67 / 71
エピローグ
2
しおりを挟む
それから三日が経った。
ベルテはあれきり彼には会っていない。翌日には起き上がれるようになったとシャンティエからは聞いている。
「アレッサンドロ様のことを聞きました」
学園長に部屋に呼ばれて、ベルテは彼の部屋を訪れていた。
「嘆かわしいことです」
アレッサンドロは監禁先から抜け出し、私に復讐しようとしたことがばれ、離宮での幽閉どころか辺境の警備兵として送られることになった。
王妃はショックで心臓発作を起こし、療養中だ。
そしてカトリーヌは、孤島の監獄のような修道院に送られることになった。
修道院も辺境の警備兵も、犯罪者が更生するために送られるところだ。
これで二人は犯罪者の烙印を押されたことになる。
「学園長はあの木彫りの作者がヴァレンタイン様だと知って、私にくださったのですか?」
「なんだ。もうばれたのか」
学園長つまらなさそうに言った。
「あれが誰の作品でも、ベルテ様が気に入っていたから祝に差し上げたまでです」
本当だろうかと、疑いの目で彼を見る。
「実際出来が良いから気に入っておった」
確かにその点に反論はない。
「『白薔薇』だなんだと騒がれておるが、学園にいる時から彼はいつも誰かに取り囲まれていて、息苦しそうだった。その彼の息抜きが木彫りだった」
「そうなのですね」
彼だって一人になりたいこともあるだろう。見かけばかり気にして、自分も彼を型に嵌めて見ていた。
実際の彼は、この木彫りのように素朴な人なのだろうに。
そして自分のことも、彼とは違う人種だと言って、嫌厭していた。
「彼との婚約、私はお似合いだと思っています。心からね」
「ありがとうございます」
派手な雰囲気のヴァレンタインは苦手だが、今の彼なら好感が持てる。
「それはそうと、今日は久しぶりにヴァンが来ているぞ」
「え、本当ですか?」
「ああ、会いに行くといい」
学園長に言われ、ベルテは学園の裏庭に向かった。
「ヴァンさん」
約一ヶ月ぶりに会うヴァンは、いつものようにブカブカのオーバーオールを着て、目深に帽子を被り、スカーフで顔の下半分を覆っていた。
『ベルテ様、お久しぶりです、お元気ですか?』
「ヴァンさんこそ、元気だった?」
『はい、お陰様で』
彼は作業の手を止め、ベンチに座るベルテの横に腰掛けた。
「ヴァンさん私ね。反省しているの」
『反省?』
「そう。人を見かけとか評判とかで判断して、勝手にこんな人だって決めつけていたの」
『そんな人は多いと思いますよ』
「そうだね。でも、違ったら違ったで。そんな人だと思わなかったとか、責めたり落胆したり勝手よね」
『早く気づけたなら、いいことです』
「そう思う?」
『はい』
「それでね。ヴァンさん、聞きたいことがあるんだけど」
『なんですか?』
「ヴァンさんは、好きな人がいるのに、他の人と婚約したりできる?」
ピタリと彼の指が止まった。
「ヴァンさん?」
『誰か…他に好きな人がいるのですか?』
「え?」
そう聞かれて、誤解されていることに気づく。
「ち、違うわ。その逆、えっと私が本命じゃないほうだもの」
『本命じゃない?』
「そう。そう思ってたんだけど…わからなくなっちゃった」
『……どういうことですか?』
「う~ん、最初は取り引きっぽかったんだけど、意外に親切だし、気を遣ってくれるし、いい人はいい人なの。でも、好きな人がいるって噂があって、それって、あの優しさは何だったのかなとか、考えてしまうの」
『単純に、ベルテ様に好意があるということでは?』
「え、そ、そんな、そんなこと…」
確かにそんなようなことを言っていたし、両親がいるからそう言ったとか?
「それで、この前私が好きだと言っていた作品の作者が、彼だったとわかったの。しかも私の胸像を造ってて、魔力をいっぱい籠めてて…しかもキ、キスとか…」
『それは確実に、ベルテ様のことが好きなのだと思います』
「え、うそ!」
『どうして嘘だと思うのですか?』
「だって、彼に好かれる要素がないもの」
『ベルテ様は、自分を卑下しすぎです』
彼にも同じことを言われたなと、ベルテは思った。
(えっとなんだっけ)
彼に言われた言葉を思い出す。
『ベルテ様にはたくさんいいところがあります。王女様なのに気取ったところがなく、親しみやすい』
「それは、威厳がないだけでしょ」
『才能があってひたむきで、他人に媚を売ることなく自分自身を持っている。少し卑屈な所と頑固な所がありますが、私には十分魅力的な女性です』
(そうそう。そんな風に…)
「え?」
目を丸くして、ベルテは固まった。
ヴァレンタインとまったく同じセリフなことに、ベルテは驚いた。
「あの、ヴァンさん、もしかして…」
彼はヴァレンタインと繋がっているんだろうか。
『どうしました?』
固まったままのベルテにヴァンが尋ねた。
「えっと、まったく同じことを他の人の口から聞いたことがあって…」
『他の人の口?』
「そう」
「それは、この口ですか?」
「そう……え?」
気の所為だろうか。今、ヴァレンタインの声が聞こえた気がして、キョロキョロ辺り見渡した。
(まずいわ。幻聴?)
ここにいないはずの人の声が聞こえて、おかしくなったのかと思った。
呆然としていると、目の前のヴァンが目深に被っていた帽子を取り払い、スカーフを下ろした。
「!!!!」
目の前に現れたのはヴァレンタインだった。
ベルテはあれきり彼には会っていない。翌日には起き上がれるようになったとシャンティエからは聞いている。
「アレッサンドロ様のことを聞きました」
学園長に部屋に呼ばれて、ベルテは彼の部屋を訪れていた。
「嘆かわしいことです」
アレッサンドロは監禁先から抜け出し、私に復讐しようとしたことがばれ、離宮での幽閉どころか辺境の警備兵として送られることになった。
王妃はショックで心臓発作を起こし、療養中だ。
そしてカトリーヌは、孤島の監獄のような修道院に送られることになった。
修道院も辺境の警備兵も、犯罪者が更生するために送られるところだ。
これで二人は犯罪者の烙印を押されたことになる。
「学園長はあの木彫りの作者がヴァレンタイン様だと知って、私にくださったのですか?」
「なんだ。もうばれたのか」
学園長つまらなさそうに言った。
「あれが誰の作品でも、ベルテ様が気に入っていたから祝に差し上げたまでです」
本当だろうかと、疑いの目で彼を見る。
「実際出来が良いから気に入っておった」
確かにその点に反論はない。
「『白薔薇』だなんだと騒がれておるが、学園にいる時から彼はいつも誰かに取り囲まれていて、息苦しそうだった。その彼の息抜きが木彫りだった」
「そうなのですね」
彼だって一人になりたいこともあるだろう。見かけばかり気にして、自分も彼を型に嵌めて見ていた。
実際の彼は、この木彫りのように素朴な人なのだろうに。
そして自分のことも、彼とは違う人種だと言って、嫌厭していた。
「彼との婚約、私はお似合いだと思っています。心からね」
「ありがとうございます」
派手な雰囲気のヴァレンタインは苦手だが、今の彼なら好感が持てる。
「それはそうと、今日は久しぶりにヴァンが来ているぞ」
「え、本当ですか?」
「ああ、会いに行くといい」
学園長に言われ、ベルテは学園の裏庭に向かった。
「ヴァンさん」
約一ヶ月ぶりに会うヴァンは、いつものようにブカブカのオーバーオールを着て、目深に帽子を被り、スカーフで顔の下半分を覆っていた。
『ベルテ様、お久しぶりです、お元気ですか?』
「ヴァンさんこそ、元気だった?」
『はい、お陰様で』
彼は作業の手を止め、ベンチに座るベルテの横に腰掛けた。
「ヴァンさん私ね。反省しているの」
『反省?』
「そう。人を見かけとか評判とかで判断して、勝手にこんな人だって決めつけていたの」
『そんな人は多いと思いますよ』
「そうだね。でも、違ったら違ったで。そんな人だと思わなかったとか、責めたり落胆したり勝手よね」
『早く気づけたなら、いいことです』
「そう思う?」
『はい』
「それでね。ヴァンさん、聞きたいことがあるんだけど」
『なんですか?』
「ヴァンさんは、好きな人がいるのに、他の人と婚約したりできる?」
ピタリと彼の指が止まった。
「ヴァンさん?」
『誰か…他に好きな人がいるのですか?』
「え?」
そう聞かれて、誤解されていることに気づく。
「ち、違うわ。その逆、えっと私が本命じゃないほうだもの」
『本命じゃない?』
「そう。そう思ってたんだけど…わからなくなっちゃった」
『……どういうことですか?』
「う~ん、最初は取り引きっぽかったんだけど、意外に親切だし、気を遣ってくれるし、いい人はいい人なの。でも、好きな人がいるって噂があって、それって、あの優しさは何だったのかなとか、考えてしまうの」
『単純に、ベルテ様に好意があるということでは?』
「え、そ、そんな、そんなこと…」
確かにそんなようなことを言っていたし、両親がいるからそう言ったとか?
「それで、この前私が好きだと言っていた作品の作者が、彼だったとわかったの。しかも私の胸像を造ってて、魔力をいっぱい籠めてて…しかもキ、キスとか…」
『それは確実に、ベルテ様のことが好きなのだと思います』
「え、うそ!」
『どうして嘘だと思うのですか?』
「だって、彼に好かれる要素がないもの」
『ベルテ様は、自分を卑下しすぎです』
彼にも同じことを言われたなと、ベルテは思った。
(えっとなんだっけ)
彼に言われた言葉を思い出す。
『ベルテ様にはたくさんいいところがあります。王女様なのに気取ったところがなく、親しみやすい』
「それは、威厳がないだけでしょ」
『才能があってひたむきで、他人に媚を売ることなく自分自身を持っている。少し卑屈な所と頑固な所がありますが、私には十分魅力的な女性です』
(そうそう。そんな風に…)
「え?」
目を丸くして、ベルテは固まった。
ヴァレンタインとまったく同じセリフなことに、ベルテは驚いた。
「あの、ヴァンさん、もしかして…」
彼はヴァレンタインと繋がっているんだろうか。
『どうしました?』
固まったままのベルテにヴァンが尋ねた。
「えっと、まったく同じことを他の人の口から聞いたことがあって…」
『他の人の口?』
「そう」
「それは、この口ですか?」
「そう……え?」
気の所為だろうか。今、ヴァレンタインの声が聞こえた気がして、キョロキョロ辺り見渡した。
(まずいわ。幻聴?)
ここにいないはずの人の声が聞こえて、おかしくなったのかと思った。
呆然としていると、目の前のヴァンが目深に被っていた帽子を取り払い、スカーフを下ろした。
「!!!!」
目の前に現れたのはヴァレンタインだった。
22
お気に入りに追加
3,206
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
侯爵令嬢はデビュタントで婚約破棄され報復を決意する。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
第13回恋愛小説大賞に参加しています。応援投票・応援お気に入り登録お願いします。
王太子と婚約させられていた侯爵家令嬢アルフィンは、事もあろうに社交界デビューのデビュタントで、真実の愛を見つけたという王太子から婚約破棄を言い渡された。
本来自分が主役であるはずの、一生に一度の晴れの舞台で、大恥をかかされてしまった。
自分の誇りのためにも、家の名誉のためにも、報復を誓うのであった。
王太子に愛する人との婚約を破棄させられたので、国を滅ぼします。
克全
恋愛
題名を「聖女の男爵令嬢と辺境伯公子は、色魔の王太子にむりやり婚約破棄させられた。」から変更しました。
聖魔法の使い手である男爵令嬢・エマ・バーブランドは、寄親であるジェダ辺境伯家のレアラ公子と婚約していた。
幸せの絶頂だったエマだが、その可憐な容姿と聖女だと言う評判が、色魔の王太子の眼にとまってしまった。
実家を取り潰すとまで脅かされたエマだったが、頑として王太子の誘いを断っていた。
焦れた王太子は、とうとう王家の権力を使って、エマとレアラの婚約を解消させるのだった。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
忌み子にされた令嬢と精霊の愛し子
水空 葵
恋愛
公爵令嬢のシルフィーナはとあるパーティーで、「忌み子」と言われていることを理由に婚約破棄されてしまった。さらに冤罪までかけられ、窮地に陥るシルフィーナ。
そんな彼女は、王太子に助け出されることになった。
王太子に愛されるようになり幸せな日々を送る。
けれども、シルフィーナの力が明らかになった頃、元婚約者が「復縁してくれ」と迫ってきて……。
「そんなの絶対にお断りです!」
※他サイト様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる