上 下
45 / 68

44

しおりを挟む
ジーン様を見上げた時とは明らかに違う。警戒するような視線が私を見つめる。

「ジーン、こちらはどなた?」

頭の先から爪先まで胡散臭げに私を見てから、可愛らしく首を傾げる。

「紹介しよう。彼女はセレニア・ドリフォルト。私の婚約者だ。セレニア、彼女がティアナ・デイリー。私の母方の従姉妹だ。もうすぐサーフィス伯爵夫人になる」
「こんにちは、セレニアと申します」

「婚約者?ジーン……いつの間に……新年に首都で会った時は何もおっしゃっていなかったわ」

彼女は軽く会釈しただけで私の挨拶を無視して、ジーン様に拗ねて言った。

「そうだが、既に陛下からは許しをもらっている。一年後には挙式だ」
「え、陛下から……」

ジーン様と私の婚約が寝耳に水なのは当然だが、一瞬で彼女の顔が険しくなった。

「君の方が先に式を挙げることになるだろうがな」
「そ、そうね」

だが、すぐにそれは消えて再びジーン様に笑顔を向けた。

「そんな人が居たなんて、なぜ教えてくれなかったの。水くさいわ」
「討伐が無事に終わってほっとしたら、結婚したいと考えるようになった。その時彼女が傍にいて、気づいたら心を奪われていた。決めたのは首都から戻ってからだから、君が知らないのも当然だ」
「あら、ホントに最近なのね。そんなに急に決めて大丈夫なの」

ティアナさんは私が相手でジーン様が後悔しないかとでも言いたげに訊ねる。

「結婚したいと気づいてすぐにお相手が見つかるなんて、できすぎじゃない?」
「こればかりは時間を掛けたからいいとかではない。私にはセレニアが必要で、傍にいてとても安心できる人だ。彼女も同じだと思ったから結婚を決めた。そうだね」

必要で安心できる存在と言ってくれるのは嬉しい。互いに尊重しあい尊敬できる。
それに、この前のジーン様の言葉が本当なら、ちゃんと女性として見てくれている。
ジーン様の口から愛しているという言葉が聞けなくても、ここで満足しなければいけない。

ティアナさんはそんな私とジーン様を見比べて、ジーン様の腕に自分の手を乗せた。

「ねえ、そんなことより喉が渇いたわ。中に入ってお茶にしましょう」

ティアナさんは私がいないもののようにジーン様だけを連れて邸に入ろうとする。

「お茶なら、セレニアの所で栽培しているお茶をご馳走しよう。それに、セレニアが淹れてくれたものは他の誰が淹れるものより美味しいんだ。君も是非頂くといい。お願いできるか?」

私を無視するティアナさんと私の間に立ち、ジーン様は私に花を持たせようとそう声を掛けてくれた。

「ええ、すぐに支度を……」
「あら、じゃあ私はジーンと先に居間へ行っているからよろしくね。さあ、案内して、馬車に揺られてばかりで疲れたの。早くゆっくりしたいわ」
「ティアナ、慌てるな。セレニア、申し訳ない。よろしく頼む」
「はい………ジーン」

無理矢理私から引き離そうとするようにジーン様を引っ張るティアナさんが、私がジーンと言った瞬間、ジーン様から見えない角度で睨み付けてきた。

「もうジーンって呼んでいるのね」
「彼女は照れていたが私がそう呼んで欲しいとお願いした」
「そう……あなたが言ったの……」

彼女はそれ以上は言わなかったが、私が婚約間もないにも関わらず、既にジーン様を「ジーン」と呼んでいることが気に入らないと顔に書いてあった。

「早く行きましょう」

ジーン様を急かして彼女はジーン様と先に邸へと入っていった。

私はそんな二人の背中を見ながら、先ほどのティアナさんの視線の意味を考えた。
婚約者がいて結婚が目前だという彼女がここへ来た目的が何にせよ、私という存在が気分を害しているのは明らかだ。

私がいなければ彼女はどうするつもりだったのだろう。

陛下やジーン様の杞憂が思い過ごしであってくれればと思う。

かつてジーン様が結婚まで考えた相手は、私とはまるで違う種類の女性だった。

愛らしく女性的でそして欲望に積極的。

女性ならあんな風に甘えるべきなのだろうか。
私はまだ差し伸べられた手に手を伸ばすだけで精一杯で、自分から差し伸べることはできない。

遠乗りでジーン様と素敵な時間を過ごせたと浮かれていたのに、不意に心に吹いた冷たい風を感じながら、私はお茶の用意をするために厨房へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。 十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。 途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。 それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。 命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。 孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます! ※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。

処理中です...