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第5章 父が遺したもの
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父から何も預かっていないし、部屋に侵入防止の何かを仕掛けた覚えもない。
密かにつけられていたことも知らなかったが、それを巻いたつもりも、身体防御魔法も状態異常魔法も、自分で掛けてはいない。
魅了に掛かっていたことも、それがいつの間にか解けていたことも。
『どんな状態異常の魔法も、あなたには効かない』
確か、フェルがそんなことを言っていた。
(まさか、フェルさん?)
自分で掛けた覚えのない魔法。いつの間に掛けたのか、どうやって掛けたのかわからないが、彼しか考えられない。
それに家に掛けた魔法も、彼が隣に越してきたことと関係あるのだろうか。
偶然?
わからないことだらけだが、父からの預かりものなど、遺品を整理したが思い当たるものなど何もない。
「エミリオに、魅了魔法をかける魔道具で探り出させようとしたのに、ヘマをして、先に別れてしまいやがった。だらしない下半身を何とかしろといつも言っていただろ、もう少し我慢出来なかったのか、女にうつつを抜かすから、こんなことになるんだ」
「すみません、けど…」
「お前のせいで私が動かなくてはならなくなった。ほら、どこにあるんだ」
「父からは何も預かっていません」
もし彼とプリシラとのことに気づかないままだったら、今も魔法を掛けられていたら、今頃どうなっていたのか。それを考えると恐ろしい。
「嘘をつけ!持っているはずだ、あの日あいつは持ってくると言っておきながら、持ってきたのは偽の書類だった。死ぬ間際に俺の帳簿は預けてあると言ったんだ。お前以外いないだろ」
「え?」
驚きの連続だったが、今の言葉がその中でも一番驚いた。
「死ぬ…間際? まさか、お父さんが会いに行ったの…」
「ああ、私だ。私がエミリオを通じて冒険者や依頼主から巻き上げた金はいずれ私が中央ギルドで確固たる地位を得るために、有力者に賄賂として渡していた。その帳簿を、お前の父親に見つかった。あいつはクソ真面目に自首を勧めてきたよ。だから私は自首するから付いてきてほしいと言って呼び出し、口を封じたんだ」
ガクリと、マリベルはその場に崩折れた。
まさか、副ギルド長が…。
「そ。そんな…」
「さあ、さっさと思いだせ、とこにあるんだ」
力が抜けたマリベルの体を副ギルド長はガクガクと揺らして、詰め寄る。力を失ったマリベルの頭がグラグラ揺れた。
「早く思い出しなさいよ!ほんとにグズね」
「痛い目にあわないと思い出せないのか」
「でも、薬も魅了も効かないし、殴ることもできないしどうすれば」
「そんなこと知るか、水攻めでも何でもして吐かせろ」
「い、イタイ!」
副ギルド長はマリベルの髪に手を入れて掴み、引きずり出した。根元から今にも髪の毛が抜けそうなくらい力強く引っ張られ、マリベルは恐怖で青ざめた。
(殺される!)
脳裏に浮かんだのは、躯となった父の死に顔。
自分を引き摺る副ギルド長や、「思いだせ」と、ものすごい形相で捲し立てるエミリオやプリシラの顔が、他の誰かの顔とオーバーラップする。
(誰?)
真っ黒で顔のない誰かの叫びが耳の奥で聞こえる。
大きな手が、マリベルの首に掛かる。
『やめろー』
あれは、あの時叫んだのは…
ドカアアアン、バリバリ
その時、鼓膜が破れんばかりの大きな音が頭上から聞こえてきて、建物が大きく揺れた。
「きゃああ!」
「わああああ!」
耳を塞いで皆が悲鳴を上げる。
すぐに揺れは収まり、何が起こったのかと、全員が顔を上げると、ざあーっと液体が降り注いできた。ボタボタと時折塊も落ちてきた。
「いやあああ!」
「な、なんだこれ!」
液体は三人に容赦なく降り注ぐ。しかし、なぜか膜のようなものに保護されていて、マリベルには一滴もかからなかった。
ツンと鉄のような香りと生臭い匂いが立ち込める。最後にゴトン、ゴト、ゴトと大きな物が落ちてきた。
「きゃああああ!いやあ!!」
「うわあああ」
「ぎゃあああ」
落ちてきたのは夥しい量の血、それから内臓、そして引き裂かれた毛むくじゃらの魔物かなにかの手足や胴体、最後に頭が転がり、三人を埋め尽くした。
三人は全身真っ赤になり、魔物の内蔵や体に埋められ、その中で悲鳴を上げてジタバタしていた。
「……」
一体何が起こったのか。マリベルはさっきも吐いたが、込み上げてきたものを堪えきれず、その場でまた吐いた。
ドオン
俯いて吐いていると、またもや地響きがして顔を上げると、今度落ちてきたのは大きな黒い塊だった。
密かにつけられていたことも知らなかったが、それを巻いたつもりも、身体防御魔法も状態異常魔法も、自分で掛けてはいない。
魅了に掛かっていたことも、それがいつの間にか解けていたことも。
『どんな状態異常の魔法も、あなたには効かない』
確か、フェルがそんなことを言っていた。
(まさか、フェルさん?)
自分で掛けた覚えのない魔法。いつの間に掛けたのか、どうやって掛けたのかわからないが、彼しか考えられない。
それに家に掛けた魔法も、彼が隣に越してきたことと関係あるのだろうか。
偶然?
わからないことだらけだが、父からの預かりものなど、遺品を整理したが思い当たるものなど何もない。
「エミリオに、魅了魔法をかける魔道具で探り出させようとしたのに、ヘマをして、先に別れてしまいやがった。だらしない下半身を何とかしろといつも言っていただろ、もう少し我慢出来なかったのか、女にうつつを抜かすから、こんなことになるんだ」
「すみません、けど…」
「お前のせいで私が動かなくてはならなくなった。ほら、どこにあるんだ」
「父からは何も預かっていません」
もし彼とプリシラとのことに気づかないままだったら、今も魔法を掛けられていたら、今頃どうなっていたのか。それを考えると恐ろしい。
「嘘をつけ!持っているはずだ、あの日あいつは持ってくると言っておきながら、持ってきたのは偽の書類だった。死ぬ間際に俺の帳簿は預けてあると言ったんだ。お前以外いないだろ」
「え?」
驚きの連続だったが、今の言葉がその中でも一番驚いた。
「死ぬ…間際? まさか、お父さんが会いに行ったの…」
「ああ、私だ。私がエミリオを通じて冒険者や依頼主から巻き上げた金はいずれ私が中央ギルドで確固たる地位を得るために、有力者に賄賂として渡していた。その帳簿を、お前の父親に見つかった。あいつはクソ真面目に自首を勧めてきたよ。だから私は自首するから付いてきてほしいと言って呼び出し、口を封じたんだ」
ガクリと、マリベルはその場に崩折れた。
まさか、副ギルド長が…。
「そ。そんな…」
「さあ、さっさと思いだせ、とこにあるんだ」
力が抜けたマリベルの体を副ギルド長はガクガクと揺らして、詰め寄る。力を失ったマリベルの頭がグラグラ揺れた。
「早く思い出しなさいよ!ほんとにグズね」
「痛い目にあわないと思い出せないのか」
「でも、薬も魅了も効かないし、殴ることもできないしどうすれば」
「そんなこと知るか、水攻めでも何でもして吐かせろ」
「い、イタイ!」
副ギルド長はマリベルの髪に手を入れて掴み、引きずり出した。根元から今にも髪の毛が抜けそうなくらい力強く引っ張られ、マリベルは恐怖で青ざめた。
(殺される!)
脳裏に浮かんだのは、躯となった父の死に顔。
自分を引き摺る副ギルド長や、「思いだせ」と、ものすごい形相で捲し立てるエミリオやプリシラの顔が、他の誰かの顔とオーバーラップする。
(誰?)
真っ黒で顔のない誰かの叫びが耳の奥で聞こえる。
大きな手が、マリベルの首に掛かる。
『やめろー』
あれは、あの時叫んだのは…
ドカアアアン、バリバリ
その時、鼓膜が破れんばかりの大きな音が頭上から聞こえてきて、建物が大きく揺れた。
「きゃああ!」
「わああああ!」
耳を塞いで皆が悲鳴を上げる。
すぐに揺れは収まり、何が起こったのかと、全員が顔を上げると、ざあーっと液体が降り注いできた。ボタボタと時折塊も落ちてきた。
「いやあああ!」
「な、なんだこれ!」
液体は三人に容赦なく降り注ぐ。しかし、なぜか膜のようなものに保護されていて、マリベルには一滴もかからなかった。
ツンと鉄のような香りと生臭い匂いが立ち込める。最後にゴトン、ゴト、ゴトと大きな物が落ちてきた。
「きゃああああ!いやあ!!」
「うわあああ」
「ぎゃあああ」
落ちてきたのは夥しい量の血、それから内臓、そして引き裂かれた毛むくじゃらの魔物かなにかの手足や胴体、最後に頭が転がり、三人を埋め尽くした。
三人は全身真っ赤になり、魔物の内蔵や体に埋められ、その中で悲鳴を上げてジタバタしていた。
「……」
一体何が起こったのか。マリベルはさっきも吐いたが、込み上げてきたものを堪えきれず、その場でまた吐いた。
ドオン
俯いて吐いていると、またもや地響きがして顔を上げると、今度落ちてきたのは大きな黒い塊だった。
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