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ジーンクリフト様の帰還はあっと言う間に領内に知れ渡った。
そしてどこからともなく、彼が本格的に花嫁を探すつもりだと言うことも……。
そのせいか、お祖父様が亡くなって開催を見送っていたお茶会が、いつ開かれるのかと言う問い合わせが殺到した。
うちで栽培するお茶がジーンクリフト様のお気に入りというのも人気の後押しをした。
主催者の私が一番結婚からほど遠いのは逆に笑えるけど。
それよりも、私がここ最近疑問に思っているのは……
馬の嘶きが聞こえた。
(来た)
居間に座っていた私は、窓から今日も朝早くからやってくる人物を出迎えに慌てて玄関へと向かった。
ちょうど執事のリックスが先に出迎えたその人物は、外套を預けながら私を見ると、屈託のない笑顔でこちらに挨拶をした。
「やあ、おはようセレニア、今日も朝から晴れて暖かいね」
鼻の頭が少し赤いが、相変わらずの男前ぶりを発揮している。
「ジーンクリフト様、おはようございます」
私は努めて冷静に事務的に挨拶した。
叔父たちが来たあの日以来、彼は毎日朝の散歩がてら我が家に立ち寄り、お茶を一杯飲んで帰る。
あの次の日、再び叔父とカーターが押し掛けてきたが、辺境伯の訪問により、そそくさと引き上げて行った。彼は男性の護衛を一人連れてきていて、今日から彼をここに毎日寄越すと言った。
ベラーシュと言う名の男性は、肌の色が褐色で瞳と髪の毛の色は黒の、異国風の風貌だった。
彼は魔獣討伐のおり、東の国、東華国の兵士として参加したのだが、怪我が原因で兵士としては除隊せざるを得なくなったという。本来なら死んでもおかしくない状況だったが、辺境泊のお陰で命拾いしたことで、彼に心酔し東華国王に直訴して辺境泊の所へ身を寄せたのだという。
「ベラーシュです。よろしく」
「彼はまだこちらの言葉を覚えているところなので、カタコトしか話せない。ここで言葉を覚えながら護衛として面倒みてくれないか?」
叔父たちを牽制するためだと明らかにわかったが、彼に言われれば諾とするしかなかった。
二日目はそのために来たのかと思ったが、ベラーシュと共にほぼ毎日やって来るようになった。
「お忙しいのではないのですか?」
五日目にそう訊ねた。
「だから朝のうちに来ている。君の煎れてくれたお茶を一日一回は飲まないと調子がでなくて」
そう言われてしまえば断ることもできない。
「もちろん、君の都合が悪ければ言ってくれ。その日は来ない」
「……………」
勘違いしてはいけない。彼は私のことをただ心配してくれているだけだ。私が彼の差し伸べた手を振り払うから、こうやって気を遣って様子をみに来てくれているのだ。彼にとっては我が家は隣人で、祖父を無くした私を気にしてくれているのだ。
お茶も気に入ってくれているのだとは思うが、それも口実かもしれない。
そう思いながら、彼が来てくれることを楽しみにしている。灰色の私の生活に彩が付いたような気分だ。
「ああ、美味しい……」
ひとくち飲んで、目を閉じて少し上を向く。その一瞬の彼の顔に見惚れてしまう。頬骨が高くはっきりした顔立ちに、すっと通った鼻筋。額に少しかかった黒い前髪に触れたくなる手を必死で堪える。
彼は知らない。私がずっと彼に憧れていることを。
彼にとっては私は今でも良き隣人の孫で、小さいセレニアでしかないのに…
ぱちっと彼が目を開き、慌てて視線を反らした。
「そう言えば……今日はこれを持ってきた」
彼が内ポケットから封筒を取り出した。
「この前言っていた宴の招待状だ」
「閣下が自ら?」
普通こういう物は使用人が届けるものだ。まさか招待主自ら届けるとは思わなかったので驚いた。
「毎朝ここに来ているのだし、君には直接届けたかった。来てくれるね?」
「……………はい」
また壁の花になるのはわかっていた。背の高い私にダンスを申し込む人なんていない。でも今回はジーンクリフト様の帰還を祝う宴だから、断るわけにもいかない。まあ、今回は祖父の喪中だと言って、地味な装いをして顔さえ出せば義理は立つだろう。そう思っていた私の考えは、彼の次の言葉で打ち砕かれた。
「メリッサが君の支度を手伝う。喪中だからあまり煌びやかな装いは難しいだろうが、年頃のレディなんだから少しは晴れやかにしてはどうかな?」
「え………」
メリッサは彼の亡くなった母上の乳母の娘で、今は彼の家で侍女長をしている。祖母とも仲が良かったので私にも小さい頃から親切にしてくれていた。辺境伯夫人に仕えた人に宴に出るための手伝いをしてもらう?
「いえ、そんな……メリッサさんに手伝って頂かなくても……」
「メリッサが放っておいたら君は喪服で出席しそうだと心配してね。お祖父様を亡くされたばかりなのはわかるが、年頃の娘がそれでは悲しすぎると言うので……せっかくの私の帰還祝いの宴だ。彼女に花を持たせてやってくれないか?」
見抜かれていたことに驚いた。しかもそんな風に言われれば断れない。
「……メリッサさんのお手間でなければ、お願いします」
どうせひょろりと長い手足の私では、どんなに着飾っても限界があると、きっと彼女も適当なところで諦めてくれるだろう。
そしてどこからともなく、彼が本格的に花嫁を探すつもりだと言うことも……。
そのせいか、お祖父様が亡くなって開催を見送っていたお茶会が、いつ開かれるのかと言う問い合わせが殺到した。
うちで栽培するお茶がジーンクリフト様のお気に入りというのも人気の後押しをした。
主催者の私が一番結婚からほど遠いのは逆に笑えるけど。
それよりも、私がここ最近疑問に思っているのは……
馬の嘶きが聞こえた。
(来た)
居間に座っていた私は、窓から今日も朝早くからやってくる人物を出迎えに慌てて玄関へと向かった。
ちょうど執事のリックスが先に出迎えたその人物は、外套を預けながら私を見ると、屈託のない笑顔でこちらに挨拶をした。
「やあ、おはようセレニア、今日も朝から晴れて暖かいね」
鼻の頭が少し赤いが、相変わらずの男前ぶりを発揮している。
「ジーンクリフト様、おはようございます」
私は努めて冷静に事務的に挨拶した。
叔父たちが来たあの日以来、彼は毎日朝の散歩がてら我が家に立ち寄り、お茶を一杯飲んで帰る。
あの次の日、再び叔父とカーターが押し掛けてきたが、辺境伯の訪問により、そそくさと引き上げて行った。彼は男性の護衛を一人連れてきていて、今日から彼をここに毎日寄越すと言った。
ベラーシュと言う名の男性は、肌の色が褐色で瞳と髪の毛の色は黒の、異国風の風貌だった。
彼は魔獣討伐のおり、東の国、東華国の兵士として参加したのだが、怪我が原因で兵士としては除隊せざるを得なくなったという。本来なら死んでもおかしくない状況だったが、辺境泊のお陰で命拾いしたことで、彼に心酔し東華国王に直訴して辺境泊の所へ身を寄せたのだという。
「ベラーシュです。よろしく」
「彼はまだこちらの言葉を覚えているところなので、カタコトしか話せない。ここで言葉を覚えながら護衛として面倒みてくれないか?」
叔父たちを牽制するためだと明らかにわかったが、彼に言われれば諾とするしかなかった。
二日目はそのために来たのかと思ったが、ベラーシュと共にほぼ毎日やって来るようになった。
「お忙しいのではないのですか?」
五日目にそう訊ねた。
「だから朝のうちに来ている。君の煎れてくれたお茶を一日一回は飲まないと調子がでなくて」
そう言われてしまえば断ることもできない。
「もちろん、君の都合が悪ければ言ってくれ。その日は来ない」
「……………」
勘違いしてはいけない。彼は私のことをただ心配してくれているだけだ。私が彼の差し伸べた手を振り払うから、こうやって気を遣って様子をみに来てくれているのだ。彼にとっては我が家は隣人で、祖父を無くした私を気にしてくれているのだ。
お茶も気に入ってくれているのだとは思うが、それも口実かもしれない。
そう思いながら、彼が来てくれることを楽しみにしている。灰色の私の生活に彩が付いたような気分だ。
「ああ、美味しい……」
ひとくち飲んで、目を閉じて少し上を向く。その一瞬の彼の顔に見惚れてしまう。頬骨が高くはっきりした顔立ちに、すっと通った鼻筋。額に少しかかった黒い前髪に触れたくなる手を必死で堪える。
彼は知らない。私がずっと彼に憧れていることを。
彼にとっては私は今でも良き隣人の孫で、小さいセレニアでしかないのに…
ぱちっと彼が目を開き、慌てて視線を反らした。
「そう言えば……今日はこれを持ってきた」
彼が内ポケットから封筒を取り出した。
「この前言っていた宴の招待状だ」
「閣下が自ら?」
普通こういう物は使用人が届けるものだ。まさか招待主自ら届けるとは思わなかったので驚いた。
「毎朝ここに来ているのだし、君には直接届けたかった。来てくれるね?」
「……………はい」
また壁の花になるのはわかっていた。背の高い私にダンスを申し込む人なんていない。でも今回はジーンクリフト様の帰還を祝う宴だから、断るわけにもいかない。まあ、今回は祖父の喪中だと言って、地味な装いをして顔さえ出せば義理は立つだろう。そう思っていた私の考えは、彼の次の言葉で打ち砕かれた。
「メリッサが君の支度を手伝う。喪中だからあまり煌びやかな装いは難しいだろうが、年頃のレディなんだから少しは晴れやかにしてはどうかな?」
「え………」
メリッサは彼の亡くなった母上の乳母の娘で、今は彼の家で侍女長をしている。祖母とも仲が良かったので私にも小さい頃から親切にしてくれていた。辺境伯夫人に仕えた人に宴に出るための手伝いをしてもらう?
「いえ、そんな……メリッサさんに手伝って頂かなくても……」
「メリッサが放っておいたら君は喪服で出席しそうだと心配してね。お祖父様を亡くされたばかりなのはわかるが、年頃の娘がそれでは悲しすぎると言うので……せっかくの私の帰還祝いの宴だ。彼女に花を持たせてやってくれないか?」
見抜かれていたことに驚いた。しかもそんな風に言われれば断れない。
「……メリッサさんのお手間でなければ、お願いします」
どうせひょろりと長い手足の私では、どんなに着飾っても限界があると、きっと彼女も適当なところで諦めてくれるだろう。
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