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第九章 好きな人

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「そのような話、ベルテ様は信じていらっしゃるのですか?」

 ヴァレンタインは眉根を寄せ不機嫌にベルテに尋ねた。しかし動揺は見せていない。

「私はベルテ様と婚約しました。それが真実です」
「それは答えになっていません。騎士団のお仲間に、好きな人がいると仰っていたそうですね」
「仮に私に好きな人がいて、それが御自分だとは思いませんか?」
「あなたが私を? 有りえません」
「どうしてそう言い切れるのです?」
「あなたと私は兄とシャンティエ様が婚約している頃に何度か顔を合わせましたが、それだけです。どこにそんな要素があるのですか」
「確かに私とベルテ様とが直接言葉を交わしたことはありません。でも、それと好きになるかならないかは別のことです」
「そんなの、おかしいです」
「なんだ、喧嘩か?」
「痴話喧嘩か?」

 二人で通りの真ん中で言い合いを始めたため、人々の注目を集めだした。

「見世物でありません」

 ヴァレンタインは周りに睨みをきかせ、「こっちへ」とベルテを路地裏に引っ張って行った。

「なぜおかしいのです」

 路地裏で通りから背を向け、ベルテを内側に立たせたヴァレンタインが問い詰めた。

「だって、私は自分のことを知っています。勉強と錬金術と骨董品しか興味のない、無愛想で可愛げがない人間です。王女でなかったらあなたに見向きもされない」
「自分を下げるようなことを言わないでください。利口で自分が夢中になれることがあって、努力している。素晴らしいことです」
「でも、『白薔薇の君』に相応しいとは思えません」
「そんな呼称など、私の表面だけを見て人が勝手に付けたもので、私自身を現している言葉ではありません」
「じゃあ、あなたは私の何を知っているのよ」
「先程申しました。才能があってひたむきで、他人に媚を売ることなく自分自身を持っている。少し卑屈な所と頑固な所がありますが、私には十分魅力的な女性に見えます」

 認識阻害の魔法のせいで他人には別人に見えても、ベルテにはヴァレンタインにしか見えない。紫の瞳は真剣そのもので、嘘を言っているとは思えないが、彼がベルテのことを魅力的だと言う言葉を、素直に聞くことができない。
 容姿については目を背けるほど酷いとは思っていないが、際立って良いとは言えない。

「もし私が誰かを好きだとして、その人間がベルテ様より劣っていても私に相応しいと思ってくれますか?」
「そ、それは…私より劣っていても、好きな人と結ばれるなら、幸せじゃないかしら。ほら、愛があれば何とかって」
「ベルテ様は、ロマンチストですね」
「恋愛には幻想は抱いていないけど、浪漫がなければ、錬金術師にはなれないわ。錬金術ってそういうものだもの」

 飽くなき探究心。浪漫が錬金術には必要だと曽祖父も言っていた。

「そうかも知れませんね。それに、想像力が豊かです。別の創造力だけかと思っていましたが」
「それは…どうも」

 褒められたのかどっちだろうと思いつつ、礼を言う。

「ですが、人の気持ちを推し量る力はありませんね」

 上げて落とされベルテはむっとした。

「私にも欠点はあります」
「うそ」

 思わず口をついて言葉が出た。

「私を過大評価していただけているようですが、私も人間ですから」

 次期侯爵という身分、誰もが見惚れる容姿、そして剣術の腕前。三拍子揃っていて、性格もそれほど悪くない。どこに欠点があるというのか。

 あるとしたら、モテすぎて周りが騒がしいことだろうか。

 しかしそれは彼が先導していることではない。

 彼の預かり知らないところで、他人が勝手に騒いでいるだけだ。
 それを盾に彼を責めることは間違っている。

「私は本当はどんな人間か。ベルテ様はご存知ない」
「知ったからってどうなるの? ねえ、こんな無駄な話、もうよしましょう」
「誤解されたままで、引き下がれません」

 意外にヴァレンタインは食い下がり、路地から抜けようとしたベルテの前に立ちはだかった


「錬金術師の件でお父様に話してくださったことは感謝します。ですから一応婚約は私が学園を卒業するまでそのままで構いません。その間に、そのお相手との仲をどうにか進展させてください」


 借りを受けたままでは、申し訳ない。約束は約束だと思い、そう言った。

「あなたと私は、今はまだ婚約者でいいと?」
「こんな短期間で解消などしたら、お父様に大目玉ですし」
「では、この件も許していただけますか?」
「え?」

 顔に影が差したと思ったら、ヴァレンタインの顔が近づき、気が付くとベルテは唇を奪われていた。
 
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