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第1章 酒は飲んでも飲まれるな
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堂々と「自分は冒険者だ」と言い張るフェル。
そんな訳はないとマリベルもわかっている。C級冒険者のフェルがその収入だけでクロステルのスイートに泊まれるわけがない。
でも、彼にも事情があるのだろう。そこに踏み込んで詮索するほどマリベルは彼と親しくはないし、彼女もその辺りは弁えている。
「そう言えば、フェルさんはそろそろ更新時期ですね」
彼が前回依頼をこなしたのは一ヶ月程前。父が亡くなる前だったことを思い出す。依頼を終えて無事C級のライセンスを維持してから、彼はいつものように街を出て行ってしまった。
「終わったらまた帰られるんですか」
「実は今回は暫くこの街にいようと思っている」
「その間もずっとここにいるんですか?」
いくらお金があってもここに滞在し続けるのは大変だろう。
「大丈夫。住むところは決まっているから」
「あ、そうなんですね。じゃあ、これからもよろしくお願いします。もし街での生活で困ったことがあったら、遠慮無く相談してください」
「ありがとう。あの、マリベルさん」
「はい?」
「えっと・・夕べの話・・」
「夕べ?」
「うん。俺は・・構わないから」
「?」
何が構わないんだろうと、マリベルは小首を傾げた。
「マリベルさんが望むなら、喜んで引き受けます。正直、うまくやれるか自信はありませんけど、精一杯勤めさせていただきますので、よろしくお願いします」
マリベルが話についていけないまま、フェルは勝手に自己完結していく。
話の内容から察するにマリベルが彼に何か頼み事をしたようだ。
ただ、それが何なのか、マリベルにはさっぱりわからない。
お酒は飲んでも飲まれるな。昔の人は良いことを言う。
父も泥酔の末に亡くなったわけだが、それについてはマリベルは納得していなかった。
父が自分からあんなに飲むはずはない。誰かに進められて飲んだか、もしくは無理矢理飲まされたか。
いずれにしても、最後に誰といたかはまだわかっていない。
「あの、フェルさん、申し訳ないんですけど…」
そう言いかけて、何かが脳裏に蘇った。
『そんな男、何なら俺が始末してやろうか』
誰かがそんなことを言っていた。それに対してマリベルは
『鼻を明かしてやりたい。こっちも恋人を作って、初めから彼はキープだった、本気じゃ無かったと言ってやるわ』
みたいなことを言ったような、言わなかったような。
『恋人?』
『ねえ、あなた、私の恋人になってよ』
『いいよ』
「あ・・・」
マリベルの顔からさーっと血の気が引いた。
「もしかして…恋人…」
「はい、不束者ですが、よろしくお願いします」
乙女のようにモジモジと恥ずかしそうにペコリと頭を下げる。
「ふ、不束者…」
それは嫁に来る方がよく言う台詞では?
「何でもします。掃除も洗濯も料理も得意です。裁縫は…今から勉強します。子育ては経験がありませんが、一緒に頑張りましょう」
「こ、子育て…」
「はい」
「そ、それは…今は必要…ないかも」
またもや一人で先々と妄想を走らせていく。どこから突っ込むべきか。
「そうですね。俺ってば気が早すぎ」
「じゃなくて、その…こ、恋人…」
今更あれはお酒の勢いで言ったことだとはいいづらい。
しかしここではっきり言わないと、後々とんでもないことになりそうな予感がした。
そんな訳はないとマリベルもわかっている。C級冒険者のフェルがその収入だけでクロステルのスイートに泊まれるわけがない。
でも、彼にも事情があるのだろう。そこに踏み込んで詮索するほどマリベルは彼と親しくはないし、彼女もその辺りは弁えている。
「そう言えば、フェルさんはそろそろ更新時期ですね」
彼が前回依頼をこなしたのは一ヶ月程前。父が亡くなる前だったことを思い出す。依頼を終えて無事C級のライセンスを維持してから、彼はいつものように街を出て行ってしまった。
「終わったらまた帰られるんですか」
「実は今回は暫くこの街にいようと思っている」
「その間もずっとここにいるんですか?」
いくらお金があってもここに滞在し続けるのは大変だろう。
「大丈夫。住むところは決まっているから」
「あ、そうなんですね。じゃあ、これからもよろしくお願いします。もし街での生活で困ったことがあったら、遠慮無く相談してください」
「ありがとう。あの、マリベルさん」
「はい?」
「えっと・・夕べの話・・」
「夕べ?」
「うん。俺は・・構わないから」
「?」
何が構わないんだろうと、マリベルは小首を傾げた。
「マリベルさんが望むなら、喜んで引き受けます。正直、うまくやれるか自信はありませんけど、精一杯勤めさせていただきますので、よろしくお願いします」
マリベルが話についていけないまま、フェルは勝手に自己完結していく。
話の内容から察するにマリベルが彼に何か頼み事をしたようだ。
ただ、それが何なのか、マリベルにはさっぱりわからない。
お酒は飲んでも飲まれるな。昔の人は良いことを言う。
父も泥酔の末に亡くなったわけだが、それについてはマリベルは納得していなかった。
父が自分からあんなに飲むはずはない。誰かに進められて飲んだか、もしくは無理矢理飲まされたか。
いずれにしても、最後に誰といたかはまだわかっていない。
「あの、フェルさん、申し訳ないんですけど…」
そう言いかけて、何かが脳裏に蘇った。
『そんな男、何なら俺が始末してやろうか』
誰かがそんなことを言っていた。それに対してマリベルは
『鼻を明かしてやりたい。こっちも恋人を作って、初めから彼はキープだった、本気じゃ無かったと言ってやるわ』
みたいなことを言ったような、言わなかったような。
『恋人?』
『ねえ、あなた、私の恋人になってよ』
『いいよ』
「あ・・・」
マリベルの顔からさーっと血の気が引いた。
「もしかして…恋人…」
「はい、不束者ですが、よろしくお願いします」
乙女のようにモジモジと恥ずかしそうにペコリと頭を下げる。
「ふ、不束者…」
それは嫁に来る方がよく言う台詞では?
「何でもします。掃除も洗濯も料理も得意です。裁縫は…今から勉強します。子育ては経験がありませんが、一緒に頑張りましょう」
「こ、子育て…」
「はい」
「そ、それは…今は必要…ないかも」
またもや一人で先々と妄想を走らせていく。どこから突っ込むべきか。
「そうですね。俺ってば気が早すぎ」
「じゃなくて、その…こ、恋人…」
今更あれはお酒の勢いで言ったことだとはいいづらい。
しかしここではっきり言わないと、後々とんでもないことになりそうな予感がした。
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