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番外編 その後の二人
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ルイスレーンが言いたいこともわかる。
私とまだ見ぬ自分の子どもたちのことをいくら研究とは言え、人の目に晒すことになるのだから。
「ルイスレーン様のお気持ちはわかります。仮にも侯爵夫人とそのお子様のことを観察し記録に残して他人の目に触れされるのですから…ですが」
「わかっているなら、この提案をなぜ聞かせる。そちらで断ればいいではないか」
「我々は医者です。新しい医学の発展の可能性があれば患者のために役立てたいと思うのが性というもの。お叱りを覚悟の上でこの話をしたのは、この研究が他の方の悩みを解決する助けになると思ったからです」
「他の者の悩み?」
「そうです。すでにあちらからは『黒い魔女』のことでクリスティアーヌ様を治療するために人材も含め協力していただきました」
「もともとあの薬はカメイラから持ち込まれたものだ。その尻拭いをし、責任を果たしたに過ぎない。こちらは被害者だ。二度とこの黄金の瞳が私を見ることがないかもしれないと、自分の心臓が凍り付く思いを味わった、私はあの時の彼女を…思いを一生忘れない」
私の手を握るルイスレーンの手が震えている。意識のなかった私にはその時の彼がどんなふうだったか、後で聞いたことしか知らない。
でも、ルイスレーンにはあれは彼の人生の中で一番と言える最悪の日々で今でも時折夢に見る悪夢だ。
「ありがとう。そんなに私のことを思ってくれて。私は幸せです。こうして愛してくれる人がいて、私を気にかけてくれる人が大勢いて子どもも生まれる。でもルイスレーン…だから、私はこの幸せを自分だけでなく他の人にも味わってほしいんです」
「クリスティアーヌ…」
ルイスレーンの手の震えが止まったのを確認して、その手を優しく撫でて私は大丈夫だと視線で訴える。
「これは不妊のための研究なんですよね、先生」
「そうです」
私が言うとニコラス先生も入っていた体の力を抜いた。
もっとルイスレーンが怒鳴り散らすとでも思っていたのかも知れない。
彼が怒るのは私と子どもたちのためだ。私が平気だと説得すればルイスレーンもきっとわかってくれる。
「毒も使いようによっては薬になる。そういうことか…」
私の言葉を聞いてルイスレーンも話の展開を理解する。
「『黒い魔女』の使い方によっては、子を持てずに悩む者が減るかもしれません」
「不妊の原因はひとつではないと思います」
「もちろん。世間では子ができないことを女性のせいばかりにする場合が多いですが、男にも原因があることがあります。すべてを解決できるとは思っておりません」
「アイリは何か知っているのか」
クリスティアーヌが不妊や妊娠について知ることはない。愛理としての記憶の中でもクリスティアーヌよりは知識がある程度だ。
「一般的なことしかわかりません。医療の職に就いていたわけでもありませんし、妊娠について深く考えたことがありませんから。ただ、不妊の原因のひとつに排卵がうまくできない場合、それを誘発する薬があるとは聞いています。先生は『黒い魔女』がその効果を持っているとお考えなのですね」
「というより、カメイラの研究者もそう考えていて、我々もその可能性はあると思っています」
ニコラス先生はカメイラからの報告書をルイスレーンに渡した。
「返事は一度こちらをお読みいただいてからでかまいません。それでも納得がいかなければお断りいただいても致し方無いと思っております。ですがこの話はすでに正式に陛下へ話が持ちかけていることをお伝えしておきます」
「陛下がすでにこの件をご存知だということか」
すでに国王陛下がこの話を耳にしていることを聞き、報告書の一枚目に目を通していたルイスレーンが顔を上げた。
「カメイラが我々に話を通す前に王室の医師団へ打診をしたようで…」
「この研究を今後カメイラとエリンバウア二国間での共同研究としたいと申し出て来ました。さらには他の魔石についても、これまで利用してきた方法以外に活用できるのではと…」
「陛下は何ておっしゃっているのですか」
どんどん話が大きくなっている。陛下がすでにこの話をご存知なら、もはや断ることができないのではないか。
「リンドバルク夫妻が拒否するなら、この話は国王としても受け入れることはないと…いきなり王宮に呼び出されて話を聞くよりは、我々から切り出す方がいいだろうとおっしゃっておられました」
「返事は…今すぐでなくて良いのだな」
ルイスレーンがもう一度念を押す。
「はい。それから陛下はもしお二人が断ったとしても、研究については専門部署を創設して話を進めるつもりでいらっしゃるとも仰っておりました」
「こちらの返事がどんなものになろうとも、カメイラとの共同研究の話は潰れることはないというのだな」
それは私達の気持ちを慮ってのことだった。
国家間で行われる研究ともなれば拒否する選択肢がなくなる。
でも、私たちの決断がどちらに転んでもそれとは関係なく研究が進められるとなれば、私達も気が楽になる。
「その流れで行けば、モアラにもクリスティアーヌと『黒い魔女』とのことを話さないとややこしいことになるのではないか」
「そうなりますね」
「話はわかった。二人でじっくり話し合って返事をする」
「では、今日のところは我々もこれで失礼いたします。返事はスベンにお伝えください」
二人を見送ってからルイスレーンはダレクとマリアンナを書斎に呼んだ。
私とまだ見ぬ自分の子どもたちのことをいくら研究とは言え、人の目に晒すことになるのだから。
「ルイスレーン様のお気持ちはわかります。仮にも侯爵夫人とそのお子様のことを観察し記録に残して他人の目に触れされるのですから…ですが」
「わかっているなら、この提案をなぜ聞かせる。そちらで断ればいいではないか」
「我々は医者です。新しい医学の発展の可能性があれば患者のために役立てたいと思うのが性というもの。お叱りを覚悟の上でこの話をしたのは、この研究が他の方の悩みを解決する助けになると思ったからです」
「他の者の悩み?」
「そうです。すでにあちらからは『黒い魔女』のことでクリスティアーヌ様を治療するために人材も含め協力していただきました」
「もともとあの薬はカメイラから持ち込まれたものだ。その尻拭いをし、責任を果たしたに過ぎない。こちらは被害者だ。二度とこの黄金の瞳が私を見ることがないかもしれないと、自分の心臓が凍り付く思いを味わった、私はあの時の彼女を…思いを一生忘れない」
私の手を握るルイスレーンの手が震えている。意識のなかった私にはその時の彼がどんなふうだったか、後で聞いたことしか知らない。
でも、ルイスレーンにはあれは彼の人生の中で一番と言える最悪の日々で今でも時折夢に見る悪夢だ。
「ありがとう。そんなに私のことを思ってくれて。私は幸せです。こうして愛してくれる人がいて、私を気にかけてくれる人が大勢いて子どもも生まれる。でもルイスレーン…だから、私はこの幸せを自分だけでなく他の人にも味わってほしいんです」
「クリスティアーヌ…」
ルイスレーンの手の震えが止まったのを確認して、その手を優しく撫でて私は大丈夫だと視線で訴える。
「これは不妊のための研究なんですよね、先生」
「そうです」
私が言うとニコラス先生も入っていた体の力を抜いた。
もっとルイスレーンが怒鳴り散らすとでも思っていたのかも知れない。
彼が怒るのは私と子どもたちのためだ。私が平気だと説得すればルイスレーンもきっとわかってくれる。
「毒も使いようによっては薬になる。そういうことか…」
私の言葉を聞いてルイスレーンも話の展開を理解する。
「『黒い魔女』の使い方によっては、子を持てずに悩む者が減るかもしれません」
「不妊の原因はひとつではないと思います」
「もちろん。世間では子ができないことを女性のせいばかりにする場合が多いですが、男にも原因があることがあります。すべてを解決できるとは思っておりません」
「アイリは何か知っているのか」
クリスティアーヌが不妊や妊娠について知ることはない。愛理としての記憶の中でもクリスティアーヌよりは知識がある程度だ。
「一般的なことしかわかりません。医療の職に就いていたわけでもありませんし、妊娠について深く考えたことがありませんから。ただ、不妊の原因のひとつに排卵がうまくできない場合、それを誘発する薬があるとは聞いています。先生は『黒い魔女』がその効果を持っているとお考えなのですね」
「というより、カメイラの研究者もそう考えていて、我々もその可能性はあると思っています」
ニコラス先生はカメイラからの報告書をルイスレーンに渡した。
「返事は一度こちらをお読みいただいてからでかまいません。それでも納得がいかなければお断りいただいても致し方無いと思っております。ですがこの話はすでに正式に陛下へ話が持ちかけていることをお伝えしておきます」
「陛下がすでにこの件をご存知だということか」
すでに国王陛下がこの話を耳にしていることを聞き、報告書の一枚目に目を通していたルイスレーンが顔を上げた。
「カメイラが我々に話を通す前に王室の医師団へ打診をしたようで…」
「この研究を今後カメイラとエリンバウア二国間での共同研究としたいと申し出て来ました。さらには他の魔石についても、これまで利用してきた方法以外に活用できるのではと…」
「陛下は何ておっしゃっているのですか」
どんどん話が大きくなっている。陛下がすでにこの話をご存知なら、もはや断ることができないのではないか。
「リンドバルク夫妻が拒否するなら、この話は国王としても受け入れることはないと…いきなり王宮に呼び出されて話を聞くよりは、我々から切り出す方がいいだろうとおっしゃっておられました」
「返事は…今すぐでなくて良いのだな」
ルイスレーンがもう一度念を押す。
「はい。それから陛下はもしお二人が断ったとしても、研究については専門部署を創設して話を進めるつもりでいらっしゃるとも仰っておりました」
「こちらの返事がどんなものになろうとも、カメイラとの共同研究の話は潰れることはないというのだな」
それは私達の気持ちを慮ってのことだった。
国家間で行われる研究ともなれば拒否する選択肢がなくなる。
でも、私たちの決断がどちらに転んでもそれとは関係なく研究が進められるとなれば、私達も気が楽になる。
「その流れで行けば、モアラにもクリスティアーヌと『黒い魔女』とのことを話さないとややこしいことになるのではないか」
「そうなりますね」
「話はわかった。二人でじっくり話し合って返事をする」
「では、今日のところは我々もこれで失礼いたします。返事はスベンにお伝えください」
二人を見送ってからルイスレーンはダレクとマリアンナを書斎に呼んだ。
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