263 / 266
番外編 その後の二人
43
しおりを挟む
「誰も始めから立派な親なんて慣れません」
いつかテレビの教育番組で専門家が子育てに悩む人にアドバイスしていた。
「親としてきちんと育てる責任は生じます。大変でもそこに愛情があるからやり甲斐や喜びを感じるんです。自分の血を分けた子でも自分とは違う人格を持った一人の人間ですから、思うようにいかないこともあります。それでも子供の力を信じて見守ってあげればいいんです」
事故で体が不自由になって、つけっぱなしのテレビから聞こえてきた言葉を思い出す。もう自分は子供を生んで育てることはできない。自分には持つこともできない子育ての悩み。
「あなたにとってお父上との思い出が優しいものでなかったとしても、こうして立派なリンドバルク侯爵となったのは、あなたを指導してくれたお父上の愛情だと思います」
「不躾ながら、私は先代のことも存じ上げておりますから、クリスティアーヌ様の仰ることも何となくわかります」
この中では唯一、ルイスレーン以外で彼のお父様を知るのは、この家の主治医であるスベン先生だ。
「あの方は父親としてでなく常に当主であることを優先されておりました。しかし、そうやってあの方も育てられて来られたのです。ご子息に対してどう接するか、他の方法をご存知なかっただけで、決してルイスレーン様に愛情がなかったわけではありません」
「ありがとう、スベン。ありがとう、クリスティアーヌ。少し父親になることに不安を持っていた。父の気持ちも今ならわかる気がする。子育てに正解などない。そうだな」
昨夜私が言った言葉をルイスレーンが繰り返す。
「それに私には君がいる。私が間違ったなら、諭してくれる。ありがとうクリスティアーヌ。こんな私だが、いい父親に慣れるだろうか」
「あなたはとっくにいい父親です。あ、ほら子どもたちもそう言っています」
私の言葉に同意したように動いたお腹に彼の手を持っていく。
「子どもはお腹にいる時も聞こえているそうです。だから綺麗な音楽を聞かせるといいって聞きました」
「あら、そうなんですか。初めて聞きました」
「受け売りですけど、胎教っていうそうです」
「そうすると、私の話し声が子どもたちにも届いているということか?」
「そうなりますね。意味を理解しているかはわかりませんけど」
「おまえ達、お父様だぞ。おまえ達のお母様はとても美人で優しいんだ。自慢していいぞ」
「ル、ルイスレーン、何を」
焦って皆を見れば、ルイスレーンと私を生温かい目で見ている。すでに私達が深く愛し合っていることは周知の事実でも、やはり恥ずかしい。
「やれやれ子どもにも奥方のことを自慢してどうする。まったく、これがあの鬼の副官の本性とはな」
またニコラス先生の皮肉が飛んだ。モアラさんも慣れてきたらしく、さっきほどは青ざめていない。
「でも奥様のおっしゃることは真理ですね。本当に聡明で才色兼備とは奥様のことを仰るのですわ。今日お聞きしたことは他の妊婦さんにも話してあげたいですわ」
「そんな才色兼備なんて…」
私のは単なる人の話していたことをそのまま伝えているだけなので、それを凄いと言われるのは他人の手柄を横取りした気持ちで居心地が悪い。
「クリスティアーヌが美しく聡明で優しいのは認める」
「モアラは優しいは言っていたかな?」
ルイスレーンがモアラさんの言葉に余計な形容詞を足したのを、すかさずニコラス先生が指摘した。
「間違いではないでしょう」
「ルイスレーン、あまりそんなこと外で言わないで」
「そうですよ。奥方にべた惚れだと知られたら、副官としての威厳がありませんよ」
「そうよ。仕事に支障が出てしまうわ」
屈曲な軍人としての威厳が損なわれて、他の人から軽く見られたらとニコラス先生の言葉に賛同する。
「仕事はきちんとしています。それに、妻のことを自慢して、最近は親しみやすくなったと、逆に部下が積極的に何でも頼ってくれるようになって、前より連帯感が増しているんです」
「なるほど、軍では規律も大切ですが、作戦を遂行するのにそれは大事ですね」
「今回山で何日も彷徨った時も、そうやって励まし合って過ごしました。肉体的に辛くても信頼しあい、励まし合い、楽しい話で盛り上がり、お陰で誰も悲観せず士気を上げることができました」
「大変だったですね。ご無事で良かったです」
「ありがとう。何があっても妻のもとに帰る。その気持ちがあったから頑張れました。おまけに今は子どもたちもいる」
「私があなたの生きる力に慣れて嬉しいわ」
そう言って緑と青とオレンジの混じった瞳で私を愛おしそうに見つめるルイスレーンに、私も微笑み返した。
いつかテレビの教育番組で専門家が子育てに悩む人にアドバイスしていた。
「親としてきちんと育てる責任は生じます。大変でもそこに愛情があるからやり甲斐や喜びを感じるんです。自分の血を分けた子でも自分とは違う人格を持った一人の人間ですから、思うようにいかないこともあります。それでも子供の力を信じて見守ってあげればいいんです」
事故で体が不自由になって、つけっぱなしのテレビから聞こえてきた言葉を思い出す。もう自分は子供を生んで育てることはできない。自分には持つこともできない子育ての悩み。
「あなたにとってお父上との思い出が優しいものでなかったとしても、こうして立派なリンドバルク侯爵となったのは、あなたを指導してくれたお父上の愛情だと思います」
「不躾ながら、私は先代のことも存じ上げておりますから、クリスティアーヌ様の仰ることも何となくわかります」
この中では唯一、ルイスレーン以外で彼のお父様を知るのは、この家の主治医であるスベン先生だ。
「あの方は父親としてでなく常に当主であることを優先されておりました。しかし、そうやってあの方も育てられて来られたのです。ご子息に対してどう接するか、他の方法をご存知なかっただけで、決してルイスレーン様に愛情がなかったわけではありません」
「ありがとう、スベン。ありがとう、クリスティアーヌ。少し父親になることに不安を持っていた。父の気持ちも今ならわかる気がする。子育てに正解などない。そうだな」
昨夜私が言った言葉をルイスレーンが繰り返す。
「それに私には君がいる。私が間違ったなら、諭してくれる。ありがとうクリスティアーヌ。こんな私だが、いい父親に慣れるだろうか」
「あなたはとっくにいい父親です。あ、ほら子どもたちもそう言っています」
私の言葉に同意したように動いたお腹に彼の手を持っていく。
「子どもはお腹にいる時も聞こえているそうです。だから綺麗な音楽を聞かせるといいって聞きました」
「あら、そうなんですか。初めて聞きました」
「受け売りですけど、胎教っていうそうです」
「そうすると、私の話し声が子どもたちにも届いているということか?」
「そうなりますね。意味を理解しているかはわかりませんけど」
「おまえ達、お父様だぞ。おまえ達のお母様はとても美人で優しいんだ。自慢していいぞ」
「ル、ルイスレーン、何を」
焦って皆を見れば、ルイスレーンと私を生温かい目で見ている。すでに私達が深く愛し合っていることは周知の事実でも、やはり恥ずかしい。
「やれやれ子どもにも奥方のことを自慢してどうする。まったく、これがあの鬼の副官の本性とはな」
またニコラス先生の皮肉が飛んだ。モアラさんも慣れてきたらしく、さっきほどは青ざめていない。
「でも奥様のおっしゃることは真理ですね。本当に聡明で才色兼備とは奥様のことを仰るのですわ。今日お聞きしたことは他の妊婦さんにも話してあげたいですわ」
「そんな才色兼備なんて…」
私のは単なる人の話していたことをそのまま伝えているだけなので、それを凄いと言われるのは他人の手柄を横取りした気持ちで居心地が悪い。
「クリスティアーヌが美しく聡明で優しいのは認める」
「モアラは優しいは言っていたかな?」
ルイスレーンがモアラさんの言葉に余計な形容詞を足したのを、すかさずニコラス先生が指摘した。
「間違いではないでしょう」
「ルイスレーン、あまりそんなこと外で言わないで」
「そうですよ。奥方にべた惚れだと知られたら、副官としての威厳がありませんよ」
「そうよ。仕事に支障が出てしまうわ」
屈曲な軍人としての威厳が損なわれて、他の人から軽く見られたらとニコラス先生の言葉に賛同する。
「仕事はきちんとしています。それに、妻のことを自慢して、最近は親しみやすくなったと、逆に部下が積極的に何でも頼ってくれるようになって、前より連帯感が増しているんです」
「なるほど、軍では規律も大切ですが、作戦を遂行するのにそれは大事ですね」
「今回山で何日も彷徨った時も、そうやって励まし合って過ごしました。肉体的に辛くても信頼しあい、励まし合い、楽しい話で盛り上がり、お陰で誰も悲観せず士気を上げることができました」
「大変だったですね。ご無事で良かったです」
「ありがとう。何があっても妻のもとに帰る。その気持ちがあったから頑張れました。おまけに今は子どもたちもいる」
「私があなたの生きる力に慣れて嬉しいわ」
そう言って緑と青とオレンジの混じった瞳で私を愛おしそうに見つめるルイスレーンに、私も微笑み返した。
45
お気に入りに追加
4,260
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる