193 / 266
第十三章
14★
しおりを挟む
命の消えたバーレーンに抱き起こされていたクリスティアーヌの体がドサリと寝台に落ちる。
「クリスティアーヌ」
慌てて向こう側から駆け寄り彼女の身を起こすが、彼女は何の反応もしない。目は開いているのにまるで意識がなく、目尻や頬には幾筋もの涙が乾いた跡があり、彼女がどれ程の苦しみを味わったのかと考えると胸が張り裂けそうになる。
「あ、アレックスさまぁぁぁぁ!」
バーレーンにさっきまで抱かれていた女が意識を取り戻し、起き上がって串刺しになったのを見て叫んだ。
「ああああーーー」
女がこちらに向かって裸のまま素手で立ち向かおうとして、ナタリーがそれを取り押さえる。
「彼女に何をした?これはどういうことだ?」
ナタリーに上から押さえつけられ、俯せになって下から女が睨み付ける。
「その女はアレックス様の香と体液を注がれて息をしているだけの人形よ!いい気味よ……夢の中で……ずっと、生き続ければいいわ」
憎悪にまみれた瞳で毒を吐く女の首筋にナタリーが手を当て気絶させる。
「★☆×▲□★」
ぼーっとしたままクリスティアーヌが何かを話しているが、意味不明というよりは、何処かの外国の言葉のようにも聞こえる。
「奥様……」
「閣下、大丈夫ですか、女性の叫び声が聞こえましたが奥様ですか!」
扉の向こうからギオーヴたちが心配して声をかける。
「大事ない。クリスティアーヌは見つけた。叫び声は別の者だ」
叫び声でも何でも聞きたかったが、今はこうして温かい体に触れることだけでも感謝しなければならない。
「馬車の手配をしろ。それと一人我が家へ走り、寝室の用意と医師の手配をしろ」
「畏まりました!」
バタバタと扉の向こうで何人かが指示を受け走って行く。
彼女の生気のない体を横たえ、自分の上着を脱いで巻き込む。
「閣下、これも」
「すまない」
ナタリーも自分の上着を脱いで腰から下に巻き付ける。
「ギオーヴ……入ってこい」
二人で彼女の体に服を巻き付けてからギオーヴたちに声をかける。
「う……」
串刺しにされて上を向いたまま絶命しているバーレーンと裸で俯せになっている女を見て、入ってきたギオーヴたちが一瞬たじろぐのを見ながら、クリスティアーヌの体を抱き抱える。
「その男はカメイラ国から手配が出ている、アレックス・バーレーンだ。モーシャスが匿っていた。その女は……恐らくケイトリンという女だ。そっちは気絶しているだけだ」
バーレーンの背中から流れた血が刃を伝い寝台には既に血溜まりが出来ている。
焚き染められていた香は薄くなっているが、長時間いると頭がおかしくなりそうだ。
「奥様は……」
自分の胸に引き寄せ彼らには顔は見えないが、だらりと力なく垂れた腕を見てギオーヴたちが心配して訊ねる。
ぎゅっと抱き締める腕に力を込めて顔を見下ろすが、彼女の瞳は相変わらず虚ろだった。
「バーレーンが何か薬を盛ったようだ。カメイラに使者を送って、その辺りも情報を集めなくてはなるまい」
ナタリーに気絶させられる前に女は、この香とバーレーンの体液がどうのと言っていた。
カメイラが何か隠しているのか、そのことも探る必要がある。
横抱きに彼女を抱え玄関口に辿り着くと、馬車が丁度走り込んできた。
既に事態はこちらが掌握し、全員がそこに集まっていた。
「閣下」
びしりとアッシュハルクが敬礼する。
「奥方様は?」
抱き抱えられている彼女を見て、彼が様子を訊ねる。
「何とか無事だ」
無事と言えるのかどうかわからないが、生きてはいる。後は医者にみせてみないことにはわからない。
「後は任せていいか?」
馬車に乗り込みギオーヴやアッシュハルクを振り返る。
「もちろんです。お任せください」
「頼もしい部下がいて安心だ」
「もったいないお言葉です」
膝にクリスティアーヌを乗せ、できるだけ揺れないよう馬車を走らせたので通常よりも到着に時間がかかってしまった。既に早馬で報せを受けたダレクたちが段取りを終え、スベンだけでなくベイル氏まで待ち構えていた。
「これは……何か我々の知らないものの中毒ですね」
スベンが言いベイル氏も頷く。
「わからない?」
「王宮の医者団にも確認しますが、使っていたのはカメイラの者だと言うなら、そちらにも問い合わせした方がいいでしょう」
「その件は既に指示を出してある。それで、彼女は?彼女は正気に戻るのか?」
「取りあえず、中毒の一般的な処置はしまます。煙を吸ったのと口から何かを飲まされたようですから、胃を洗浄します。それから……」
「それから?」
ベイルが言い澱み、スベンと顔を見合わす。
「何だ?何かあるのか?」
「ご夫君には辛いことですが……」
「何だ?」
「…………下からも物質を入れられた可能性があります」
申し訳なさそうにベイルが言う。それが何を意味するのかわからないわけではない。
ーここまでやってようやく取り戻した奥方がもう他の男のお手付きになっていたら?それでも取り戻したいか。
ウェストに言われた言葉が甦った。
「クリスティアーヌ」
慌てて向こう側から駆け寄り彼女の身を起こすが、彼女は何の反応もしない。目は開いているのにまるで意識がなく、目尻や頬には幾筋もの涙が乾いた跡があり、彼女がどれ程の苦しみを味わったのかと考えると胸が張り裂けそうになる。
「あ、アレックスさまぁぁぁぁ!」
バーレーンにさっきまで抱かれていた女が意識を取り戻し、起き上がって串刺しになったのを見て叫んだ。
「ああああーーー」
女がこちらに向かって裸のまま素手で立ち向かおうとして、ナタリーがそれを取り押さえる。
「彼女に何をした?これはどういうことだ?」
ナタリーに上から押さえつけられ、俯せになって下から女が睨み付ける。
「その女はアレックス様の香と体液を注がれて息をしているだけの人形よ!いい気味よ……夢の中で……ずっと、生き続ければいいわ」
憎悪にまみれた瞳で毒を吐く女の首筋にナタリーが手を当て気絶させる。
「★☆×▲□★」
ぼーっとしたままクリスティアーヌが何かを話しているが、意味不明というよりは、何処かの外国の言葉のようにも聞こえる。
「奥様……」
「閣下、大丈夫ですか、女性の叫び声が聞こえましたが奥様ですか!」
扉の向こうからギオーヴたちが心配して声をかける。
「大事ない。クリスティアーヌは見つけた。叫び声は別の者だ」
叫び声でも何でも聞きたかったが、今はこうして温かい体に触れることだけでも感謝しなければならない。
「馬車の手配をしろ。それと一人我が家へ走り、寝室の用意と医師の手配をしろ」
「畏まりました!」
バタバタと扉の向こうで何人かが指示を受け走って行く。
彼女の生気のない体を横たえ、自分の上着を脱いで巻き込む。
「閣下、これも」
「すまない」
ナタリーも自分の上着を脱いで腰から下に巻き付ける。
「ギオーヴ……入ってこい」
二人で彼女の体に服を巻き付けてからギオーヴたちに声をかける。
「う……」
串刺しにされて上を向いたまま絶命しているバーレーンと裸で俯せになっている女を見て、入ってきたギオーヴたちが一瞬たじろぐのを見ながら、クリスティアーヌの体を抱き抱える。
「その男はカメイラ国から手配が出ている、アレックス・バーレーンだ。モーシャスが匿っていた。その女は……恐らくケイトリンという女だ。そっちは気絶しているだけだ」
バーレーンの背中から流れた血が刃を伝い寝台には既に血溜まりが出来ている。
焚き染められていた香は薄くなっているが、長時間いると頭がおかしくなりそうだ。
「奥様は……」
自分の胸に引き寄せ彼らには顔は見えないが、だらりと力なく垂れた腕を見てギオーヴたちが心配して訊ねる。
ぎゅっと抱き締める腕に力を込めて顔を見下ろすが、彼女の瞳は相変わらず虚ろだった。
「バーレーンが何か薬を盛ったようだ。カメイラに使者を送って、その辺りも情報を集めなくてはなるまい」
ナタリーに気絶させられる前に女は、この香とバーレーンの体液がどうのと言っていた。
カメイラが何か隠しているのか、そのことも探る必要がある。
横抱きに彼女を抱え玄関口に辿り着くと、馬車が丁度走り込んできた。
既に事態はこちらが掌握し、全員がそこに集まっていた。
「閣下」
びしりとアッシュハルクが敬礼する。
「奥方様は?」
抱き抱えられている彼女を見て、彼が様子を訊ねる。
「何とか無事だ」
無事と言えるのかどうかわからないが、生きてはいる。後は医者にみせてみないことにはわからない。
「後は任せていいか?」
馬車に乗り込みギオーヴやアッシュハルクを振り返る。
「もちろんです。お任せください」
「頼もしい部下がいて安心だ」
「もったいないお言葉です」
膝にクリスティアーヌを乗せ、できるだけ揺れないよう馬車を走らせたので通常よりも到着に時間がかかってしまった。既に早馬で報せを受けたダレクたちが段取りを終え、スベンだけでなくベイル氏まで待ち構えていた。
「これは……何か我々の知らないものの中毒ですね」
スベンが言いベイル氏も頷く。
「わからない?」
「王宮の医者団にも確認しますが、使っていたのはカメイラの者だと言うなら、そちらにも問い合わせした方がいいでしょう」
「その件は既に指示を出してある。それで、彼女は?彼女は正気に戻るのか?」
「取りあえず、中毒の一般的な処置はしまます。煙を吸ったのと口から何かを飲まされたようですから、胃を洗浄します。それから……」
「それから?」
ベイルが言い澱み、スベンと顔を見合わす。
「何だ?何かあるのか?」
「ご夫君には辛いことですが……」
「何だ?」
「…………下からも物質を入れられた可能性があります」
申し訳なさそうにベイルが言う。それが何を意味するのかわからないわけではない。
ーここまでやってようやく取り戻した奥方がもう他の男のお手付きになっていたら?それでも取り戻したいか。
ウェストに言われた言葉が甦った。
52
お気に入りに追加
4,259
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる