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番外編 その後の二人

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「質問…難しいことでなければ」

何を訊かれるのかと身構える。

「悪阻はもう終わったとお聞きしましたが」
「はい」
「ベイル殿からは悪阻がかなりきつかったと聞きました。確かに妊娠初期の頃と比べると体重も落ちていらっしゃるようですが、他の人に比べると健康状態は良さそうです」
「ああ、そういうことですね。はい。確かにこれまで食べていたものは殆ど食べられなくて…特に肉や魚などは無理で…卵はゆでたものの白身なら何とか…後は野菜や果物…それと料理人に無理を言って探してもらった穀物を加工したものを食べていました」
「穀物? それはベイル殿からも聞きました。では奥様はそれを主に食されていたのですね」
「はい。オーツ麦を乾燥したものを加工したものを食べていました」

「ほお~それは興味深い。さすが侯爵家ともなると優秀な人材がいらっしゃるのですね」
「ええ。彼らには感謝しています」

オーツ麦については先生たちにも話していたので、彼も事前に耳にしていたようだ。
栄養学については短大で少し習った程度だが、オーツ麦は栄養価が高く、低カロリーだと聞いていた。
その存在を知っていたし、この世界も前世と世界観は違うが食物については似通っている。
本当に見つかった時は喜んだ。
ルイスレーンとブロンソンが私のためにと尽力してくれた結果だった。

実物を見たいと言うので、ブロンソンにお願いしてオーツ麦とオートミールやシリアルなど彼が作ってくれた諸々を皆に見せた。

「悪阻の深刻さや長さは人それぞれですし、味覚の変化も違うと思いますが、私の口には合いました」

「ふむ…」
「どうですか?」
「初めて口にする食感です」

シリアルを牛乳に漬けたものを食べて三人は顔を見合わせた。

「それとこれはいつでも食べられるように加工したものです」

ブロンソンがシリアルバーを三人に見せた。
シリアルバーは小腹が空いた時用に常備していた。使用人たちも作業中に口に放り込んで食べられると喜んでいた。

ルイスレーンも気に入って仕事にもっていったりしてくれた。

「栄養価も高くて便秘解消にもなるんです」

「妊娠中は確かに通常より便通が悪くなります。便秘は体によくありませんからな」

「なるほど…理にかなっています。しかし、栄養…そこまで考えが至りませんでした」

ラジークさんは熱心にメモを取り、用意されたものをすべて平らげた。

「わかりました。色々考えられているのですね。しかしこれはリンドバルク侯爵家だからできることなのでしょう。お金に余裕がない者はやはり難しいのでは? 失礼ですが奥様なら普段から十分な食事ができている。庶民はそうはいきませんし、妊娠は病気ではないと安静するべき時期もゆっくりしていられませんから」
「おっしゃるとおり、働かなければ食べていけない者は妊娠したからと働くのをやめるわけにはいきませんが、ラジーク殿が思っておられるほどこれは高価なものではありませんよ」

ニコラス先生がラジークさんの意見に異議を唱えた。

「そうなのですか?」

ラジークさんがニコラス先生や私、ブロンソンを見回す。

「市場で探すのは苦労しましたが、この麦を扱っている商人に話を聞いたところ、エリンバウアでは馴染みがないだけで、西の大陸に行けばいくらでもあるそうなのです。普通の麦より少々値は張りますが、主食にする程でないなら砂糖と同じくらいの値段で手に入ります」

「そうなのですか…」

「旦那様がすでにその商人と取引をして定期的にエリンバウアにも流通できるように手配してくれました」

「うちの診療所や保育園でも扱うことになっている。ブロンソンに分けてもらった分をうちの患者や子どもたちに食べさせたら結構気に入ってな。特に乾燥した果物と混ぜると子どもたちが喜ぶ」

「カメイラでも手に入るということでしょうか」

「それは交渉次第です。でも、ラジークさんはこれがお気に召したようで良かったです」

「私は研究に没頭しすぎるとつい食を疎かにしがちになるんです。ゆっくり食卓に座って食事を取る時間が惜しくて…でもこれなら出来上がりを待つことなくすぐに食べられますし、この携帯食ならもっと時間を省くことができます。それに少量でも体にいいなら一石二鳥です」

どうやらラジークさんはかなりの仕事中毒のようだ。医者の不養生という言葉が頭に浮かんだ。

「でも、これはあくまで一時しのぎです。色々なものをバランス良く食べるのがいいので、これだけに頼らないでください」

放っておくとこれだけで済ませてしまう予感がして慌てて注意した。

「え、駄目なのですか」

私の危惧したとおり、ラジークさんはこれからの食事をすべてこれに置き換えるつもりだったことがわかった。
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