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番外編 その後の二人

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そこではっと目を覚ました。

「あ…」

暗闇に目を凝らし、自分が今いる場所を確認する。

カーテンが垂れ下がった寝台。微かに部屋を照らす魔石の灯り。
普段は真っ暗にしているが、暗闇でもし間違ってどこかにぶつかっては危ないと、ルイスレーンの支持で足元が見えるくらいに明かりを灯している。

前世では聞こえていたエアコンの稼働する音はなく、静けさに包まれている。

「夢…」

朝までどれくらいあるのだろう。首を巡らし窓に目を向けると、カーテンの隙間から陽の明かりはまだ洩れていない。

「…!」

窓辺近くに置いている肘掛け椅子に座っている人の影が見えて悲鳴を飲み込んだ。

「…?」

怯えながら目を凝らしてじっと影を見つめる。
影は動かず、だんだんと暗闇に目が慣れてくる。
もしかしてマディソンかマリアンヌが私のことを心配して、側についていてくれているのかと思いかけた時、影が動いた。

ギシリと椅子が微かに軋み、ゆらりと影が大きくなった。座っていた人物が立ち上がったのだ。

「……!!」
「アイリ?」

こちらに向かってくる影から離れようと身を翻した耳に、思いがけない人物の声が聞こえた。

「え…」
「すまない。起こしてしまったか?」
「ルイ…ス…レーン?」

身をこわばらせたまま首だけを巡らせ、まさかと思いながら呟いた。

寝台に近づいて来るほどに魔石の灯りが強くなり、その人の姿がくっきりと現れた。

灯りに照らされて緑とオレンジの混じり合った瞳が見つめていた。

「うそ…」
「うそ?…ひどいな」

寝台に片腕をついて上半身を傾け、顔を覗き込んできた。

「本当に…ルイスレーン?」

恐る恐る左手を伸ばし彼の右頬に触れる。夢ではあり得ない温かさが手に触れる。

「本当に、私だ。信じられないか?」

頬に触れた手をルイスレーンの大きくて硬い手が覆う。

「だって…土砂がもうすぐ取り除かれると、ついさっき聞いたばかりなのに…」

なぜ彼がここにいるのかわからない。

土砂が取り払われると聞いたのはついさっきのこと。情報に若干の誤差があるとしても、早すぎる。

「それは山へ入る時に使った道のことだ。我々は山頂を越えて道を切り拓き反対側へ降りた。かなり険しい道で遠回りしたが、何とか山を降りることができた」

降りる際に軽い怪我を負った者はいたが、誰も失うことなく全員無事に麓の村に戻ってきたと教えてくれた。

「ちょうど道が開通する直前にたどり着いた。その前に殿下が王都に知らせを送ったばかりだから、情報をすぐに伝わらなかったんだろう。それから二日ほど村で休息を取ってから数人の部下と戻ってきた」

王族の移動は簡単にはいかない。アンドレア殿下の移動は周りの人たちの注目を浴びる。今回の災害についての労いや、復興に協力してくれた町や村に感謝を伝えながらの移動になる。
急いでもそれなりの日数はかかることを覚悟しなければならない。
ルイスレーンの不在は後発部隊の指揮官が補ってくれるそうだ。

「無事は信じていましたけど、心配しました」
「心配かけたね」

ルイスレーンが両手で私の顔を挟んで額を擦り合わせる。

石鹸の薫りが鼻孔を擽り、まだ少し髪が湿り気を帯びている。髭はもともと濃い方ではない人だけど、剃刀をあてたばかりですべすべしている。少し前に帰宅したのだろう。

「朝まであそこで座って過ごすつもりだったのですか?」

いくらいい椅子でもルイスレーンの体格では窮屈なはずだ。

「寝ている君を起こすのはしのびなくて…」
「でも、一秒でも早く『おかえりなさい』と言いたかったわ」

まだ目の前にルイスレーンがいるのが信じられなくて、彼の顔から首、肩、腕などを撫で回す。軽く羽織った夜着の袷から彼の素肌に触れる。
硬い筋肉が手触りのいい皮膚の下に感じられる。
彼の体が微かに震えた。

「暫く合わないうちに随分大胆になった」
「夢でないことを確認しているんです。どこも怪我はないですか」
「君が心配するほどの怪我はないが、疑うなら確かめてみてくれ」

上半身を伸ばし膝立ちになり着ていた上着を脱ぐ。
灯りに照らされてルイスレーンの裸に陰影が浮かび上がる。
手を伸ばし、以前からある傷を指でひとつずつなぞっていく。

「少し…痩せましたね」

もともと贅肉は殆ど無い体が、更に引き締まっている。特にお腹の辺り鳩尾からお臍、腰回りの脂肪がない。

「何しろ十五人の集団で一週間山の中を行軍したんだ。山には食糧になる木の実やきのこがあり、小動物がそこそこいたが、それでもお腹いっぱい食べられるほどの量は採れないから」

何でもないことのように聞こえるけれど、かなり過酷だったのだろうと思う。

「後ろを向いて」
「まだ納得できない?」

前面には古傷以外の真新しい傷は見られなかった。
笑いながらも私の言うとおり体を捩って背中をむけてくれた。
普段じっくり見ることのないルイスレーンの大きくて広い背中。肩甲骨から背骨に沿って手を滑らせた。

「どうだ? 納得したか?」

肩越しにこちらをこちらを見たルイスレーンが訊ねた。

「はい」
「そうか…なら、今度はこっちの番だ」

そう言うが早いかルイスレーンが体の向きを変え、私の肩を引き寄せ唇を重ねた。
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