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第一章

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 父の怒鳴り声を聞くことは、滅多にない、
 そう思いつつ、応接室前で様子を窺っていた。

「まったく話になりませんな。たかが男爵が少しばかり爵位があるからと、お高く止まって。後悔しても知りませんぞ」

 聞き覚えのない男性の声が聞こえる。相手も激昂しているようだ。

「結構です、そのような話はこっちから願い下げです。どうぞお引き取りください!」
「ふん、こっちが下手に出ていれば偉そうに、今この話を断ったら、もう後がありませんよ」
「放っておいてください。お気遣いありがとうございます」
「ふん!」

 人の動く気配がして、扉に向かって歩いてくる足音が聞こえた。勢いよく扉が開いて父と怒鳴り合っていた男が出てきた。
 扉を開けて私がいたので、相手は一瞬驚いた顔をした。

「こ、こんにちは」

 どんな客かわからないが、一応挨拶をする。

 男性は少し頭頂部が寂しくなりかけで、ずんぐりむっくりの、どう見ても飽食と怠惰な生活を謳歌している人物だった。年齢は父と同じ位だろか。

「もしかして、デルフィーヌ嬢?」
「はい」
「デルフィーヌだって!?」

 男性が声をかけたので、それを聞いて慌てて父が走ってきた。

「デルフィーヌ、おまえ、何だって・・まだ帰ってくる時間じゃないだろ」

 私が帰ってきたことに、明らかに父は驚いている。というか、帰ってきてまずかったのかなと思う。

「ちょっとお客さんを連れてきたの」
「お客さん?」
「ちょうど良かった。ご本人に会えるとは思いませんでした。何しろお父上は貴女になかなか会わせてくれませんから」
「私に会いに来られたですか?」

 父の客かと思ったら、まさか私に用だとは思わなかった。

「ええ。貴女にとってもいい話だと思いますよ」
「ちょっと、カダルフさん、その話はお断りしました。親の私が断ったんですから、この話は無効です」
「しかし、ブレアル卿、娘さんも二十歳でしょ、親の意見も大事ですがここはご本人の意見も聞くべきでは?」
「いいえ、娘はいくつになっても娘です。特にこの件は個人の意見は関係ない。家長の私が反対しているんですから、駄目なものは駄目なんですよ」

 一体何の話をしているのか、まったくわからないが、とにかく私に関することでカダルフと名乗るこの男性が何か話があって、それを父が断固反対して断った。
 そしてそのことで男性は怒っている。
 しかし比較的温厚な父が、あんな風に声を荒げると言うことは、よっぽどの事案なんだとわかる。

「えっと、とりあえず、父はお断りしたようですし、今は私の方もお客様をお連れしていますので、申し訳ございませんが、今日のところはお引き取りください」

 とにかく後で詳しい話を聞くとして、ファルビオさんを待たせたままだ。
 帰ると言っている客は帰って頂こう。

「何だと!」
「娘もこう言っています。どうかお引き取りください」

 これも珍しいことだ。あの父がここまで強気になるなんて。

「ふん、親が親なら娘も娘だな。愛想もないとは、せっかくの話を無駄にして」

 カダルフという男は憤慨して帰って行った。

「ふう、やれやれやっと帰ってくれた」
「相当嫌なお客だったみたいね。お父様のそんな態度初めて見たわ」
「まあな。あ、そう言えば、お前もお客様を連れてきたのか?」
「あ、そうだった。実は王都の商業ギルド本部から来た人で、これから王都へ戻るから、私達も一緒にどうかって、誘って頂いたの」
「王都の・・商業ギルド本部?」
「そう、それなりの大所帯だから護衛もいるし、食費とちょっと護衛費用を払えばいいって言ってくれているの」
「そ、それはいい話に思うが・・」
「そうでしょ? でも町長がお父さんに話して了解してもらえって言うから、お連れしたの。呼んできて良い? 馬車で待ってもらっているの」
「え、そうなのか。早くお呼びしろ」

 そう言われて、急いで馬車に戻りファルビオさんを呼んだ。

「ファルビオ・ベヌシです」
「え、商業ギルドの人って・・」
「そう、この方です。商業ギルド本部のギルド長の息子さんで、私が作ったギルドの決算書をすごく気に入ってくれて、今回わざわざ足を伸ばして会いに来てくれたの」
「お前の・・確かに、お前はそういうのが得意だから、目に止まったんだろうが・・」
「はい、彼女の決算書はとてもよく出来ていました。こちらの家計も彼女が管理しているとか、ご子息も勇者として立派に偉業を成し遂げられただけでも凄いのに、娘さんまで優秀でいらっしゃるとは。本当に良いお子さん達をお持ちですね」
「い、いやあ・・それほどでも」

 子供のことを褒められて、嬉しくない親はいない。
 さっきの客のせいで腹を立てていたようだが、すっかり喜んでいる父を見て私はほっとした。

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