238 / 266
番外編 その後の二人
18
しおりを挟む
それから数日はニコラス先生の所へ行ったり、ルイスレーンの留守の間のリンドバルク侯爵家の実務をこなしたりしながら日々を過ごした。
結婚してすぐにルイスレーンが戦争に行き、私はその半年後に愛理としての記憶を蘇らせた。
そして徐々にクリスティアーヌとしての記憶も取り戻した。
今でも愛理だった頃の記憶は残っているが、今はクリスティアーヌとしての人生を生きているせいか、あまり過去のことは思い出さなくなった。
愛理としての人生はあの台風の日に終わったが、クリスティアーヌとしての人生はこれからだ。
愛する人、愛してくれる人がいる。
愛理の人生になかったものがクリスティアーヌの人生にはたくさんある。
「これで本日届いた手紙はすべでです」
「ありがとう」
ルイスレーンの名代として私がすることは執事のダレクが選別した手紙の中を確認し必要なものには返事を書くこと。
急ぎのものにはダレクの助言を元に私が判断を下すが、ルイスレーンが戻ってからでいいものはリストにして彼に判断してもらう。
「これとこれはすぐに返事を出しておいてください」
「畏まりました」
「ふう…今日は取り敢えずこんなものかしら」
「お疲れ様でございました。お茶のご用意をしましょう」
「ええ、お願いするわ」
ダレクが指示をしてマディソンがお茶の用意をするのを待つ間、書斎の窓から見える景色を眺めた。
季節はすっかり夏から秋に変わり、庭の木々も所々色づきかけている。
ルイスレーンとの結婚式から一年後、この庭で皆を招待して披露宴を行ったのはもう三ヶ月前で、あの日ルイスレーンに妊娠していることを告げた。
そして後数ヶ月で愛理の記憶が蘇って一年になる。
その間色々なことがあった。
ルイスレーンとの結婚から逃れようと思っていたのが遠い過去の出来事に思えるが、実際はまだ一年も経っていない。
もう一年ともまだ一年とも言える。
私のことを愛してくれ、私も彼のことを愛しているが、世間ではまだまだ新婚の内に入る私達は、本当にお互いのすべてを知っているとは言えない。
ルーティアス・ニールセンという偽名を使ってルイスレーン・リンドバルクとしては出来ない任務をこなし、時には軍の副官として厳しくなる。
女性にもてるくせに実際は私の他は殆ど女性と付き合ったことがなかった。
なのにベッドでの彼は手慣れていて、何度抱かれても真新しい発見があり、飽きることがない。
彼も同じ気持ちだと嬉しい。
「奥様、お茶のご用意ができました」
物思いに耽っている私にマディソンがお茶の入ったティーカップを差し出した。
「お疲れですか? あまり無理はなさらないでくださいね」
こうして体調を気遣ってくれる人が側にいることに安心感を覚える。
「少し考え事をしていたの。座って手紙を読んだり返事を書いていただけよ。何も疲れるようなことはしていないわ」
「それでもすぐに根を詰めてしまわれるので心配です」
「ありがとう。でも本当にダレクが前準備をしてくれているから、私のすることなんて殆どないのよ」
「私は差出人を見てふるいに掛けているだけで、何もしておりません。奥様が優秀なのです。文字の読み書きもそうですが、数字にお強い。会計士も感心しておりました」
「私なんて…ルイスレーンは軍の仕事と我が家の仕事の両方をこなしているのよ。私はその補助をしているだけ。軍の仕事は手伝えないけど、少しでも彼の役に立てたらと思うから」
「それは旦那様もご承知です。奥様がまとめられた書類は読みやすくとてもわかりやすいと仰っておられました」
「初めて聞くわ。ルイスレーンがそんなことを」
愛理は夫の仕事に口をだすことは許されなかった。
パーティなど、言われ場所に行き愛想良くしていればそれでいいと言われていた。
「妻としても最高ですが、一人の人間としても尊敬すると」
妻として女性として好きな人に愛されることも喜びだが、仕事ぶりなどを褒めら、愛理の夢だったキャリアウーマンになれた気持ちだ。
誰かの役に立てるということがとても誇らしい。
「失礼いたします。お客様です」
「どなた?」
執事補佐のダミアンが来客を告げた。
「ラジーク様です」
「お一人ですか?」
そう言えば王妃様たちとのお茶会の日、彼が訪ねてきていたことを思い出した。
診察ならニコラス先生たちも来るはずだし、何の用だろう
「応接室にお通しして」
考えられることは例の『黒い魔女』の研究か何かだろうかと思いながら応接室に向かった。
結婚してすぐにルイスレーンが戦争に行き、私はその半年後に愛理としての記憶を蘇らせた。
そして徐々にクリスティアーヌとしての記憶も取り戻した。
今でも愛理だった頃の記憶は残っているが、今はクリスティアーヌとしての人生を生きているせいか、あまり過去のことは思い出さなくなった。
愛理としての人生はあの台風の日に終わったが、クリスティアーヌとしての人生はこれからだ。
愛する人、愛してくれる人がいる。
愛理の人生になかったものがクリスティアーヌの人生にはたくさんある。
「これで本日届いた手紙はすべでです」
「ありがとう」
ルイスレーンの名代として私がすることは執事のダレクが選別した手紙の中を確認し必要なものには返事を書くこと。
急ぎのものにはダレクの助言を元に私が判断を下すが、ルイスレーンが戻ってからでいいものはリストにして彼に判断してもらう。
「これとこれはすぐに返事を出しておいてください」
「畏まりました」
「ふう…今日は取り敢えずこんなものかしら」
「お疲れ様でございました。お茶のご用意をしましょう」
「ええ、お願いするわ」
ダレクが指示をしてマディソンがお茶の用意をするのを待つ間、書斎の窓から見える景色を眺めた。
季節はすっかり夏から秋に変わり、庭の木々も所々色づきかけている。
ルイスレーンとの結婚式から一年後、この庭で皆を招待して披露宴を行ったのはもう三ヶ月前で、あの日ルイスレーンに妊娠していることを告げた。
そして後数ヶ月で愛理の記憶が蘇って一年になる。
その間色々なことがあった。
ルイスレーンとの結婚から逃れようと思っていたのが遠い過去の出来事に思えるが、実際はまだ一年も経っていない。
もう一年ともまだ一年とも言える。
私のことを愛してくれ、私も彼のことを愛しているが、世間ではまだまだ新婚の内に入る私達は、本当にお互いのすべてを知っているとは言えない。
ルーティアス・ニールセンという偽名を使ってルイスレーン・リンドバルクとしては出来ない任務をこなし、時には軍の副官として厳しくなる。
女性にもてるくせに実際は私の他は殆ど女性と付き合ったことがなかった。
なのにベッドでの彼は手慣れていて、何度抱かれても真新しい発見があり、飽きることがない。
彼も同じ気持ちだと嬉しい。
「奥様、お茶のご用意ができました」
物思いに耽っている私にマディソンがお茶の入ったティーカップを差し出した。
「お疲れですか? あまり無理はなさらないでくださいね」
こうして体調を気遣ってくれる人が側にいることに安心感を覚える。
「少し考え事をしていたの。座って手紙を読んだり返事を書いていただけよ。何も疲れるようなことはしていないわ」
「それでもすぐに根を詰めてしまわれるので心配です」
「ありがとう。でも本当にダレクが前準備をしてくれているから、私のすることなんて殆どないのよ」
「私は差出人を見てふるいに掛けているだけで、何もしておりません。奥様が優秀なのです。文字の読み書きもそうですが、数字にお強い。会計士も感心しておりました」
「私なんて…ルイスレーンは軍の仕事と我が家の仕事の両方をこなしているのよ。私はその補助をしているだけ。軍の仕事は手伝えないけど、少しでも彼の役に立てたらと思うから」
「それは旦那様もご承知です。奥様がまとめられた書類は読みやすくとてもわかりやすいと仰っておられました」
「初めて聞くわ。ルイスレーンがそんなことを」
愛理は夫の仕事に口をだすことは許されなかった。
パーティなど、言われ場所に行き愛想良くしていればそれでいいと言われていた。
「妻としても最高ですが、一人の人間としても尊敬すると」
妻として女性として好きな人に愛されることも喜びだが、仕事ぶりなどを褒めら、愛理の夢だったキャリアウーマンになれた気持ちだ。
誰かの役に立てるということがとても誇らしい。
「失礼いたします。お客様です」
「どなた?」
執事補佐のダミアンが来客を告げた。
「ラジーク様です」
「お一人ですか?」
そう言えば王妃様たちとのお茶会の日、彼が訪ねてきていたことを思い出した。
診察ならニコラス先生たちも来るはずだし、何の用だろう
「応接室にお通しして」
考えられることは例の『黒い魔女』の研究か何かだろうかと思いながら応接室に向かった。
15
お気に入りに追加
4,260
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる