一人いる。

彼らはやや顎を引いてその場に立ち、無言で私を注視している。まるで見張られているみたいだ。
実際、男性たちはそれほどでもないが、私よりいくつか年上らしきメイドさんは軽蔑の眼差しで私を見ている。

名前も知らない初対面の人にそんな風な目で見られるほどひどい格好をしているだろうか。
自分の姿を見下ろすが、完璧と言えないまでもそこそこ見られるとは思う。
ボブカットの髪は一週間前にカットしたばかり。化粧はもともと薄化粧だけど、カットと一緒に睫毛パーマも当てたところだから、くりんと上向いている。
少し人と違うところは、左右の目の大きさが違うこと。左目の方が大きくはっきり二重で、右目はそれより少し細い。雌雄眼と言うらしいが、そこまで顕著ではないので、ちょっと中途半端な感じだ。
目立つのがいやで、視力は悪くないのにフルフレームの眼鏡を掛けている。

服装も教頭が厳しく、派手なのを嫌うので、白いストライプの入ったライトグレーのシャツワンピースに五センチヒールのベージュのパンプスだった。
勤務が保健室なので、その上にスカート丈より少し長めの白衣を羽織っている。
メイドさんのスカート丈は踝の辺りまであるところ、膝が隠れるかどうかの長さで、座れば膝頭が見える。

「やだ…伝線…」

もう一度自分の膝頭を見ると、ふくらはぎのところに穴がぽっかり空いて足先まで伝線が入っていた。

「ついてないなぁ」

換えのストッキングはない。持っているものといえば手首につけたスマートウォッチとシャツワンピースのポケットにあるハンカチだけ。
携帯も財布も家の鍵も、職員室の自分の席に残してきた鞄の中。

伝線したストッキングから顔を上げると、男性たちが一瞬目を逸らした。

仕方なく白衣を脱いで袖を腰に巻いて足を覆った。

高い天井、学校の教室ほどの広さの部屋には今は使っていなさそうな暖炉があり、昔旅行で訪れたヴェルサイユ宮殿のような豪華な調度品が飾られている。
足元は毛足の短い赤い絨毯が敷かれ、アンティーク家具のようなソファに私は座らされている。

「いつまで待てばいいのかな…」

ほんの少し前、私は財前 麗と私立皇女学園の保健室にいた。

お嬢様学校で有名なこの学園で、私は大学卒業と同時に教師となり、今年七年目を迎えていた。

政財界や芸能人の令嬢が通う皇女学園で、財前麗もまた、父親は大企業の重役で、母親は遡れば華族の家柄という生粋のお嬢様だった。

今年高等部二年になる彼女は容姿端麗。成績も上位の方に位置する。しっかりもので、生徒会で書記をしている。

私はそこそこの大学を出ているだけの言わば庶民。ここに採用されたのは親が共に大学の教授で、兄と姉もそれぞれ国家公務員でエリート官僚だから。
私だけが異質。家族の中でミソッカスだった。

「具合はどう? 財前さん」

体育の途中で目眩を起こして保健室に彼女は運ばれてきた。

「はい、大丈夫…少し楽になりました」

仕切りのカーテンを開けて、保健室のベッドで寝ている彼女の顔を覗き込むと、ここに来た時より顔色は良くなっていた。

「さっきより顔色はいいわね。軽い熱中症ね。だめよ、倒れる前に水分補給しなくちゃ」
「はい。気をつけます」

手首の時計を見るともうすぐ6限目が始まる。

「もう少しゆっくりして、今日は帰りなさい。担任の先生には私から言っておきますから」

返事がない。

「財前さん?」

寝たのかと顔を上げて驚いた。

「え!」
「先生、助けて」

見ると彼女は光のサークルに包まれ、その中心に吸い込まれそうになっていた。

「財前さん!」

助けを求めて私に手を伸ばす彼女の手を私は慌てて掴んだ。

そしてそのまま、私達は真っ暗な世界に落ちて行った。
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