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番外編 その後の二人

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私のことが気になるという言葉はどういう意味だろう。

患者だから気になる?
それとも他に理由があるの?

「それは…」

理由を訊くのが怖い。

「奥様、そろそろお休みになられてはいかがですか? ラジーク様もお部屋をご用意いたしましたからお休みください」

マリアンナが話を強制的に打ち切った。

「そうですね。あまりご無理なさってはいけません。何から何までお気遣い頂き痛み入ります。部屋へ案内していただけますか」

「ルミア、お客様を客間へ案内してさしあげて」

マリアンナが声をかけると若いメイドが入ってきた。

「お先に失礼いたします」

ラジークさんは私の前に来ると、深々と頭を下げた。

「急なことで十分なもてなしはできませんが、ゆっくりお休みください」

「ありがとうございます。嵐が止んでいれば早朝にお暇いたしますので、挨拶は今させていただきます。お世話になりました」

「お気をつけて」

もう一度頭を下げてラジークさんは部屋を出て行った。

「奥様、僭越ながら申し上げます。あまりあの方とお二人だけで会われない方がよろしいかと」

マリアンナが何を警戒してそう言ったのかわからないほど世間知らずではない。

「特に今は旦那様が不在です。頻繁に特定の男性が出入りしていることを疑われたら、奥様の名誉が傷つきます」

「ありがとう、マリアンナ」

何ら恥じるところはなくても、噂というのは勝手に独り歩きするものだ。

「今日のところはあの方のお陰で奥様をお救いすることができましたので、私もこれ以上のことは申し上げないつもりです」
「わかっているわ。でも、あの方の助けなしでは私も無事に出産できるか不安なので、これからはニコラス先生たちが一緒にいる時以外は会わないようにします」
「その方がよろしいかと、私も思います。ところで、お夕食がまだでしたね。お子様たちのためにもきちんと栄養は取られないといけません。何か軽めのものをお作りしましょうか」
「そうね。せっかく用意してくれたのに、ブロンソンたちには悪いことをしたわ。それでなくても旦那様がいらっしゃらないから私だけでは作る量も少ないでしょ、張り合いがないのではないかしら」
「そのようなことで気を使われる必要はありません。彼らも奥様のことを心配しておりました。何か食べたいものはございますか」
「なんでもいいわ。ブロンソンの作るものは何でも美味しいから」
「わかりました。お部屋にお持ちしますから、先にお部屋に参りましょう。マーシー、ここを片付けて、ブロンソンに奥様の夜食を作るように伝えてきて」

マーシーが呼ばれて入ってきて、心配そうな顔で私を見る。

「奥様、大丈夫ですか?」
「ありがとう、皆に心配ばかりかけるわね」
「私達は皆、奥様が大好きです。奥様の作るお菓子も。旦那様も以前は恐ろしい方だと思っておりましたが、奥様といらっしゃる旦那様はとても素敵だと思います。ここにお仕えできて幸せです」
「マーシー、はしたないですよ」
「すいません、マリアンナさん。でも、嘘ではありません」
「ありがとう。私もここで働く皆のことがとても大切よ」

かつて感じた孤独はここには存在しない。
ルイスレーンは今はいないが、この邸には彼の存在が常に感じられる。

彼と結婚式を上げた礼拝堂。ダンスを踊った広間。何度も食事を共にした食堂。書斎でも色々な話をした。保育園の設備や運営について話す私の話に耳を傾けてくれた。侯爵家の領地や資産について二人で知恵を出し話し合いもした。
最近は子ども部屋をどう飾るかが専らの話題だった。
そして幾度も肌を重ねた二人の部屋。

感情で色味が変わるルイスレーンの瞳の色。

緑がより深くオレンジがより鮮やかになるのは、彼が最も昂った時だ。二人がひとつに繋がり昇りつめたとき、オレンジはまるで飛び散る火花のように輝く。
そして達成感を味わった時、緑は澄んだ湖の水面のように深い色に変わる。
この上ない満足感で満たされた彼のあの表情を知るのは私だけだと思うと、顔がにやけてしまう。

妊娠が分かってからも褥を共にしていたが、体の関係はご無沙汰だった。

妊娠中も気をつければそういうことも出来ることは知っているが、いつから出来るのかわからない。

「クリスティアーヌ様、先にお着替えをなさいますか?」
「あ、そうね…そうするわ」

ルイスレーンのことを日に何度も思い出す。
彼との思い出は幸せな思い出と言える。
でも今が幸せな分、愛理の人生やルイスレーンと結ばれる前のクリスティアーヌの人生が浮き彫りになってくるのも事実だった。

マリアンナに手伝ってもらって寝支度を先に済ませ、ブロンソンが用意してくれたアスパラガスのポタージュとベーコンとほうれん草のオムレツ、焼き立てのパンを食べた。デザートはりんごのコンポートにバニラアイスが添えられていた。

食事を終えてマリアンナたちが引き上げた頃、ようやく雨足が衰えだし、雷も止んでいた。

寝台に横たわりながら、ルイスレーンのいる所は大丈夫だろうかと思いながら、いつしか眠りに落ちていた。
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