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番外編 その後の二人

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翌朝には雨も風も止み、雲ひとつない青空が広がっていた。
ラジークさんは昨夜言った通り朝には邸を出て行った。
ダレクがそれを見送った。

「クリスティアーヌ様も、お茶のおかわりはいかがですか」
「ありがとう。お願いするわ」
「またお読みになっているのですか」

庭の木々や花に溜まった雨の雫がキラキラと陽光に照らされて輝くのを庭に張り出したテラスから眺めながら、ルイスレーンから届いた手紙を読み返していた。

「お返事はお書きにならないのですか」

「書こうとは思うのだけど…」

まだ胎動が感じられないお腹に触れる。
ルイスレーンは部下に指示だけだしてふんぞり返る人ではない。
きっと土に塗れ汗を流して皆とともに救助に当たっているだろう。
手紙を書き出せば、会いたいと思う気持ちが溢れてしまう。
頑張っている彼にそんな甘えを押し付けるのはわがままな気がして、書く言葉がみつからない。

「素直な気持ちをお書きになればよろしいのです。どんな言葉であれ、奥様からのお手紙であれば旦那様はお喜びになられますよ」

「そうかしら…」

「ええ、先のカメイラとの戦の折に奥様が送られた手紙は今でも大切に保管されていますもの」

直接会って話ができるとつい手紙は書かなくなる。
ニ、三日の遠征ならあえて手紙を書くことはないが、今回は長期になるのはわかっている。
マディソンに背中を押され手紙を書いた。

『愛しい夫 ルイスレーンへ

お元気ですか? そちらの復興状況はどうですか?
軍での野営は慣れていらっしゃるかも知れませんが、不自由はされていませんか。
夕べ王都では雨と風が激しく、稲妻が光り嵐でした。』

そこまで書いて一度書くのを止めた。

雨と風が激しく窓を叩き稲光が辺りを照らし出し、雷鳴が轟いたあの瞬間、一瞬私は過去の記憶に占領された。

クリスティアーヌとしての人生を重ねるに連れ、愛理の人生の記憶は漂流物が波に攫われ沖へと流されるように遠ざかって行った。
けれど不意に押し戻されてくる。

きっかけは嵐だとわかっている。

愛理が息を引き取った台風の夜を彷彿させるあの嵐が、記憶を引き戻した。

でもどうして「あの子」のことを思い出したのか。「あの子」との思い出など私には殆ど無い。
広い家とは言え、そこは限られた空間なので「あの子」のことは時折見かけた。
近所で見かける子たちと違い、子どもらしく元気に笑う声を聞いたことがなかった。

有私のせいで「愛人の子」と学校で苛められていると母親である有紗さんに責められたことがある。

私との政略結婚で本来結ばれるべき彼女とあの人が結婚できず、彼女たち親子は日陰の身となった。

私から見れば戸籍の上だけの名ばかりの妻でしかない私より、心で繋がっている彼女が羨ましかったが、有紗さんが求めるものは私と違ったようだ。

物思いからルイスレーンの手紙に意識を戻し、残りを書き上げた。

『私は元気です。周りが気を使いすぎるくらいで、すっかり甘やかされています。
お腹の子どもたちも特に問題もなく順調です。
お仕事で大変なことはわかっています。とても意義のあるお仕事だということも。
でも、夜中にふと目を覚まし、隣にあなたがいないことを実感すると、あなたが恋しくて堪らない。あなたの存在を感じるものを探してはあなたを思っています。
あなたが読んで聞かせてくれた本。あなたとダンスを踊った音楽室。あなたの使っていた机。あなたの着ていたもの。あなたからの手紙。ここはあなたの存在が色濃く残り、何を見てもあなたを思い出します。一番のお気に入りはあなたと私が描かれた肖像画のある廊下です。
リンドバルク侯爵家の先祖の方々を一番古い方から眺めて行き、最後に私とあなたに辿り着く。
そしてそこに椅子を置いて、お腹を擦りながら陽が落ちるまで眺めています。
わがままだとわかっています。こんな弱音を吐いてあなたを困らせてしまうこともわかっています。
でもマディソンに、時には我慢せずに素直な思いを書くべきだと言われ、筆を取りました。
会いたいです。
この邸であなたと過ごした場所であなたとの思い出を振り返り、愛しく思う気持ちを募らせています。
愛しています。無事にお戻りになる日を一日千秋の思いで待っています。
クリスティアーヌ』

書き終えた手紙を封筒に入れ、熱を染み込ませるように一度胸に抱き締めた。

それから砂糖がかかったラスクとビスコッティ、キャラメルをたくさん作り、ルイスレーンに届けてもらうようお願いした。

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