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第一章
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劉帆の父も祖父も、曽祖父も、遡れば五代前の皇帝から高一族による支配は続いていた。
国を動かす政治の中枢も、祭祀も高一族の者が取り仕切り、皇帝でありながら、高一族の承認がなければ、何一つ思い通りにならなかった。
そんな歪な政が続く現状を打破すべく、劉帆は皇太子の頃から密かに高一族追放の機会を窺っていた。
表面上は高一族の長、高 珀垂に従い、彼の言うままに、その娘華蘭を皇太子妃として迎えた。
高一族の姫様として、崇め奉り育てられた我儘な華蘭は、皇太子妃の頃からその言動には目に余るものがあった。
気に入らない宮女はとことん虐め、心や体を病んで宿下がりする者が後を絶たなかった。
特に自分より少しでも見目が良いと思った宮女には、情け容赦がなかった。髪を切ったり顔に一生残る傷を負わせたり、体が不自由になった者もいた。
劉帆がそんな彼女に愛情を注げるわけがなかったが、高珀垂に釘を刺され、何度か夜を共に過ごさねばならなかった。
劉帆には、皇太子時代から密かに心を寄せるもう一人の妻で貴妃の紅花がいた。
高一族の次に勢力を持つ柳一族の娘で、女でありながら武芸に秀でていた。
劉帆の剣の師匠が柳一族の者であったことから、幼い頃から交流を重ね、劉帆が皇帝の地位の就いたのと同時に貴妃として入内した。
だが、表立っては彼女を寵愛するわけにもいかず、彼女の兄で柳一族の次代の長となる、柳 浩宇と共に密かに高氏を打ち倒す計画を進めた。
そして劉帆は、高氏を追放することに成功したのだった。
「人でなし! よくも父を…」
父や一族全てを根絶やしにされ、落ちぶれたと知るやすべてに手のひら返しされ、貶められた華蘭は、劉帆に襲いかかった。
「お前達、皇后を捕らえよ! その者は罪人高一族の者。自らも策を弄し、官吏の人事に口を出し、賄賂を受け取り他を貶めてきた。お前の手により幾人の宮女や宦官が命を落とした。その罪は重いぞ」
女の細腕で皇帝をどうにかできるわけがなく、華蘭はあっさりと押さえ込まれた。
「陛下…私は、私は幼い頃から陛下をお慕いし、いつか皇后になる夢を抱いておりました。しかし、これが陛下のお気持ちなのですね」
押さえ込まれ床に押しつけられた華蘭は、憎しみと哀しみの混じった表情で劉帆を見あげた。
目鼻立ちの整った美しい姫ではあるが、劉帆には憎い高氏の娘としか見えない。
「高氏の娘であるそなたに、余が愛情を持てるわけがないだろう」
それに対し、劉帆の言葉も表情も冷たかった。
「余が愛するのは貴妃の紅花のみ。その身を抱く度に、どれ程嫌悪を抱いたことか。たとえ天女の如く美貌に艶かしき肢体を持とうと、余にはこの世で一番の醜女にしか思えない」
華蘭は歴史に名を残す傾国の美女となり得る程の美貌の持ち主であった。
時代と立ち場が違えば、もしかしたらその身ひとつで寵愛を受けられたかも知れない。
生まれた時から皇后となるべく育てられた深窓の令嬢。劉帆には憎き高氏の血を持つ娘であり、到底愛情など抱けるはずもなかった。
「この先大人しくするなら、後宮の奥にある冷宮に住まうことを認めてやろう。せめてもの恩情だと思え」
それきり、劉帆は彼女のことを気にかけたことはない。
高氏を倒し、皇帝の権力を取り戻したことで、劉帆にはやらなければならないことが山積みたったこともある。
それに、皇后だった時のようにはいかないが、冷宮にも宮女は何人か配置させた。恩情により彼女の乳兄妹の月鈴も付けた。食事も贅沢ではないが、三食運ばせている。一生出ることは出来ないが、生きていくのに不足はない。
そう思っていた。
「そうか、皇子か…して、紅花はどうだ? 無事か」
皇子誕生に一旦は安堵した劉帆は、今や次期皇帝の母ともなった皇后の安否について尋ねた。
出産で命を落とす者もいる。ましてや紅花は破水から出産までかなりの時間がかかった。きっと衰弱していることだろう。
「随分お疲れのようですが、命に別状はないとのことです。皇子誕生を涙を流して喜ばれたということです」
「そうか、今すぐにでも会えるか」
会いに行こうと劉帆は立ち上がったが、そこに別の医官が慌てて駆け込んできた。
「も、申し上げます」
「何だ?! 皇后に何かあったのか」
まさか皇后か皇子の容態が急変でもしたのかと、劉帆は身構えた。
しかし医官の用件は彼が思っていたものと違った。
「れ、冷宮の…廃妃が…」
「また何か文句でも言って来たのか?」
劉帆は体の力を抜いた。もっとあれこれ要求してくるかと思ったが、冷宮に居を移してからの彼女は大人しいものだった。
「どこか具合でも悪いのか? 悪いが今は…」
「ほ、本日、廃妃華蘭が…あ、赤子を…お産みになりました」
国を動かす政治の中枢も、祭祀も高一族の者が取り仕切り、皇帝でありながら、高一族の承認がなければ、何一つ思い通りにならなかった。
そんな歪な政が続く現状を打破すべく、劉帆は皇太子の頃から密かに高一族追放の機会を窺っていた。
表面上は高一族の長、高 珀垂に従い、彼の言うままに、その娘華蘭を皇太子妃として迎えた。
高一族の姫様として、崇め奉り育てられた我儘な華蘭は、皇太子妃の頃からその言動には目に余るものがあった。
気に入らない宮女はとことん虐め、心や体を病んで宿下がりする者が後を絶たなかった。
特に自分より少しでも見目が良いと思った宮女には、情け容赦がなかった。髪を切ったり顔に一生残る傷を負わせたり、体が不自由になった者もいた。
劉帆がそんな彼女に愛情を注げるわけがなかったが、高珀垂に釘を刺され、何度か夜を共に過ごさねばならなかった。
劉帆には、皇太子時代から密かに心を寄せるもう一人の妻で貴妃の紅花がいた。
高一族の次に勢力を持つ柳一族の娘で、女でありながら武芸に秀でていた。
劉帆の剣の師匠が柳一族の者であったことから、幼い頃から交流を重ね、劉帆が皇帝の地位の就いたのと同時に貴妃として入内した。
だが、表立っては彼女を寵愛するわけにもいかず、彼女の兄で柳一族の次代の長となる、柳 浩宇と共に密かに高氏を打ち倒す計画を進めた。
そして劉帆は、高氏を追放することに成功したのだった。
「人でなし! よくも父を…」
父や一族全てを根絶やしにされ、落ちぶれたと知るやすべてに手のひら返しされ、貶められた華蘭は、劉帆に襲いかかった。
「お前達、皇后を捕らえよ! その者は罪人高一族の者。自らも策を弄し、官吏の人事に口を出し、賄賂を受け取り他を貶めてきた。お前の手により幾人の宮女や宦官が命を落とした。その罪は重いぞ」
女の細腕で皇帝をどうにかできるわけがなく、華蘭はあっさりと押さえ込まれた。
「陛下…私は、私は幼い頃から陛下をお慕いし、いつか皇后になる夢を抱いておりました。しかし、これが陛下のお気持ちなのですね」
押さえ込まれ床に押しつけられた華蘭は、憎しみと哀しみの混じった表情で劉帆を見あげた。
目鼻立ちの整った美しい姫ではあるが、劉帆には憎い高氏の娘としか見えない。
「高氏の娘であるそなたに、余が愛情を持てるわけがないだろう」
それに対し、劉帆の言葉も表情も冷たかった。
「余が愛するのは貴妃の紅花のみ。その身を抱く度に、どれ程嫌悪を抱いたことか。たとえ天女の如く美貌に艶かしき肢体を持とうと、余にはこの世で一番の醜女にしか思えない」
華蘭は歴史に名を残す傾国の美女となり得る程の美貌の持ち主であった。
時代と立ち場が違えば、もしかしたらその身ひとつで寵愛を受けられたかも知れない。
生まれた時から皇后となるべく育てられた深窓の令嬢。劉帆には憎き高氏の血を持つ娘であり、到底愛情など抱けるはずもなかった。
「この先大人しくするなら、後宮の奥にある冷宮に住まうことを認めてやろう。せめてもの恩情だと思え」
それきり、劉帆は彼女のことを気にかけたことはない。
高氏を倒し、皇帝の権力を取り戻したことで、劉帆にはやらなければならないことが山積みたったこともある。
それに、皇后だった時のようにはいかないが、冷宮にも宮女は何人か配置させた。恩情により彼女の乳兄妹の月鈴も付けた。食事も贅沢ではないが、三食運ばせている。一生出ることは出来ないが、生きていくのに不足はない。
そう思っていた。
「そうか、皇子か…して、紅花はどうだ? 無事か」
皇子誕生に一旦は安堵した劉帆は、今や次期皇帝の母ともなった皇后の安否について尋ねた。
出産で命を落とす者もいる。ましてや紅花は破水から出産までかなりの時間がかかった。きっと衰弱していることだろう。
「随分お疲れのようですが、命に別状はないとのことです。皇子誕生を涙を流して喜ばれたということです」
「そうか、今すぐにでも会えるか」
会いに行こうと劉帆は立ち上がったが、そこに別の医官が慌てて駆け込んできた。
「も、申し上げます」
「何だ?! 皇后に何かあったのか」
まさか皇后か皇子の容態が急変でもしたのかと、劉帆は身構えた。
しかし医官の用件は彼が思っていたものと違った。
「れ、冷宮の…廃妃が…」
「また何か文句でも言って来たのか?」
劉帆は体の力を抜いた。もっとあれこれ要求してくるかと思ったが、冷宮に居を移してからの彼女は大人しいものだった。
「どこか具合でも悪いのか? 悪いが今は…」
「ほ、本日、廃妃華蘭が…あ、赤子を…お産みになりました」
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