上 下
13 / 71
第二章 想像しなかったとばっちり

6

しおりを挟む
 ヴァレンタインは間近で見ても男前だった。
 アレッサンドロも性格と頭は良くなかったが、顔の造作は群を抜いていた。
 しかし、ヴァレンタインと比べれば、自慢の美貌も並に見えてしまう。

(でも、性格はどうなんだろう)

 女性達にとって彼は憧れの存在ではあるが、性格については人当たりは良く、貴族の令息として礼儀正しいと誰かが言っていた。しかしそれ以外のことは実はあまり良く知られていない。
 
「二人の婚約が決まって五年。これまでシャンティエ嬢には王太子妃教育に勤しんでもらってきたが、それも無駄になり、誠に申し訳ない」

 終始国王は謝り通しだった。威厳も何もないとベルテは思うが、父としては致し方ない。

「しかも、妹が兄を断罪するという情けない事態になり、余は親として情けない限りだ」

 皆の視線がこちらに注がれ、ベルテは心の中でやばいと思いながら、何も悪いことはしていないという顔をした。
 フッとヴァレンタインがまたもや笑った。

「おそれながら陛下、王太子妃として活かすことは出来ませんが、受けた教育は無駄とは思っておりません。ですので、それ以上は仰らないでください」

 シャンティエが平謝りする国王に告げる。

「そうです、陛下。アレッサンドロ様と娘は、縁がなかったのです。不幸な婚姻を結ぶことにならず、良かったと思うことにいたしましょう。それに、この件で我々の王家への忠誠が揺らぐことはありません」
 
 ベルクトフ侯爵も気にしていないと国王に伝える。

「シャンティエ嬢には、このことで将来の婚姻に差障りがないよう、余が責任を持つ。望めばどのような相手でも余が取り持つゆえ、遠慮なく言ってくれ」
「そのようにお気遣い戴き、ありがとうございます。それで、娘とも話し合ったのですが……」

 ちらりと侯爵が夫人と顔を合わせ、夫人も困ったように夫と目配せし合う。

 今日のこの場がシャンティエ嬢の新たな相手について、その要望を聞くためだったのかと、ベルテは緊張を解いた。

「もしや、どなたか意中の方が?」

 それまで黙っていたエンリエッタが身を乗り出した。
 永遠の乙女を自称する彼女は、男女の色恋話が大好物なのだ。
 ベルテにも折りに触れ学園内に素敵な殿方はいないのか、教師でもいいが憧れの人はいないのかと、しつこく聞いてくる。

「はい。陛下方には申し訳ございませんが、実は私、お慕いしている方がおります。ですが、アレッサンドロ様との婚約でその方との縁は諦めておりました」
「まあ」

 エンリエッタの目がキラキラ輝く。

(そうか。シャンティエ嬢、好きな人がいるんだ)

「このような事態になりましたが、この婚約の解消は娘にとっても良かったことになります。ですから、陛下がこれ以上お心を痛められる必要はございません」
「な、なんと……」

 喜んでいいのか悲しんでいいのか、国王の心中は複雑だった。

 もし婚約が解消されなければ、シャンティエは他に好きな人がいながら、アレッサンドロと結婚するところだった。

「それで、相手は……まさか、既婚者とかではないだろうな。いかに余でもすでに妻がいる者と、無理矢理別れさせてまでは難しいぞ」
「その心配はございません。正真正銘独身の方でいらっしゃいます」
「そ、そうか、わかった。では、その、相手とは?」

 シャンティエの意中の相手が独身であるならば、侯爵たちはなぜ渋い顔をしているのか。
 他に何か問題でもあるのだろうか。

「その……お恥ずかしいのですが…」

 シャンティエは照れて頬を赤く染める。
 孤高の令嬢、氷の美姫とも称される彼女も、そんな顔をするのだ。
 彼女にアレッサンドロ以外に好きな人がいたことに驚いたが、恋と言うものは人をこうも別人にしてしまうものなのかと、ベルテは恐怖を覚えた。

「ブライアン・デルペシュ様です」
「え?」

 ベルクトフ侯爵家の面々以外の全員が、目を丸くした。

「ブライアン……? 騎士団長の、ブライアン・デルペシュ?」
「はい」

 国王が確認すると、シャンティエはきっぱりはっきり言った。

 ベルテはその人物の顔を思い浮かべる。
 ブライアン・デルペシュは、元は平民だが武勲を立て爵位を賜り、現在は伯爵だ。
 ついこの前も国王に付き添って学園に来ていた、武勇に優れた屈強な赤毛の男性。
 顔には歴戦の傷があり、彼の姿を見て恐ろしさに失神する貴婦人もいると聞く。
 アレッサンドロの剣の師でもあったが、彼は劣等生で騎士団長を苦手としていた。
 
「確か、彼は小侯爵の剣の師でもあったな」
「はい。今でも懇意にしていただいております」

 ヴァレンタインが国王に話を振られ、答えた。

 凛とした耳に心地よい声だ。美形は声もいいらしい。
 
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...