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番外編 その後の二人

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一瞬の出来事だった。
マディソンが触れた時にはもう動かなかった。

それでも確かに感じた。

「もう一度うかがいます。確かに感じたのですね」
「ええ、確かよ」

マディソンが疑うのもわかる。ずっと胎動がないことを私が気に病んでいたため、あったと思い込んだのだという可能性もある。

「気のせいかもと、私も思ったわ。でも間違いないわ」

胎動がどんなものか私は知らない。勘違いではと問われればそれまで。
でも確信はあった。

「…でも、今は感じない」
「そうですね。クリスティアーヌ様がそう仰るなら、確かにそうなのでしょう。そんなに落ち込まないでください。きっとまたすぐに起きるでしょう」

マディソンがせり出しつつあるお腹に目を向ける。

「でも、旦那様より私の方が先にお子様達が動くのを確認してしまったら、それはそれで畏れ多いと思ってしまいますから、今回はこれで良かったのかもしれません」

「そんなことでルイスレーンは怒ったりしないわ」

そういいつつも、ルイスレーンが私のお腹に触れ子どもたちが動くのを確認したら、あの瞳はどんな風な色を見せてくれるかと想像すると、堪らなく胸が騒いだ。

「取り敢えず、ベイル先生とスベン先生にはご報告しておきます」
「ありがとう」

先生たちの話が出て、ラジークさんは眠れるようになったのだろうかと、ふと気になった。

今一番気がかりなのはルイスレーンと、その部下たちの安否。同じくらい子どもたちのことも気になるが、ルイスレーンたちのことは陛下たちも動いてくれている。
心配のあまり私と子どもたちに何かあったとなれば、ルイスレーンは我が身を呪うことだろう。

ラジークさんのことは私が心配するべきことではない。そう思いながらも、眠れず悪夢に支配される夜が続く辛さは経験があるだけに心配になる。

ルイスレーンと一年目の式を挙げてからあまり見なくなった過去の出来事が再び顔を見せ始めたのもだからなのだろうか。

その次の日も、陛下が新たな救助隊を出動させたという情報以外はルイスレーンたちのことについて何の動きもなかった。

「胎動があったと聞きました」

スベン先生が駆けつけてきたのは胎動を感じた日の翌日の夕刻だった。

「ベイル氏は診療所の方で何やら重病人が出たとかで、モアラ殿はぎっくり腰になったそうだ」

一人で来たことについて説明してくれる。

「ラジークさんは?」

彼について説明がなかったことに疑問を感じて訊ねると、スベン先生が難しい顔を見せた。

「何やら本人の具合が悪くなったらしい。詳しくはわかりません」
「まあ…」

終にというか、あのままの状況が続けばそうなると思っていた。

「本人は心配させたくないので、このことは奥様には黙っていてほしいと。だから知らない振りをしてください」
「そんなに深刻なのですね」
「それはそれで心配ですが、奥様は御身とお子様達のことに加え侯爵のことも気がかりでしょう。彼も医師の端くれ、王宮にも彼のことを診てくれる者はおります。あまり色々と心配ごとを抱えられない方がよろしいかと思います」

スベン先生の言い分はもっともだ。知人すべてのことを心配していては身が持たない。

「慣れない異国で無理がたたったのでしょう。どこかが悪いというわけではなさそうですから、ゆっくり休養を取れば良くなる筈です」
「そうね。先生の仰るとおりです」
「さあ、話はこれくらいにして診察をさせてください」

スベン先生は丁寧にあちこち診察を始めた。

「胎動は…やはり確認できませんが、問題はなさそうです。食事はきちんと取れていますよね」

質問ではなく確認だった。

「そこは大丈夫です」

マリアンヌが代わりに答える。

「旦那様の代わりにはなりませんがクリスティアーヌ様のことは私達がお守りします」

「頼もしいですね」

「ええ、本当に…頼りになります」

心からそう思う。
私以上に私を気遣ってくれる人がいることの安心感を感じる。

「悪阻もおさまって食欲が出てくる頃ですが、塩気のあるものは控え、好き嫌いなく色々なものを少しずつ食べるようにしてください。運動もお庭を散歩するなど軽めのもので、動かないのもかえって悪い。しかし少しでもいつもと違う違和感を感じたらすぐに連絡してください」

「わかりました」

「ブロンソンにも伝えます」

既にブロンソンには私が何をどれだけ食べたか毎食記録するように言ってある。さらに付け加える項目が出来て申し訳ない。

でもそれを言えば使用人が主のために尽くすのは当たり前だと言われるのがわかっているので、何も言わなかった。

「侯爵のご無事を私もベイルも信じています」

先生はそう言って帰って行った。
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