251 / 266
番外編 その後の二人
31
しおりを挟む
ルイスレーンに手紙を書いてから五日後。
あれ以来ラジークさんが訪ねてくることはなく、私の体調も特に異変もなく順調に思えた。
今日はニコラス先生たちの診察日だった。
「こんにちは、ニコラス先生、スベン先生、モアラさん」
「こんにちは。クリスティアーヌ様、お加減はどうですか」
「ありがとうございます。今の所特に問題はありませんわ」
六日前に貧血を起こしたが、特に問題はなかった。それにラジークさんは少し遅れると言ってまだ来ていない。
「少し前に貧血を起こされたと聞きましたが」
ニコラス先生がにこやかに言ったが目が笑っていない。
「え、あ…はい」
「運良くラジーク氏が訪れたらしいが、些細なことでも過信は禁物。我々がこうやって診察に来ている理由をお忘れではありませんよね」
厳しい物言いだったが、私達のためを思ってくれているのだから何も言えない。
「すいません」
「幸い深刻な事態の兆候ではなさそうだと言うことでしたが、子どもは母親から栄養ももらって日々成長しています。その上お腹の子は二人。単胎の妊娠よりさらに注意が必要です」
「はい、承知しております」
「これからは毎食何を食べたか記録を録り、報告していただきます」
「厨房にもそのように伝えます」
マディソンが答えた。
「遅れて申し訳ございません」
そこへラジークさんがやってきて、三人の気がそれた。
ほっとして彼の方を見て驚いた。
「ラジークさん…どうかされたのですか」
彼は五日前に会ったときよりやつれて、顔色も悪く、目の下には隈ができていた。
一体何があったのかと他の三人を見たが、彼らも驚いている。
「そんなに…酷いですか」
「酷いとか…クリスティアーヌ様よりまずそちらの方が心配になる」
ニコラス先生が言うと皆がそれに同意して頷く。
「医者の不摂生という言葉をご存知ですか? 今の貴方がまさにそうです。貴方はどちらかと言えば研究者寄りでしょうが、それでも人の健康を預かる者が自身の体調管理もできないなら本末転倒です。具合が悪いならそうおっしゃってくれれば、今日は無理に来ていただかなくても良かった」
厳しい言い方。でもニコラス先生は言葉は悪くても心から心配しているのがわかる。
「ニコラスの言うとおりです。何か深刻な状態なら私達が診ましょうか」
「すいません…こんな風に皆様にご心配をおかけするとは思っておりませんでした。クリスティアーヌ様…侯爵夫人の診察なのに」
私の診察のためにやって来て、自分に注目されてたじろいでしまっている。
「どこか悪いわけではなく…ただ、眠れないだけなのです」
「睡眠不足ですか…いつから」
「かれこれ五日…その少し前からも時々あったのですが、こちらに来てからだったので、環境が変わったせいで緊張しているのかと思っておりました」
「五日前…」
それは最後にここに来た頃だと思った。
そこに何か関係があると断定は出来ないが、否定も出来ない。彼の心情に何があったのかはわからないが、心意的なものならその原因は何なのだろう。
「環境の変化はあり得ることだ。しかしその状態では倒れるのも時間の問題だろう」
「あの、薬に頼るのはどうでしょう。医者でもない私の意見ですが」
モアラさんが当たり前だが、一番確実な方法を提案する。
「実はすでに一度試しました。昔も何度か服用したことがありますから。ですが、逆に悪夢と寝苦しさが増しただけでした」
「さようですか…」
「悪夢とはどんなものなのですか?」
かつて忘れていた過去の出来事が夢に出て、夢遊病となり気づけばクローゼットなどにいたことを思い出す。
ルイスレーンがうなされていた私を起こしてくれなかったら、私もラジークさんのようになっていた。
私の話を辛抱強く聞いてくれたルイスレーン。
おかげで私は悪夢を見なくなったが、ラジークさんに私にとってのルイスレーンのような存在がいるのとは思えない。
「申し訳ございません。侯爵夫人の診察なのに私ごときのことで皆様にご心配をおかけしました。ですが、私のことは大丈夫です。お気になさらないでください」
「大丈夫と言っても…」
「気にはなります。そもそも環境が変わっただけでそんなになりますか」
「健康を保つには睡眠が大切です。それから栄養てす」
モアラさんは母性が働いたのか、一度ご馳走するから自分のところに来いと誘う。
どうやら彼女は世話を焼くのが好きらしく、色んな人の面倒をこれまでも見てきたらしい。
さっそく今日の帰りに寄る約束をラジークさんに取り付け、ようやく満足した。
「それでは全員揃ったところで、診察を始めましょうか」
あれ以来ラジークさんが訪ねてくることはなく、私の体調も特に異変もなく順調に思えた。
今日はニコラス先生たちの診察日だった。
「こんにちは、ニコラス先生、スベン先生、モアラさん」
「こんにちは。クリスティアーヌ様、お加減はどうですか」
「ありがとうございます。今の所特に問題はありませんわ」
六日前に貧血を起こしたが、特に問題はなかった。それにラジークさんは少し遅れると言ってまだ来ていない。
「少し前に貧血を起こされたと聞きましたが」
ニコラス先生がにこやかに言ったが目が笑っていない。
「え、あ…はい」
「運良くラジーク氏が訪れたらしいが、些細なことでも過信は禁物。我々がこうやって診察に来ている理由をお忘れではありませんよね」
厳しい物言いだったが、私達のためを思ってくれているのだから何も言えない。
「すいません」
「幸い深刻な事態の兆候ではなさそうだと言うことでしたが、子どもは母親から栄養ももらって日々成長しています。その上お腹の子は二人。単胎の妊娠よりさらに注意が必要です」
「はい、承知しております」
「これからは毎食何を食べたか記録を録り、報告していただきます」
「厨房にもそのように伝えます」
マディソンが答えた。
「遅れて申し訳ございません」
そこへラジークさんがやってきて、三人の気がそれた。
ほっとして彼の方を見て驚いた。
「ラジークさん…どうかされたのですか」
彼は五日前に会ったときよりやつれて、顔色も悪く、目の下には隈ができていた。
一体何があったのかと他の三人を見たが、彼らも驚いている。
「そんなに…酷いですか」
「酷いとか…クリスティアーヌ様よりまずそちらの方が心配になる」
ニコラス先生が言うと皆がそれに同意して頷く。
「医者の不摂生という言葉をご存知ですか? 今の貴方がまさにそうです。貴方はどちらかと言えば研究者寄りでしょうが、それでも人の健康を預かる者が自身の体調管理もできないなら本末転倒です。具合が悪いならそうおっしゃってくれれば、今日は無理に来ていただかなくても良かった」
厳しい言い方。でもニコラス先生は言葉は悪くても心から心配しているのがわかる。
「ニコラスの言うとおりです。何か深刻な状態なら私達が診ましょうか」
「すいません…こんな風に皆様にご心配をおかけするとは思っておりませんでした。クリスティアーヌ様…侯爵夫人の診察なのに」
私の診察のためにやって来て、自分に注目されてたじろいでしまっている。
「どこか悪いわけではなく…ただ、眠れないだけなのです」
「睡眠不足ですか…いつから」
「かれこれ五日…その少し前からも時々あったのですが、こちらに来てからだったので、環境が変わったせいで緊張しているのかと思っておりました」
「五日前…」
それは最後にここに来た頃だと思った。
そこに何か関係があると断定は出来ないが、否定も出来ない。彼の心情に何があったのかはわからないが、心意的なものならその原因は何なのだろう。
「環境の変化はあり得ることだ。しかしその状態では倒れるのも時間の問題だろう」
「あの、薬に頼るのはどうでしょう。医者でもない私の意見ですが」
モアラさんが当たり前だが、一番確実な方法を提案する。
「実はすでに一度試しました。昔も何度か服用したことがありますから。ですが、逆に悪夢と寝苦しさが増しただけでした」
「さようですか…」
「悪夢とはどんなものなのですか?」
かつて忘れていた過去の出来事が夢に出て、夢遊病となり気づけばクローゼットなどにいたことを思い出す。
ルイスレーンがうなされていた私を起こしてくれなかったら、私もラジークさんのようになっていた。
私の話を辛抱強く聞いてくれたルイスレーン。
おかげで私は悪夢を見なくなったが、ラジークさんに私にとってのルイスレーンのような存在がいるのとは思えない。
「申し訳ございません。侯爵夫人の診察なのに私ごときのことで皆様にご心配をおかけしました。ですが、私のことは大丈夫です。お気になさらないでください」
「大丈夫と言っても…」
「気にはなります。そもそも環境が変わっただけでそんなになりますか」
「健康を保つには睡眠が大切です。それから栄養てす」
モアラさんは母性が働いたのか、一度ご馳走するから自分のところに来いと誘う。
どうやら彼女は世話を焼くのが好きらしく、色んな人の面倒をこれまでも見てきたらしい。
さっそく今日の帰りに寄る約束をラジークさんに取り付け、ようやく満足した。
「それでは全員揃ったところで、診察を始めましょうか」
6
お気に入りに追加
4,253
あなたにおすすめの小説
西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~
雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。
元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。
※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。
召喚されて異世界行ったら、全てが終わった後でした
仲村 嘉高
ファンタジー
ある日、足下に見た事もない文字で書かれた魔法陣が浮かび上がり、異世界へ召喚された。
しかし発動から召喚までタイムラグがあったようで、召喚先では全てが終わった後だった。
倒すべき魔王は既におらず、そもそも召喚を行った国自体が滅んでいた。
「とりあえずの衣食住は保証をお願いします」
今の国王が良い人で、何の責任も無いのに自立支援は約束してくれた。
ん〜。向こうの世界に大して未練は無いし、こっちでスローライフで良いかな。
R15は、戦闘等の為の保険です。
※なろうでも公開中
幼子は最強のテイマーだと気付いていません!
akechi
ファンタジー
彼女はユリア、三歳。
森の奥深くに佇む一軒の家で三人家族が住んでいました。ユリアの楽しみは森の動物達と遊ぶこと。
だが其がそもそも規格外だった。
この森は冒険者も決して入らない古(いにしえ)の森と呼ばれている。そしてユリアが可愛い動物と呼ぶのはSS級のとんでもない魔物達だった。
「みんなーあしょぼー!」
これは幼女が繰り広げるドタバタで規格外な日常生活である。
【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで
あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。
連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。
ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。
IF(7話)は本編からの派生。
【悲報】恋活パーティーサクラの俺、苦手な上司と遭遇しゲイ認定され愛されてしまう
grotta
BL
【本編完結】ノンケの新木は姉(元兄)の主催するゲイのカップリングパーティーのサクラとして無理矢理参加させられる。するとその会場に現れたのは鬼過ぎて苦手な上司の宮藤。
「新木?なんでお前がここに?」
え、そんなのバイトに決まってますが?
しかし副業禁止の会社なのでバイトがバレるとまずい。なので俺は自分がゲイだと嘘をついた。
「いやー、俺、男が好きなんすよ。あはは」
すると上司は急に目の色を変えて俺にアプローチをかけてきた。
「この後どう?」
どう?じゃねえ!だけどクソイケメンでもある上司の誘いを断ったら俺がゲイじゃないとバレるかも?くっ、行くしかねえ!さよなら俺のバックバージン……
しかも上司はその後も半ば脅すようにして何かと俺を誘ってくるようになり……?
ワンナイトのはずがなんで俺は上司の家に度々泊まってるんだ?
《恋人には甘いイケメン鬼上司×流されやすいノンケ部下》
※ただのアホエロ話につき♡喘ぎ注意。
※ノリだけで書き始めたので5万字いけるかわからないけどBL小説大賞エントリー中。
いつか終わりがくるのなら
キムラましゅろう
恋愛
闘病の末に崩御した国王。
まだ幼い新国王を守るために組まれた婚姻で結ばれた、アンリエッタと幼き王エゼキエル。
それは誰もが知っている期間限定の婚姻で……
いずれ大国の姫か有力諸侯の娘と婚姻が組み直されると分かっていながら、エゼキエルとの日々を大切に過ごすアンリエッタ。
終わりが来る事が分かっているからこそ愛しくて優しい日々だった。
アンリエッタは思う、この優しく不器用な夫が幸せになれるように自分に出来る事、残せるものはなんだろうかを。
異世界が難病と指定する悪性誤字脱字病患者の執筆するお話です。
毎度の事ながら、誤字脱字にぶつかるとご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く可能性があります。
ご了承くださいませ。
完全ご都合主義、作者独自の異世界感、ノーリアリティノークオリティのお話です。菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
小説家になろうさんでも投稿します。
振られたから諦めるつもりだったのに…
しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。
自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。
その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。
一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…
婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる