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番外編 その後の二人
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その後ルイスレーンがお湯を運んできてくれて、互いに体を拭いて新しい服に着替えた。
後ろからルイスレーンに抱きしめられ横向きになりながら、次第に明けていく窓の外を眺めていた。
耳元では規則正しいルイスレーンの息遣いが聞こえてきて、それだけで安心する。
「あ、動いた。わかりましたか? ルイスレーン様」
「…まさか、今のがそうなのか?」
私のお腹に二人で手を重ねていた時、お腹が震えた。
それをルイスレーンに告げると、彼も感じたらしい。
そのまま手を触れていると再び波打つように動いた。
「う、動いたぞ」
「すごい、こんなに動いたのはこれまでで初めて」
「そ、そうなのか?」
そうしている間ももぞもぞと動いていたが、暫くして動きは止まった。
「あ…収まったみたいです」
はっきり動いたのを感じたが、時間は短かった。
「この子たちもルイスレーンが帰ってきて少しはしゃいだんでしょうか」
「…そう…思うか?」
ルイスレーンの声が震えていることに気づいて首を巡らすと、目が潤んでいた。
ルイスレーンの涙を見るのは初めてだった。
泣きそうな顔をしたことはあったが、我慢強いと自分でも言っていたくらいで、涙が彼の目に浮かんだところを見たことはない。
緑と青の濃淡の虹彩の周りをオレンジが取囲み、涙で潤んだ瞳の美しさに目を奪われ息を呑んだ。
「ルイスレーン…」
「すまない…その…なんと言ったらいいのか…頭ではお腹に子どもがいると理解していたんだ。君の体の変化を見ても妊娠しているのはわかるし…でもここまで…動くまでに育っているとわかって…」
瞬きと共に涙が瞳から溢れ、枕へと流れる。
「はは、情けない」
そう言って恥ずかしがって顔を逸らそうとする。
体を回転させ、私の涙にルイスレーンがしてくれたように、そこに唇を寄せた。
「そんなことありません。男性にだって涙腺はあって涙は出るんです。今のように心が動いたときに自然と出る涙に罪はありません。心が豊かな証拠です」
「クリスティアーヌ」
「いつも毅然として立派なルイスレーンも素敵ですが、泣いて笑って怒って…人間らしいのも私は好きです」
ルイスレーンに対する気持ちが溢れて、軽く唇にキスをする。
「私は…いい父親になれるだろうか?」
「愛情深くてきっと素敵なお父さんになります」
「君もいい母親になるに違いない」
「ともに親としては未経験ですから、一緒に頑張りましょう」
「クリスティアーヌは…アイリとしてでもいいが、子育てについてどうしたいとかあるのか?今はとにかく無事にお腹の中で育って生まれてくれればいいというだけだが」
「そう言えば、そんな話をしたことがありませんでしたね」
ルイスレーンの言うとおり、今は出産を無事に終えることが一番大事なことだが、生まれれば待った無しで育児が始まる。
今のうちに話すのも必要かもしれない。
「ルイスレーンには、あるのですか?」
愛理の時とルイスレーンの子供時代はよく似ている。母親を幼い頃に亡くし、厳しい父のもとで乳母や家庭教師などの他人の手で育った。
その厳しさも親の愛だったと気づいたのはお互い親を失った後だった。
唯一クリスティアーヌだけが親の愛に囲まれて育ったと言える。
それでも両親は早逝し、生きていくために苦労した。
「とにかく、出来るだけ長生きしたいです。子どもたちが親を必要としなくなるまで…自分の寿命を決められることは出来ませんが」
「私もそう思う。しかし私は軍に籍を置いている身。明日にはどうなるかわからないが」
「私のためにも命は大切にしてください」
「そうだな。どんな状況でも活路を見出し最後まで諦めず、生きて君と子どもたちの所へ帰れるよう最善を尽くすよ」
ルイスレーンに縋り付くと、彼が背中を優しく撫で下ろしてくれた。
それだけで不安が払拭される。
大事な任務だとわかっていても、いつもルイスレーンの安否が気になった。自分で気をつけていても、どこでどんな風に事故などに合うかわからない。
「男の子でも女の子でもとにかく元気に素直に育ってほしい。親として子どもたちが生きていくために必要なことは何でもしてやりたい」
「でも甘やかしてはだめですよ。学ぶべきことはきちんと学ばせてあげないと…勉強が好きな子は少ないですから、言い訳をして勉強しない子になったら大変です」
「それは困るな…無理強いはしたくないが、すべきことから逃げるような子にはなってほしくない。難しいものだ」
「子育てに正解も同じものもないそうです」
ふと、優吾くんのことを思い出した。複雑な家庭環境を作ったのは私達大人だった。愛し合っていても世間では自分の母親が愛人で、父親には法律上の妻がいた。
目の前に父親の妻がいて、私がいなければ両親と自分はもっと幸せになれた筈だと恨んでいたのではないだろうか。
私が死んだ後に何があったか、ケイトリンに生まれ変わった有紗さんから聞いた話だけで、彼のことは分からずじまい。
彼が少しでも生まれてきて良かったと思える人生を歩んでくれていたらと、願わずにはいられない。
後ろからルイスレーンに抱きしめられ横向きになりながら、次第に明けていく窓の外を眺めていた。
耳元では規則正しいルイスレーンの息遣いが聞こえてきて、それだけで安心する。
「あ、動いた。わかりましたか? ルイスレーン様」
「…まさか、今のがそうなのか?」
私のお腹に二人で手を重ねていた時、お腹が震えた。
それをルイスレーンに告げると、彼も感じたらしい。
そのまま手を触れていると再び波打つように動いた。
「う、動いたぞ」
「すごい、こんなに動いたのはこれまでで初めて」
「そ、そうなのか?」
そうしている間ももぞもぞと動いていたが、暫くして動きは止まった。
「あ…収まったみたいです」
はっきり動いたのを感じたが、時間は短かった。
「この子たちもルイスレーンが帰ってきて少しはしゃいだんでしょうか」
「…そう…思うか?」
ルイスレーンの声が震えていることに気づいて首を巡らすと、目が潤んでいた。
ルイスレーンの涙を見るのは初めてだった。
泣きそうな顔をしたことはあったが、我慢強いと自分でも言っていたくらいで、涙が彼の目に浮かんだところを見たことはない。
緑と青の濃淡の虹彩の周りをオレンジが取囲み、涙で潤んだ瞳の美しさに目を奪われ息を呑んだ。
「ルイスレーン…」
「すまない…その…なんと言ったらいいのか…頭ではお腹に子どもがいると理解していたんだ。君の体の変化を見ても妊娠しているのはわかるし…でもここまで…動くまでに育っているとわかって…」
瞬きと共に涙が瞳から溢れ、枕へと流れる。
「はは、情けない」
そう言って恥ずかしがって顔を逸らそうとする。
体を回転させ、私の涙にルイスレーンがしてくれたように、そこに唇を寄せた。
「そんなことありません。男性にだって涙腺はあって涙は出るんです。今のように心が動いたときに自然と出る涙に罪はありません。心が豊かな証拠です」
「クリスティアーヌ」
「いつも毅然として立派なルイスレーンも素敵ですが、泣いて笑って怒って…人間らしいのも私は好きです」
ルイスレーンに対する気持ちが溢れて、軽く唇にキスをする。
「私は…いい父親になれるだろうか?」
「愛情深くてきっと素敵なお父さんになります」
「君もいい母親になるに違いない」
「ともに親としては未経験ですから、一緒に頑張りましょう」
「クリスティアーヌは…アイリとしてでもいいが、子育てについてどうしたいとかあるのか?今はとにかく無事にお腹の中で育って生まれてくれればいいというだけだが」
「そう言えば、そんな話をしたことがありませんでしたね」
ルイスレーンの言うとおり、今は出産を無事に終えることが一番大事なことだが、生まれれば待った無しで育児が始まる。
今のうちに話すのも必要かもしれない。
「ルイスレーンには、あるのですか?」
愛理の時とルイスレーンの子供時代はよく似ている。母親を幼い頃に亡くし、厳しい父のもとで乳母や家庭教師などの他人の手で育った。
その厳しさも親の愛だったと気づいたのはお互い親を失った後だった。
唯一クリスティアーヌだけが親の愛に囲まれて育ったと言える。
それでも両親は早逝し、生きていくために苦労した。
「とにかく、出来るだけ長生きしたいです。子どもたちが親を必要としなくなるまで…自分の寿命を決められることは出来ませんが」
「私もそう思う。しかし私は軍に籍を置いている身。明日にはどうなるかわからないが」
「私のためにも命は大切にしてください」
「そうだな。どんな状況でも活路を見出し最後まで諦めず、生きて君と子どもたちの所へ帰れるよう最善を尽くすよ」
ルイスレーンに縋り付くと、彼が背中を優しく撫で下ろしてくれた。
それだけで不安が払拭される。
大事な任務だとわかっていても、いつもルイスレーンの安否が気になった。自分で気をつけていても、どこでどんな風に事故などに合うかわからない。
「男の子でも女の子でもとにかく元気に素直に育ってほしい。親として子どもたちが生きていくために必要なことは何でもしてやりたい」
「でも甘やかしてはだめですよ。学ぶべきことはきちんと学ばせてあげないと…勉強が好きな子は少ないですから、言い訳をして勉強しない子になったら大変です」
「それは困るな…無理強いはしたくないが、すべきことから逃げるような子にはなってほしくない。難しいものだ」
「子育てに正解も同じものもないそうです」
ふと、優吾くんのことを思い出した。複雑な家庭環境を作ったのは私達大人だった。愛し合っていても世間では自分の母親が愛人で、父親には法律上の妻がいた。
目の前に父親の妻がいて、私がいなければ両親と自分はもっと幸せになれた筈だと恨んでいたのではないだろうか。
私が死んだ後に何があったか、ケイトリンに生まれ変わった有紗さんから聞いた話だけで、彼のことは分からずじまい。
彼が少しでも生まれてきて良かったと思える人生を歩んでくれていたらと、願わずにはいられない。
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