196 / 266
第十三章
17
しおりを挟む
「確かに、医師たちはバーレーンが君の体内に彼の体液を入れた方法については色々と言った。だが、それは入れたというだけだ。実際にどうして入れたかはわからない。それを君が望んだわけでないことはわかっている。君は被害者なんだ。誰も君を咎めないし、君が気に病む必要はない」
彼の腕が私を優しく抱き寄せ、背中をゆっくりと撫で下ろす。
「私にこうして触れられるのは嫌か?恐ろしいか?」
暴力を受けた者は、他人との触れ合いに敏感になる者もいる。私はぎゅっと彼の胸元に顔を埋め、自分の反応を確かめる。大丈夫。震えてはいない。
背中の手がゆっくりと腰のくびれに周り、脇腹から腰の横辺りまでを撫でる。
「いいえ……あなたに触れられるのは嫌じゃない…でも、あなたはそれでいいの?私……私は……」
その先がどうしても言えず言い澱む。
「私がどう思うかより、君が心配だ。君が今回のことを苦にして、また私から距離を置こうとするのではないか、それだけを心配している。君は少しも穢れていない」
アイリの…前世の記憶があると告白した時に私は離縁を申し出た。彼は今回も私がそう言い出すのではないかと、先回りして心配している。
「あの時は……アイリの夫の行動からあなたもきっとそう思うのではないかと、勝手に想像して先走りました。でも、今は……あなたはあの人と違うのだとわかっていますし………」
そこから先の言葉をどう言えばいいか、少し言葉を詰まらせる。
「クリスティアーヌ?」
訊ね返すルイスレーンの顔には期待と不安が混じっている。
ヴァネッサやハミル、それからオヴァイエやバーレーンに対してルイスレーンが行った仕打ちは、私が知る彼からは到底想像できないものだった。
彼の他者に対する容赦ない仕打ちが、全て私を護るため、私のためなら、彼がそこまでしてくれたことに私は何ができるだろう。
「君が気持ちの整理がつくまで何もするなと言うならしない。覚悟が決まるまでいつまでも待とう。君はそれだけ酷い目にあった。体の傷が癒えても、心の傷は見えない分、傷は深いものだ」
「あなたが好き……愛してる……」
「うん、知っている。私も愛している」
「あなたが離さないなら、私からこの手を離すことはないわ」
「アイリ……クリスティアーヌ………私も愛しているよ。約束する。私からこの手を離すことなど有り得ない」
彼の手が後頭部を包み込んで引き寄せ、額同士を擦り付ける。
「でも、このことで、あなたの立場が悪くなることはないの?その……侯爵夫人として私は……」
「全ての人たちが好意的とは言えないだろう。口さがない者はどこにでもいる。だが、少なくとも君を心配して、君が意識を失っている時に見舞いに来てくれていた人達は、気にしない。それに、もし君を悪く言う者がいれば、私が全て捩じ伏せるだけだ。私はいつでも胸を張って君がどれ程高潔で素晴らしいか皆に説いてまわろう」
彼の力強い言葉が嘘でないことを確信する。こんなにも頼もしい人が私の夫だと言うことに、生まれ変わって良かったと言う気持ちが込み上げると同時に、自分も彼に恥じないよう毅然と生きていこうと思った。
カメイラが調合した『黒い魔女』の解毒剤は徐々に減らされ、私の目が覚めてから一週間でもう必要ないと言われた。
私が目覚めたことでルイスレーンは今は朝の内だけ仕事に出かけ、昼過ぎには戻ってきて私の看病をするという生活に切り替えた。
色々な人からお見舞いの品が届き、何人かはわざわざ会いにも来てくれたが、まだ体力が戻っていないこともあり、せっかく来てくれてもほんの短い時間しか話すことができなかった。
ニコラス先生は子どもたちが私に描いてくれた絵を持ってやってきて、既に庭園について設計の段階であることを伝えてくれた。
今回のことがあってルイスレーンが警備を手配してくれたそうだ。
ミシェルは元気に保育所で通っているそうだ。
ギオーヴさんやスティーブが軍の訓練の合間に様子を見に行ってくれている。
フォルトナー先生と奥さんのレジーナさん、それからアッシュハルク夫妻やフランチェスカ様、マリアーサ様と次々と訪れ、お見舞いのラッシュが去ったのは十日位経ってからだった。
さすがに王室の方々は気軽に臣下の邸へというわけにもいかず、丁寧な手紙や花束、エレノア様の故郷から取り寄せた高級なお茶などが贈られた。
目が覚めてから一週間程経ってから、私に生理が訪れた。
彼の腕が私を優しく抱き寄せ、背中をゆっくりと撫で下ろす。
「私にこうして触れられるのは嫌か?恐ろしいか?」
暴力を受けた者は、他人との触れ合いに敏感になる者もいる。私はぎゅっと彼の胸元に顔を埋め、自分の反応を確かめる。大丈夫。震えてはいない。
背中の手がゆっくりと腰のくびれに周り、脇腹から腰の横辺りまでを撫でる。
「いいえ……あなたに触れられるのは嫌じゃない…でも、あなたはそれでいいの?私……私は……」
その先がどうしても言えず言い澱む。
「私がどう思うかより、君が心配だ。君が今回のことを苦にして、また私から距離を置こうとするのではないか、それだけを心配している。君は少しも穢れていない」
アイリの…前世の記憶があると告白した時に私は離縁を申し出た。彼は今回も私がそう言い出すのではないかと、先回りして心配している。
「あの時は……アイリの夫の行動からあなたもきっとそう思うのではないかと、勝手に想像して先走りました。でも、今は……あなたはあの人と違うのだとわかっていますし………」
そこから先の言葉をどう言えばいいか、少し言葉を詰まらせる。
「クリスティアーヌ?」
訊ね返すルイスレーンの顔には期待と不安が混じっている。
ヴァネッサやハミル、それからオヴァイエやバーレーンに対してルイスレーンが行った仕打ちは、私が知る彼からは到底想像できないものだった。
彼の他者に対する容赦ない仕打ちが、全て私を護るため、私のためなら、彼がそこまでしてくれたことに私は何ができるだろう。
「君が気持ちの整理がつくまで何もするなと言うならしない。覚悟が決まるまでいつまでも待とう。君はそれだけ酷い目にあった。体の傷が癒えても、心の傷は見えない分、傷は深いものだ」
「あなたが好き……愛してる……」
「うん、知っている。私も愛している」
「あなたが離さないなら、私からこの手を離すことはないわ」
「アイリ……クリスティアーヌ………私も愛しているよ。約束する。私からこの手を離すことなど有り得ない」
彼の手が後頭部を包み込んで引き寄せ、額同士を擦り付ける。
「でも、このことで、あなたの立場が悪くなることはないの?その……侯爵夫人として私は……」
「全ての人たちが好意的とは言えないだろう。口さがない者はどこにでもいる。だが、少なくとも君を心配して、君が意識を失っている時に見舞いに来てくれていた人達は、気にしない。それに、もし君を悪く言う者がいれば、私が全て捩じ伏せるだけだ。私はいつでも胸を張って君がどれ程高潔で素晴らしいか皆に説いてまわろう」
彼の力強い言葉が嘘でないことを確信する。こんなにも頼もしい人が私の夫だと言うことに、生まれ変わって良かったと言う気持ちが込み上げると同時に、自分も彼に恥じないよう毅然と生きていこうと思った。
カメイラが調合した『黒い魔女』の解毒剤は徐々に減らされ、私の目が覚めてから一週間でもう必要ないと言われた。
私が目覚めたことでルイスレーンは今は朝の内だけ仕事に出かけ、昼過ぎには戻ってきて私の看病をするという生活に切り替えた。
色々な人からお見舞いの品が届き、何人かはわざわざ会いにも来てくれたが、まだ体力が戻っていないこともあり、せっかく来てくれてもほんの短い時間しか話すことができなかった。
ニコラス先生は子どもたちが私に描いてくれた絵を持ってやってきて、既に庭園について設計の段階であることを伝えてくれた。
今回のことがあってルイスレーンが警備を手配してくれたそうだ。
ミシェルは元気に保育所で通っているそうだ。
ギオーヴさんやスティーブが軍の訓練の合間に様子を見に行ってくれている。
フォルトナー先生と奥さんのレジーナさん、それからアッシュハルク夫妻やフランチェスカ様、マリアーサ様と次々と訪れ、お見舞いのラッシュが去ったのは十日位経ってからだった。
さすがに王室の方々は気軽に臣下の邸へというわけにもいかず、丁寧な手紙や花束、エレノア様の故郷から取り寄せた高級なお茶などが贈られた。
目が覚めてから一週間程経ってから、私に生理が訪れた。
41
お気に入りに追加
4,259
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる