恋人は謎多き冒険者

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
9 / 47
第1章 酒は飲んでも飲まれるな

しおりを挟む
「あ、あの…フェルさん。そのことなんですけど…ごめんなさい、なかったことにしてください」

膝に額が付くかと言うくらい腰を折って、一気に言い切った。

「え?」

俯いたままなので顔は見れないが、戸惑う彼の呟きが聞こえた。

「すみません、言い訳にしかなりませんが、酔っぱらいの戯言だったと思ってくれていいです。虫のいい話ですが、恋人になってほしいというのは、取り消してください」

勝手な言い分だったが、ここはひたすら謝るしか無い。
父の昔の知り合いだったということをたった今知ったばかりだが、彼のことはC級冒険者だという以外殆ど知らない。
ここまで親切にしてもらって申し訳ないとしか言いようがない。

「フェルさんだとわかってて言ったわけではなく、本当にただの独り言でした。ごめんなさい」

「・・・わかりました」

少しの沈黙の後、彼が消え入りそうな声で言った。

「ほ、本当ですか?」

腰を折ったまま顔だけを上げると、フェルは項垂れていた。

「そうですよね。おかしいと思ったんです。俺が、あなたの恋人なんて・・そんな夢みたいなこと・・」
「え、あの・・フェル・・さん?」
「俺、馬鹿みたいに真に受けて・・俺なんて・・あなたに付き合えるわけがないのに、何を馬鹿なこと・・」

何故か胸元をきゅっと押さえてブツブツと呟いている。俯いたままの頬をツーッと一筋の涙が溢れた。

「え、あ、あの・・フェルさん、な、泣いて・・・」
「でも、俺は嬉しかった。たとえ酔ったせいだとしても、マリベルさんの恋人気分が味わえましたから」

顔を上げた彼は清々しいまでの笑みを浮かべている。そんな彼を見てマリベルの胸が罪悪感で痛んだ。

「えっと・・フェルさん・・も、もしかして」

わたしのこと好きなんですか? そう思ったが勘違いだったらどうしようかと口にするのを思いとどまった。
エミリオだって自分のことを好きでいてくれていると思ったのに、実は自分だけがそう思っていただけで、騙されていた。
フェルだっていい人そうだけど本当のところはわからない。

(だ、だめだ。もう簡単には騙されないわ)

エミリオとプリシラの会話が今でも耳に残っている。これ以上傷つきたくない。

「ご、ごめんなさい。怒ってくれて良いです」
「怒ってはいません」

グスンと鼻声でそう言う。まさか泣くとは思わなかった。これでは苛めているみたいだ。確かに変なことを頼んだのは自分だけど。

「あ、あの・・本当にごめんなさい。ここの宿泊費、全部は一度に払えないけど、お詫びに」
「え、あ、お金なんて気にしないでください」

鞄を探して中からお金を取り出そうとするのを、フェルが止めた。

「でも」
「ギルド長には本当に恩があるんです。だから、気にしないでください」

父が何をしたのかわからないが、フェルは頑としてマリベルからお金を受け取らなかった。
もう一度フェルに謝ってから、マリベルはホテルを後にした。

帰り際、遠慮がちにフェルが友達にはなってもらっていいか、と尋ねてきたので、それについてはもちろんだと答えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はただ普通の愛が欲しかった

ララ
恋愛
縁談が決まり、この地獄から抜け出せると思った。 しかしそれは儚い願いだった。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

私が妊娠している時に浮気ですって!? 旦那様ご覚悟宜しいですか?

ラキレスト
恋愛
 わたくしはシャーロット・サンチェス。ベネット王国の公爵令嬢で次期女公爵でございます。  旦那様とはお互いの祖父の口約束から始まり現実となった婚約で結婚致しました。結婚生活も順調に進んでわたくしは子宝にも恵まれ旦那様との子を身籠りました。  しかし、わたくしの出産が間近となった時それは起こりました……。  突然公爵邸にやってきた男爵令嬢によって告げられた事。 「私のお腹の中にはスティーブ様との子が居るんですぅ! だからスティーブ様と別れてここから出て行ってください!」  へえぇ〜、旦那様? わたくしが妊娠している時に浮気ですか? それならご覚悟は宜しいでしょうか? ※本編は完結済みです。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

こんなに遠くまできてしまいました

ナツ
恋愛
ツイてない人生を細々と送る主人公が、ある日突然異世界にトリップ。 親切な鳥人に拾われてほのぼのスローライフが始まった!と思いきや、こちらの世界もなかなかハードなようで……。 可愛いがってた少年が実は見た目通りの歳じゃなかったり、頼れる魔法使いが実は食えない嘘つきだったり、恋が成就したと思ったら死にかけたりするお話。 (以前小説家になろうで掲載していたものと同じお話です) ※完結まで毎日更新します

悪役令嬢の婚約者は頭がおかしい

仲村 嘉高
恋愛
アラサーで乙女ゲームの世界へと転生したヒロイン。 前世の趣味であった料理やお菓子で前世チートをしようとしても、上手くいかない。 乙女ゲームの舞台である学園に入園しても、なせか悪役令嬢が虐めてこない……どころか、イチ推しの公爵家嫡男に近寄れない! これはあれね!? 悪役令嬢も転生者でざまぁを狙ってるのね? そうはいかないわよ!! と、いう主人公が斜め上方面へ頑張るお話。 R15は保険です。 色々馬鹿過ぎて感想が怖いので、完結するまでは感想欄閉じておきます(笑)……と、思ったのですが長編でした! 返信は致しませんが、有難く読ませていただきます!!

処理中です...