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19 もうひとつの依頼
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次に訪れた先は老婆の住んでいた場所より寂れた感じがした。
亡くなった男性には妻がいて、もうすぐ子どもが生まれるとのことだった。
実はこちらの頼みの方が厄介だった。
願いは二つ。子どもが生まれて男か女かわかったら彼が考えた名前を伝えてほしい。
厄介なのはもうひとつの方だった。
「すいません、必ず払いますので、もう少し待ってください」
「この前もそう言って今まで待ってたんだよ。旦那が亡くなってすぐには大変だろうから催促しなかったが、わしらも生活がかかってるんだ。そうそう待っていられないぞ」
亡くなった男性の家の近くまで行くと、大きなお腹を抱えた女の人が玄関先で帽子を被った少し恰幅のいい男性に頭を下げていた。
「夫が最後に売った品物の代金がもう少ししたら入ってくる筈なんです。お願いします。ここを追い出されたら私は…」
ウッウッと女性は泣き出した。通りに面しているので通りがかりの人達が何事かと彼らを見ている。
「泣かないでくれよ。私が血も涙もない悪徳大家みたいに思われるじゃないか。臨月のあんたを苛めるわけじゃないんだ。だが、こっちの事情もわかってほしい」
「わかっています。デキンズさんには本当にご迷惑をおかけしております。お金が入ったら真っ先にお渡ししますので、どうか…」
「ああ、ああわかった。後一週間待つから…遅れた分はまけておくから約束は守ってくれよ」
大家の男性はそう言って逃げるように立ち去った。
「すいません、必ず、お約束します」
去っていく大家の背中に向かって頭を下げると、女性は大きなお腹をさすり、ふうっと重い溜め息を吐いてから家の中へと入っていった。
アディーナはその様子を眺めてから大家が走って行った方に歩き出した。
「すいません」
小太りの男性よりアディーナの方が歩く速度が速かったので、難なく追いついて後ろから声をかけた。
「私に何か用かい?」
男性は歩みを止めて振り返った。
「ドルーアさんを訪ねてきたのですが、何かあったのですか」
亡くなった男性はジャン・ドルーアと言う名前だった。
「あんたは?」
「私の父がドルーアさんの知り合いで…亡くなったと噂でお聞きして」
「ああ、そうかい。可哀想にもうすぐ初めての子が生まれるっていうのに。旦那が亡くなってしまって。周りに頼れる身内もいなくて大変なんだ」
「お金がどうとか言っていたように聞きましたが」
「ああ、それね。ジャンは行商をしているんだが、この前仕入れた品物を売った代金がまだ未払いになっているんだ」
「そうですか」
「身重で旦那を亡くしたところに追い打ちをかけたくないが、わたしも地主に地代を払っている身だからね。少しは蓄えもあるから待てるが、あまり甘い顔をしていたら他の店子にも示しがつかんからな」
一人の人を優遇したら、他の人もあれこれと理由をつけて支払いを先延ばしにしかねない。
人情と職務の板挟みで苦労しているようだ。
「いい大家さんで彼女も安心ですね」
しかしいつ生まれてもおかしくないお腹を抱えて彼女も大変なことには変わりない。
「名前の前にこっちを何とかしないと」
お金をいくらか渡して暫くはしのげるだろうが、ずっと面倒を見続けるわけにはいかない。
亡くなった男性には妻がいて、もうすぐ子どもが生まれるとのことだった。
実はこちらの頼みの方が厄介だった。
願いは二つ。子どもが生まれて男か女かわかったら彼が考えた名前を伝えてほしい。
厄介なのはもうひとつの方だった。
「すいません、必ず払いますので、もう少し待ってください」
「この前もそう言って今まで待ってたんだよ。旦那が亡くなってすぐには大変だろうから催促しなかったが、わしらも生活がかかってるんだ。そうそう待っていられないぞ」
亡くなった男性の家の近くまで行くと、大きなお腹を抱えた女の人が玄関先で帽子を被った少し恰幅のいい男性に頭を下げていた。
「夫が最後に売った品物の代金がもう少ししたら入ってくる筈なんです。お願いします。ここを追い出されたら私は…」
ウッウッと女性は泣き出した。通りに面しているので通りがかりの人達が何事かと彼らを見ている。
「泣かないでくれよ。私が血も涙もない悪徳大家みたいに思われるじゃないか。臨月のあんたを苛めるわけじゃないんだ。だが、こっちの事情もわかってほしい」
「わかっています。デキンズさんには本当にご迷惑をおかけしております。お金が入ったら真っ先にお渡ししますので、どうか…」
「ああ、ああわかった。後一週間待つから…遅れた分はまけておくから約束は守ってくれよ」
大家の男性はそう言って逃げるように立ち去った。
「すいません、必ず、お約束します」
去っていく大家の背中に向かって頭を下げると、女性は大きなお腹をさすり、ふうっと重い溜め息を吐いてから家の中へと入っていった。
アディーナはその様子を眺めてから大家が走って行った方に歩き出した。
「すいません」
小太りの男性よりアディーナの方が歩く速度が速かったので、難なく追いついて後ろから声をかけた。
「私に何か用かい?」
男性は歩みを止めて振り返った。
「ドルーアさんを訪ねてきたのですが、何かあったのですか」
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「あんたは?」
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「ああ、そうかい。可哀想にもうすぐ初めての子が生まれるっていうのに。旦那が亡くなってしまって。周りに頼れる身内もいなくて大変なんだ」
「お金がどうとか言っていたように聞きましたが」
「ああ、それね。ジャンは行商をしているんだが、この前仕入れた品物を売った代金がまだ未払いになっているんだ」
「そうですか」
「身重で旦那を亡くしたところに追い打ちをかけたくないが、わたしも地主に地代を払っている身だからね。少しは蓄えもあるから待てるが、あまり甘い顔をしていたら他の店子にも示しがつかんからな」
一人の人を優遇したら、他の人もあれこれと理由をつけて支払いを先延ばしにしかねない。
人情と職務の板挟みで苦労しているようだ。
「いい大家さんで彼女も安心ですね」
しかしいつ生まれてもおかしくないお腹を抱えて彼女も大変なことには変わりない。
「名前の前にこっちを何とかしないと」
お金をいくらか渡して暫くはしのげるだろうが、ずっと面倒を見続けるわけにはいかない。
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