244 / 266
番外編 その後の二人
24
しおりを挟む
急いで帰宅するとルイスレーンからの手紙が我が家にも届いていた。
「クリスティアーヌ様、先にお召し替えを…」
「うん、でも…」
すぐにでも手紙を読もうとする私にマリアンナがまずは着替えてからと止めた。
「ゆっくり落ち着いて読まれたほうがいいですよ」
そう言われて渋々従った。
「本当に以前旦那様が戦地に赴かれていた時とは雲泥の差ですね」
「あ、あの時は…ルイスレーンのことをよく知らなかったから…」
それは私も思う。読むことができず引き出しに何ヶ月も仕舞ったままだった手紙。
ようやく読んだのは愛理になってからだった。
「さあ、お召し替えが終わりました。お茶もご用意しましたからお夕食までごゆっくりなさってください」
「ありがとう」
マリアンナたちが出ていくのを待てず慌てて椅子に座って封を開けて手紙を読んだ。
『拝啓 愛しの我が妻クリスティアーヌ』
「愛しの…」
最初の一行でもう愛しさが溢れてきた。
『体調はどうですか。熱など出していませんか。食事はきちんと取っていますか。夜は眠れていますか』
「やだ質問ばっかり…それに小さい子に訊くみたいなことね」
ルイスレーンが私のことを思ってくれているのがわかり、ぐっときた。
ルイスレーンと気持ちを通じ合ってからずっと一緒に寝ていたので、独り寝の寝台は広くて寂しかった。あまりに寂しくて変態だと思いながらルイスレーンの匂いがするシャツを抱き締めて寝ていたが、さすがに匂いはもうしない。
『グルジーラまでの道中は殆ど雨も振らず順調だった。美しい景観の場所が数多くあって、不謹慎だがいつか君を連れて共に眺めたいと思った』
「ルイスレーン」
彼と一緒ならどこでも楽しい。二人で眺めた街はずれの小高い丘からの景色を思い出す。今度ギオーヴさんと一緒に行ってみよう。
『現地はかつて何度か訪れたことがあったが、まるで様変わりしていた。
多くのものが流され、土に埋もれた家の一部が見えた時には人は大自然の力の前では為す術もないということを実感した』
その辺りの文字を書く筆圧が濃くなっている。ルイスレーンの悔しさが伝わってきた。
『被害のあった場所から少し離れた安全な場所に陣地を張り、家を失った人たちが身を寄せている教会や領主の館をアンドレア殿下と訪問した。その際に子どもたちにキャラメルを上げたら、皆満面の笑みで喜んで食べてくれた。子どもたちが喜ぶのを見て周りの大人たちにも少しだが笑顔が垣間見えた。子どもというのは本当に素晴らしいものだ。子どもたちが笑っていられる生活を維持し護るのが我々の責務だとアンドレア殿下も仰っていた。私もそれには同意する。私と君の子どもたちにも常に笑顔でいてほしいと切実に思った。そのために子どもたちに恥じることない人間でいなければいけないな』
手紙を読むうちに涙が滲み出てルイスレーンの書いた文字が滲んでくる。
彼の手紙はまだ続いていた。
実務的な指示書や報告書以外の手紙を書くのは苦手だったはずなのに、書きたい気持ちが溢れてペンを走らせたのが伝わってくる。
『遠く離れて思うのは君とまだ見ぬ子どもたちのことだ。子を体内に宿し育む母親と違い、父親は生まれるまで子どもの存在に実感がない。それが寂しくもあり、母親の君を羨ましく思う。目の前でキャラメルを口にして目を輝かせている様々な年齢の子どもたちを見ると、あの子の年齢になったら武術を教えよう。あの子と同じくらいになったら一緒に馬に乗って遠乗りに行こう。子どもたちと一緒にしたいと思うことが次々と頭に浮かんでくる』
ルイスレーンが子どもたちとの未来を色々想像し、その誕生を心待ちにしてくれている。
その思いが伝わってきてせつないくらいに彼に会いたくなった。
『エリンバウアの貴族として人々を護りたくて軍に入った。今目の前にいて家を失い近しい人を失い、助けを必要としている人達を何とかして救いたい。しかし、君が恋しくて堪らない。君を抱き寄せ君に触れ、君の声を聞きたい。何度も君を抱く夢を見る』
私も彼が恋しい。彼を思うと胸が、お腹の奥が、脚の間の部分が疼く。
『数週間で一度戻ることになる。ニコラス先生たちの言うことをよく聞いてくれぐれも無茶をしないように。君と子どもたちに幸あらんことを祈る』
「ルイスレーン…お待ちしています。どうかご無事で」
日が落ちて辺りが暗闇に包まれていく中、私は彼からの手紙を何度も読み直した。
「クリスティアーヌ様、先にお召し替えを…」
「うん、でも…」
すぐにでも手紙を読もうとする私にマリアンナがまずは着替えてからと止めた。
「ゆっくり落ち着いて読まれたほうがいいですよ」
そう言われて渋々従った。
「本当に以前旦那様が戦地に赴かれていた時とは雲泥の差ですね」
「あ、あの時は…ルイスレーンのことをよく知らなかったから…」
それは私も思う。読むことができず引き出しに何ヶ月も仕舞ったままだった手紙。
ようやく読んだのは愛理になってからだった。
「さあ、お召し替えが終わりました。お茶もご用意しましたからお夕食までごゆっくりなさってください」
「ありがとう」
マリアンナたちが出ていくのを待てず慌てて椅子に座って封を開けて手紙を読んだ。
『拝啓 愛しの我が妻クリスティアーヌ』
「愛しの…」
最初の一行でもう愛しさが溢れてきた。
『体調はどうですか。熱など出していませんか。食事はきちんと取っていますか。夜は眠れていますか』
「やだ質問ばっかり…それに小さい子に訊くみたいなことね」
ルイスレーンが私のことを思ってくれているのがわかり、ぐっときた。
ルイスレーンと気持ちを通じ合ってからずっと一緒に寝ていたので、独り寝の寝台は広くて寂しかった。あまりに寂しくて変態だと思いながらルイスレーンの匂いがするシャツを抱き締めて寝ていたが、さすがに匂いはもうしない。
『グルジーラまでの道中は殆ど雨も振らず順調だった。美しい景観の場所が数多くあって、不謹慎だがいつか君を連れて共に眺めたいと思った』
「ルイスレーン」
彼と一緒ならどこでも楽しい。二人で眺めた街はずれの小高い丘からの景色を思い出す。今度ギオーヴさんと一緒に行ってみよう。
『現地はかつて何度か訪れたことがあったが、まるで様変わりしていた。
多くのものが流され、土に埋もれた家の一部が見えた時には人は大自然の力の前では為す術もないということを実感した』
その辺りの文字を書く筆圧が濃くなっている。ルイスレーンの悔しさが伝わってきた。
『被害のあった場所から少し離れた安全な場所に陣地を張り、家を失った人たちが身を寄せている教会や領主の館をアンドレア殿下と訪問した。その際に子どもたちにキャラメルを上げたら、皆満面の笑みで喜んで食べてくれた。子どもたちが喜ぶのを見て周りの大人たちにも少しだが笑顔が垣間見えた。子どもというのは本当に素晴らしいものだ。子どもたちが笑っていられる生活を維持し護るのが我々の責務だとアンドレア殿下も仰っていた。私もそれには同意する。私と君の子どもたちにも常に笑顔でいてほしいと切実に思った。そのために子どもたちに恥じることない人間でいなければいけないな』
手紙を読むうちに涙が滲み出てルイスレーンの書いた文字が滲んでくる。
彼の手紙はまだ続いていた。
実務的な指示書や報告書以外の手紙を書くのは苦手だったはずなのに、書きたい気持ちが溢れてペンを走らせたのが伝わってくる。
『遠く離れて思うのは君とまだ見ぬ子どもたちのことだ。子を体内に宿し育む母親と違い、父親は生まれるまで子どもの存在に実感がない。それが寂しくもあり、母親の君を羨ましく思う。目の前でキャラメルを口にして目を輝かせている様々な年齢の子どもたちを見ると、あの子の年齢になったら武術を教えよう。あの子と同じくらいになったら一緒に馬に乗って遠乗りに行こう。子どもたちと一緒にしたいと思うことが次々と頭に浮かんでくる』
ルイスレーンが子どもたちとの未来を色々想像し、その誕生を心待ちにしてくれている。
その思いが伝わってきてせつないくらいに彼に会いたくなった。
『エリンバウアの貴族として人々を護りたくて軍に入った。今目の前にいて家を失い近しい人を失い、助けを必要としている人達を何とかして救いたい。しかし、君が恋しくて堪らない。君を抱き寄せ君に触れ、君の声を聞きたい。何度も君を抱く夢を見る』
私も彼が恋しい。彼を思うと胸が、お腹の奥が、脚の間の部分が疼く。
『数週間で一度戻ることになる。ニコラス先生たちの言うことをよく聞いてくれぐれも無茶をしないように。君と子どもたちに幸あらんことを祈る』
「ルイスレーン…お待ちしています。どうかご無事で」
日が落ちて辺りが暗闇に包まれていく中、私は彼からの手紙を何度も読み直した。
6
お気に入りに追加
4,253
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。
魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。
つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──?
※R15は保険です。
※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる