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第五章 思いがけない贈り物
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(え、ちょっと待って、何これ?)
パタンとベルテはカードを閉じた。
開くとまた最初からさっきの声が聞こえるので、慌てて封筒に戻す。
「ま、まあ、あなたの下僕ですって、信奉者ですって、素敵ね」
エンリエッタと女官長が感想を述べた。
エンリエッタは乙女のように目をキラキラさせて、頬を赤らめて悶えている。
女官長もエンリエッタほどではないが、自分の昔のことを思い出しているのか、遠い目をして同じく頬を赤らめている。
ベルテだけが真っ青になり別の意味で震えていた。
「それにしても、小侯爵って真面目ね。超が付くくらいだわ。あんなに顔も良くて才能もあってさぞモテるでしょうに、女性とのお付き合いに慣れていらっしゃらないなんて意外だわ」
「ですが、一生懸命王女殿下に尽くそうとされているところがいいですね」
(え、ど、同僚や先輩の助言? 何をどうやって聞いたの? まさか婚約者が誰とか、バラしたりしていないわよね)
もちろんベルテと彼の婚約に、世間的に大っぴらに出来ない事情などない。強いていえば、アレッサンドロとシャンティエの婚約解消後すぐに、婚約解消した当事者の妹と兄が婚約するということに、眉をしかめる者もいるかも知れないが、倫理的にどうということはない。
だからヴァレンタインが経験者などに助言を乞う際、相手が誰か話すことを止める必要はない。
それに、「フラワーガーデン」に買い物に彼が自分から行き、しかも店で一番高そうな詰め合わせを買う所を何人が見ただろう。
あの天下のヴァレンタイン・ベルクトフが、女性への贈り物だと言って赤い薔薇ニ十本と甘い物の詰め合わせを買った。
そんな噂など、あっという間に広がる。
ベルテがいくら統制したところで、なんの役にも立っていない。
むしろ、今日の昼になぜ言わなかったのかと責められる。
「ねえ、ベルテ様、すぐに返事を書きましょう」
「え、いえ…だ、大丈夫です。後で…」
婚約はなしで、と書こうと思ったが、この流れで書くのはさすがに申し訳ない。
だから、そんなすぐには書けないと言おうとした。
「だめよ。こういうのはいただいた時の感動が薄れないうちに書かないと」
「か、感動って……」
感動ではなく、今ベルテの胸のうちにあるのは戸惑いと微かな怒りだ。
贈り物は何がいいかとか、人に聞いたりして婚約の事実を周りにバラしたことに、なんでと文句くらい言ってもいいのではないかと思い直す。
(まあ、怒りも時間が経てば鎮静化するから、今この気持ちを書くのなら、今よね)
「ベルテ様も声の手紙にされますか?」
「えっ!」
レネッタがとんでもないことを口にする。
「そうね。それがいいわ。ベルテ様も……」
「いえ、それはいいです。やめてください」
「あらぁ、きっと小侯爵も喜ぶわよ」
「単なるお礼の手紙を書くだけです。そこまでしなくてもいいと思います」
ベルテは全身で拒否した。
第一彼がベルテの声を聞いて嬉しく思うかは、甚だ疑問だ。
それにしても、彼もここまですることはないのに、とベルテは思う。
これではまるで彼が婚約を喜んでいて、ベルテにアピールしているみたいだ。
エンリエッタは不服そうだったが、これが自分のやり方で、強制されるのは困ると伝えると、彼女の気持ちを汲んでくれて、不承不承納得してくれた。
「ヴァレンタイン様
お花とお菓子をありがとうございます。
昨日の今日でいただけると思わず、驚きしかありません。(いきなり贈ってきてどういうことですか)
私よりエンリエッタ様のほうが、この状況に興奮しておりました。(私はそうじゃない)
しかし、女性への贈り物を他人にお尋ねになるなんて、手慣れていらっしゃらないのですね。
意外でした。(どうして言いふらしたのですか)
ご同僚やご先輩方にもご迷惑をおかけしました。(大袈裟です)
正式なお披露目もしていないのに、皆様さぞ驚かれたことでしょう。(言う前に相談してほしかったです)
シャンティエ様にも当面は知らないフリをしていただけるよう、お願いしたところです。(私の気も知らないで、よくも言いふらしましたね)
シャンティエ様とは今日お昼をご一緒しました。
彼女と兄のアレッサンドロとの婚約解消については、あなた様も思うところがおありでしょうが、私は彼女と良き友人関係を築きたいと思っておりますので、ご理解いただけるおうれしいです。(まずは友達からとか段階があると思います)
取り急ぎ、贈り物のお礼です。ベルテ・シャルボイエ」
彼がこの行間に込めたベルテの気持ちを、汲んでくれるかどうかはわからない。
「う~ん、ちょっと硬い気もするけど、まあ、初めてならこんなものかしら」
エンリエッタはベルテの書いた文面に少し不満げの様子だったが、これが彼女の精一杯だった。
「お礼状としては十分だと思いますけど」
「もう少し色気とか、あ、最後に『次に会える日を楽しみにしています』とか、書くのはどうですか」
「ぜったいにいやです」
エンリエッタの提案に、ベルテは全力で否定した。
パタンとベルテはカードを閉じた。
開くとまた最初からさっきの声が聞こえるので、慌てて封筒に戻す。
「ま、まあ、あなたの下僕ですって、信奉者ですって、素敵ね」
エンリエッタと女官長が感想を述べた。
エンリエッタは乙女のように目をキラキラさせて、頬を赤らめて悶えている。
女官長もエンリエッタほどではないが、自分の昔のことを思い出しているのか、遠い目をして同じく頬を赤らめている。
ベルテだけが真っ青になり別の意味で震えていた。
「それにしても、小侯爵って真面目ね。超が付くくらいだわ。あんなに顔も良くて才能もあってさぞモテるでしょうに、女性とのお付き合いに慣れていらっしゃらないなんて意外だわ」
「ですが、一生懸命王女殿下に尽くそうとされているところがいいですね」
(え、ど、同僚や先輩の助言? 何をどうやって聞いたの? まさか婚約者が誰とか、バラしたりしていないわよね)
もちろんベルテと彼の婚約に、世間的に大っぴらに出来ない事情などない。強いていえば、アレッサンドロとシャンティエの婚約解消後すぐに、婚約解消した当事者の妹と兄が婚約するということに、眉をしかめる者もいるかも知れないが、倫理的にどうということはない。
だからヴァレンタインが経験者などに助言を乞う際、相手が誰か話すことを止める必要はない。
それに、「フラワーガーデン」に買い物に彼が自分から行き、しかも店で一番高そうな詰め合わせを買う所を何人が見ただろう。
あの天下のヴァレンタイン・ベルクトフが、女性への贈り物だと言って赤い薔薇ニ十本と甘い物の詰め合わせを買った。
そんな噂など、あっという間に広がる。
ベルテがいくら統制したところで、なんの役にも立っていない。
むしろ、今日の昼になぜ言わなかったのかと責められる。
「ねえ、ベルテ様、すぐに返事を書きましょう」
「え、いえ…だ、大丈夫です。後で…」
婚約はなしで、と書こうと思ったが、この流れで書くのはさすがに申し訳ない。
だから、そんなすぐには書けないと言おうとした。
「だめよ。こういうのはいただいた時の感動が薄れないうちに書かないと」
「か、感動って……」
感動ではなく、今ベルテの胸のうちにあるのは戸惑いと微かな怒りだ。
贈り物は何がいいかとか、人に聞いたりして婚約の事実を周りにバラしたことに、なんでと文句くらい言ってもいいのではないかと思い直す。
(まあ、怒りも時間が経てば鎮静化するから、今この気持ちを書くのなら、今よね)
「ベルテ様も声の手紙にされますか?」
「えっ!」
レネッタがとんでもないことを口にする。
「そうね。それがいいわ。ベルテ様も……」
「いえ、それはいいです。やめてください」
「あらぁ、きっと小侯爵も喜ぶわよ」
「単なるお礼の手紙を書くだけです。そこまでしなくてもいいと思います」
ベルテは全身で拒否した。
第一彼がベルテの声を聞いて嬉しく思うかは、甚だ疑問だ。
それにしても、彼もここまですることはないのに、とベルテは思う。
これではまるで彼が婚約を喜んでいて、ベルテにアピールしているみたいだ。
エンリエッタは不服そうだったが、これが自分のやり方で、強制されるのは困ると伝えると、彼女の気持ちを汲んでくれて、不承不承納得してくれた。
「ヴァレンタイン様
お花とお菓子をありがとうございます。
昨日の今日でいただけると思わず、驚きしかありません。(いきなり贈ってきてどういうことですか)
私よりエンリエッタ様のほうが、この状況に興奮しておりました。(私はそうじゃない)
しかし、女性への贈り物を他人にお尋ねになるなんて、手慣れていらっしゃらないのですね。
意外でした。(どうして言いふらしたのですか)
ご同僚やご先輩方にもご迷惑をおかけしました。(大袈裟です)
正式なお披露目もしていないのに、皆様さぞ驚かれたことでしょう。(言う前に相談してほしかったです)
シャンティエ様にも当面は知らないフリをしていただけるよう、お願いしたところです。(私の気も知らないで、よくも言いふらしましたね)
シャンティエ様とは今日お昼をご一緒しました。
彼女と兄のアレッサンドロとの婚約解消については、あなた様も思うところがおありでしょうが、私は彼女と良き友人関係を築きたいと思っておりますので、ご理解いただけるおうれしいです。(まずは友達からとか段階があると思います)
取り急ぎ、贈り物のお礼です。ベルテ・シャルボイエ」
彼がこの行間に込めたベルテの気持ちを、汲んでくれるかどうかはわからない。
「う~ん、ちょっと硬い気もするけど、まあ、初めてならこんなものかしら」
エンリエッタはベルテの書いた文面に少し不満げの様子だったが、これが彼女の精一杯だった。
「お礼状としては十分だと思いますけど」
「もう少し色気とか、あ、最後に『次に会える日を楽しみにしています』とか、書くのはどうですか」
「ぜったいにいやです」
エンリエッタの提案に、ベルテは全力で否定した。
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