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番外編 その後の二人

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「クリスティアーヌ様…」

目を開けると、目に涙を溜めたマリアンヌが私を覗き込んでいた。

「マリアンヌ?」

首を動かして辺りをキョロキョロ見渡すと、そこはリンドバルク家の私の寝室だった。

ルイスレーンと共に使う主寝室ではなく、初めに私が使っていた部屋だ。

「ああ、良かった…」

マリアンヌは力が抜けたのかその場にくず折れるようにへたりこんだ。

「マリアンヌ、だ、大丈夫!?」

慌てて起き上がって、彼女を上から見下ろした。

「よ、良かった…もう、どうしたらいいかと」

涙ぐむマリアンヌを見て私が何かやらかしたとわかった。

「な、何があったの…あら、そう言えば…」

確か執務室で仕事を片付けていて、一段落したからと窓から空を見上げていたのを思い出した。

「私がお客様を案内してきてみたら床に倒れられていたんですよ」

まだ目尻に涙を溜めながらマリアンヌが倒れている私を見たときの驚きと恐怖を語った。

「そう…驚かせてごめんなさい」

荒れた外の様子を見ていて、前世の嫌な記憶が蘇ったことを思い出した。
時折どちらが現実なのかわからなくなってくる。

自分が死んだ後、あの人と彼女に何があったのかは聞いたが、二人の子どもだったあの子のことはわからないままだ。

愛理が亡くなった頃には小学校に入学したくらいだった。

有紗が死んだのはそれから何年後のことかはわからない。
もし成人していなかったとしたら、あの子はどうやって生きたのだろう。
どうして彼のことを思い出したのか。
理由は何となくわかっていた。
私も親になる。
愛理はなれなかったが、いつか母親になるものだと思っていたしなりたかった。
前世では得ることのできなかったもの。
あの子とは挨拶すらろくにしなかった。
あの二人、特に有紗さんが私とあの子が同じ空間にいることを嫌っていたからだ。
だから、あの複雑な状況を彼がどう思っていたか私にはわからない。
ただひとつ思うこと。
あの子は幸せだったのだろうか。
あの子は自分が生まれてきたことを喜び、人生を楽しんでいたのだろうか。

「そう言えば、お客様がいらしたって」

マリアンヌの言葉を思い出た。

「はい。以前もいらした、ラジーク氏です」
「ラジークさん」

昨日王宮で顔だけ会わせた彼の姿を思い浮かべる。

「お一人で?」

事前に来ることを教えてほしいと言ったのに何故また突然やって来たのか。

「はい。ですが、あの方は医師の資格をお持ちなのでクリスティアーヌ様のことも診ていただくことはできました」
「そう。それで診察の結果は?」
「貧血だそうです。それにかなり心臓の動きも速くなられていたそうです。妊娠の影響もあるでしょうが何かございましたか?」

あの時のことをどう説明いたらいいか。
でもマリアンヌは愛理がどうして亡くなったか知っている。夫だった人にどのような扱いを受けたのかも。

「突然の雷に驚いて…それに嫌なことを少し思い出したの。私が亡くなったのもそんな天気の日だったから」
「まあ…」

私というのは愛理のことだとマリアンヌは察した。
死んだ時の記憶など気分のいいものではない。マリアンヌの顔が見る間に崩れ、その目に涙が浮かんだ。

「お辛かったでしょう」
「大丈夫よ。今は幸せだから」

この世界には私を気にかけ大事にしてくれる人がたくさんいる。何より私の愛情を求めてくれる人がいる。愛する人に愛される喜びをクリスティアーヌになって経験することができた。

「それで、ラジークさんは?」

どれくらいの間寝込んでいたのかわからない。とっくに帰ってしまっているのだろう。

「いえ、それが今は応接室でお待ちいただいております。お目覚めになるまで待つとおっしゃって。天候も荒れておりましたし、この中をお帰りいただくのも危ないので、私共の独断ですいません」

外はまだ雨風がきつい。この中を馬車で走らせるのは無謀なことだ。

「いいえ、賢明な判断よ。ラジークさんを無理にお引き止めしたのでなければ、この天気でお帰りいただいては申し訳なかったわ」

「お会いになられますか?」

「ええ」

私室に彼を招き入れることはできないので、私が応接室まで行く必要があった。
昼間のワンピース、髪だけ梳かし体裁を整えるのを手伝ってもらい、マリアンヌと共に応接室へと向かった。

「お加減はよろしいのですか?」

マリアンヌと共に入っていくと、わざわざ立ち上がって側まで駆け寄ってきた。
私を見て安堵している。かなり心配させたみたいだ。
彼はなぜこんなに頻繁に私に会いに来るのだろう。
私が彼の患者だからだろうか。それとも他に理由があるのだろうか。
一度彼に聞く必要があると思った。
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