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番外編 公開模擬試合
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「そなたの手の早さは良く耳にするが、少し控えた方がいいのではないか?」
低い威圧的な声でルイスレーンが言えば、その場の空気が凍りつく。
「は、いえ……はい。面目次第もございません……」
ザッカリーさんは見ていて気の毒になるくらい青ざめている。他の人達も似たり寄ったりの状態だ。
「閣下の……奥方様とは知らず……も、申し訳……」
「私の側近のカインが案内しているのだから、彼女が誰かくらい予想はつくだろう。状況判断も兵士には必要な資質だと思うが。私の部下は無能だったか」
膝もガクガクして身に付けている金属がガチャガチャと鳴っている。
「は、はい……仰ることは……誠に……」
「あの、ルイスレーン……大事な試合前ですし、もうそれくらいに……皆さん親切に私に声をかけてくれただけですから」
「お、奥様……」
「それより、早く天幕に案内してください。今日のためにたくさん差し入れを持ってきたんです」
ルイスレーンの袖を引き、後ろからついてきてくれているスティーブを指差す。
荷物が重くてリヤカーを引っ張っていたスティーブとトムがようやく追い付いた。
「すいません……積み込みに時間がかかってしまいました」
「ごめんなさいね。スティーブ、トム、大変だったでしょう」
「さすがに私も全部は食べられないぞ」
そのあまりの量にルイスレーンも驚いている。
「わかっていますわ。皆さんにも食べてもらおうと作ってきたんですから」
「彼らにもか?ギオーヴたちにならわかるが、君の手料理を彼らに食べさせるのはもったいない気もするが……」
私が皆にも振る舞おうと大量に持ってきたことが気に入らないのか、皆に睨みをきかす。
「でも作ったのは我が家の料理人で私一人で作ったわけではありませんし」
「そうか………ならいいか」
作ったのが私でないと知ると、ルイスレーンはあっさりと納得した。
「まだ日差しはきつい。日に焼けたらどうするんだ。帽子は被っていなさい」
「はい旦那様。でも皆さんに挨拶するのに失礼だと思って」
ルイスレーンは脱いでいた帽子を私の手から抜いて、頭に被せてくれる。
「彼らはそんなことは気にしないよ。そうだろう?」
「は、はい!もちろんです」
彼らの方を振り向いた彼の表情は私からは見えなかったが、全員が蛇に睨まれた蛙のように縮み上がっている。
「カインご苦労だった。ここからは私が案内するから、お前は荷物を運ぶのを手伝いなさい」
「はい、閣下」
「では行こうか、クリスティアーヌ」
「ええ、ルイスレーン」
肘を出したルイスレーンの腕に手を掛ける。
「あ、皆さんも試合が終わったら夫の天幕までいらしてくださいね。お口に合うか分かりませんが、たくさん差し入れを持ってきたので」
「え、は、はい………しかし……」
「妻が誘っている。遠慮せず来なさい」
「はい!是非伺います!」
来なければ、どうなるかわかっているだろうな、という顔をされてびびって、そう答える。
「ルイスレーン……脅してはだめです。それではパワハラよ。皆さんも気軽に来て下さい。ご家族も誘って」
「是非、是非うかがいます」
「そう、ではみなさん、頑張って下さいね。応援していますから」
「君は私だけ応援していればいい」
私が皆に激励すると、ルイスレーンが不機嫌になった。拗ねた顔が私にはとても愛おしくて、胸がキュンとなった。
「そうね、ごめんなさい」
そのまま歩き去った私たちを見送り、その場にいた全員が圧し殺していた息を吐いた。
「さあ、我々も行きましょう」
クロスが声をかけ、ギオーヴたちも動き出す。
「な、なあ……」
ザッカリーが呟く。
「俺たち……助かったんだよな」
「そ、そうだと思う。本気で怖かった~」
「アッシュハルク、奥様のこと知ってたらもっと早く教えてくれよ~」
「止めようとしたのに、お前たちがきかないから」
「……というか、帽子被ってたからわからなかったよ。あの目を見たらわかったのに」
「逆にあれを見なかったらわからなかったよ。貴族の女性なんて、もっとツンケンしてないか?アッシュハルクにあんな風に気軽に話しかけるから……あんなの気付かないよ」
「……副官……滅茶苦茶怖かったな……オレ、視線で殺されるかと思った」
「オレも……」
「それより……やっぱり行かないとまずいよな」
「閣下は怖いけど、奥様を泣かせたらもっと怖くないか?」
「それはオレも思う……それに差し入れって何だろう……気になる」
「閣下が奥様を溺愛してるって噂……あれ本当かな。でも奥様が行方不明になった時は凄かったらしいし……」
「オレ、前に閣下が朝の鍛練で裸になったの見たことあるんだけど、肩に歯形……付いてたんだよね」
「あ、それオレも見た。確か殿下たちもいらっしゃったよな……」
「あれって……そういうことだよな……」
「…………だよな……あの人がそうなのか……」
「パワ…何とかって何だ?」
「さあ?」
私たちが立ち去った後、彼らの天幕でそんなことが囁かれていたことを、もちろん私は知らない。
低い威圧的な声でルイスレーンが言えば、その場の空気が凍りつく。
「は、いえ……はい。面目次第もございません……」
ザッカリーさんは見ていて気の毒になるくらい青ざめている。他の人達も似たり寄ったりの状態だ。
「閣下の……奥方様とは知らず……も、申し訳……」
「私の側近のカインが案内しているのだから、彼女が誰かくらい予想はつくだろう。状況判断も兵士には必要な資質だと思うが。私の部下は無能だったか」
膝もガクガクして身に付けている金属がガチャガチャと鳴っている。
「は、はい……仰ることは……誠に……」
「あの、ルイスレーン……大事な試合前ですし、もうそれくらいに……皆さん親切に私に声をかけてくれただけですから」
「お、奥様……」
「それより、早く天幕に案内してください。今日のためにたくさん差し入れを持ってきたんです」
ルイスレーンの袖を引き、後ろからついてきてくれているスティーブを指差す。
荷物が重くてリヤカーを引っ張っていたスティーブとトムがようやく追い付いた。
「すいません……積み込みに時間がかかってしまいました」
「ごめんなさいね。スティーブ、トム、大変だったでしょう」
「さすがに私も全部は食べられないぞ」
そのあまりの量にルイスレーンも驚いている。
「わかっていますわ。皆さんにも食べてもらおうと作ってきたんですから」
「彼らにもか?ギオーヴたちにならわかるが、君の手料理を彼らに食べさせるのはもったいない気もするが……」
私が皆にも振る舞おうと大量に持ってきたことが気に入らないのか、皆に睨みをきかす。
「でも作ったのは我が家の料理人で私一人で作ったわけではありませんし」
「そうか………ならいいか」
作ったのが私でないと知ると、ルイスレーンはあっさりと納得した。
「まだ日差しはきつい。日に焼けたらどうするんだ。帽子は被っていなさい」
「はい旦那様。でも皆さんに挨拶するのに失礼だと思って」
ルイスレーンは脱いでいた帽子を私の手から抜いて、頭に被せてくれる。
「彼らはそんなことは気にしないよ。そうだろう?」
「は、はい!もちろんです」
彼らの方を振り向いた彼の表情は私からは見えなかったが、全員が蛇に睨まれた蛙のように縮み上がっている。
「カインご苦労だった。ここからは私が案内するから、お前は荷物を運ぶのを手伝いなさい」
「はい、閣下」
「では行こうか、クリスティアーヌ」
「ええ、ルイスレーン」
肘を出したルイスレーンの腕に手を掛ける。
「あ、皆さんも試合が終わったら夫の天幕までいらしてくださいね。お口に合うか分かりませんが、たくさん差し入れを持ってきたので」
「え、は、はい………しかし……」
「妻が誘っている。遠慮せず来なさい」
「はい!是非伺います!」
来なければ、どうなるかわかっているだろうな、という顔をされてびびって、そう答える。
「ルイスレーン……脅してはだめです。それではパワハラよ。皆さんも気軽に来て下さい。ご家族も誘って」
「是非、是非うかがいます」
「そう、ではみなさん、頑張って下さいね。応援していますから」
「君は私だけ応援していればいい」
私が皆に激励すると、ルイスレーンが不機嫌になった。拗ねた顔が私にはとても愛おしくて、胸がキュンとなった。
「そうね、ごめんなさい」
そのまま歩き去った私たちを見送り、その場にいた全員が圧し殺していた息を吐いた。
「さあ、我々も行きましょう」
クロスが声をかけ、ギオーヴたちも動き出す。
「な、なあ……」
ザッカリーが呟く。
「俺たち……助かったんだよな」
「そ、そうだと思う。本気で怖かった~」
「アッシュハルク、奥様のこと知ってたらもっと早く教えてくれよ~」
「止めようとしたのに、お前たちがきかないから」
「……というか、帽子被ってたからわからなかったよ。あの目を見たらわかったのに」
「逆にあれを見なかったらわからなかったよ。貴族の女性なんて、もっとツンケンしてないか?アッシュハルクにあんな風に気軽に話しかけるから……あんなの気付かないよ」
「……副官……滅茶苦茶怖かったな……オレ、視線で殺されるかと思った」
「オレも……」
「それより……やっぱり行かないとまずいよな」
「閣下は怖いけど、奥様を泣かせたらもっと怖くないか?」
「それはオレも思う……それに差し入れって何だろう……気になる」
「閣下が奥様を溺愛してるって噂……あれ本当かな。でも奥様が行方不明になった時は凄かったらしいし……」
「オレ、前に閣下が朝の鍛練で裸になったの見たことあるんだけど、肩に歯形……付いてたんだよね」
「あ、それオレも見た。確か殿下たちもいらっしゃったよな……」
「あれって……そういうことだよな……」
「…………だよな……あの人がそうなのか……」
「パワ…何とかって何だ?」
「さあ?」
私たちが立ち去った後、彼らの天幕でそんなことが囁かれていたことを、もちろん私は知らない。
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