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第十三章
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二人が引き上げ、再び彼に抱き抱えられて寝室に戻った。
ギオーヴさんたちに会うために着ていたドレスを脱ぐのを、ルイスレーンが手伝ってくれた。夫に着替えを手伝ってもらうことになるとは思わなかった。
ドレスが脱げて下着姿になった私のうなじに彼の唇が触れる。体に電流が走ったように痺れる。
「やつれたね……もともと細い腰がこんなに……折れそうだ」
後ろから彼が抱き締め私を包む。
「さっきの話……君は本当にあれで良かった?少し……いやかなり優しすぎる。君らしいとは思うが」
熱い吐息が首筋から肩にと吹き掛けられる。
悪口を言ったり蔑んだり、憎んだり、人の負の感情を持っていないわけでもなければ、罪を憎んで人を憎まずといった博愛精神を持っているわけでもない。
「綺麗事を言っているのではないの。ナタリーを巻き込んで私を拐おうとしたヴァネッサにも怒りを覚えるし、あなたに踏みつけにされて気絶した人もいい気味だと思う。バーレーンは……正直一番怖いと思ったわ。このまま思考も停止してしまうのではと思うと怖くて怖くて」
それらはルイスレーンが全て後始末なり手を回しているのではと思う。
「そのことで思い悩む必要はない。君ができないことは私がやろう。君に誓って悪いようにはしない」
「それでは、ルイスレーンに私のやりたくないことを全て押し付けてしまうことになるわ。あなたの負担にはなりたくない」
寄りかかり、甘えることは簡単だ。彼ならそれを許してくれることもわかっている。
だが、それでは何も解決しない。
後ろを振り返ると彼の唇が重ねられる。
「負担などと思う必要はない。君は私の妻だ。ただ一人の愛しい女性」
宝物に触れるように彼の手が私の下着を着けただけの体を滑る。
「ナタリーがハミルの誘いに乗ったのは、弟さんのことが理由でしたね。彼女の収入ではそれが叶わないから……やはり、女性の身で武芸で身を立てるのは難しいのですか?」
「女性の能力について、男が圧倒的に人数が多い業界では、軽く見られていることは事実だ。女性の護衛ということで、妻や娘の護りに雇用する者もいるが、一方で雇い主である夫たちから一種の性的な捌け口にされる場合もあり、奥方たちから嫌がられることもある。それに、結婚し子を授かれば、その職を離れたがる者も多い」
男女平等を推奨している世界でも同じようなことはある。
「ようやく君の護衛という職に就けたのに、彼女は本当に愚かなことをした。もうこの道で彼女が食べていくことはできないだろう」
「そんなに悩んでいたなら、相談して欲しかった……私では頼りなかったのですね」
「君が彼女の境遇を憐れむ必要はない。目先の利益に踊らされたのが悪い」
「ナタリーの家族はどうなるのですか?」
「トラヴィスの家族は今回のことで二度と要職に就くことはできない。罪人を排出した家系として、一生日陰者として生きていくことになる。侯爵夫人であり、王族の君に手を掛けた。それが娘の、姉の犯した罪の大きさだ。これは陛下の意思でもある」
一族郎党全てに制裁が及ぶ。それがナタリーの犯した罪の重さだ。
「それが、この世界の常識なのですね」
絶対王制。貴族による支配。全てに平等ではない世界。クリスティアーヌも愛理も知らなかった暗黙の法則。
「そうだ。今後はもう少し自分の行動がもたらす影響について学ぶ必要があるな。恐らく君を害しようとする者は当分現れないとは思うがな」
「本当に皆さんに心配させてしまって……」
「今回のことは私にも非がある。一度ならず二度も君が拐われたのは、私の油断だ。だから心苦しいなら私を責めろ」
「そんな……私も愚かだったんです。皆に優しくされて有頂天になっていました。わかっていた筈なのに…光が当たれば影ができる。全ての人に好かれるなんてことはない。私のことを知って貰えれば理解しあえるなんて理想だって……愛理の時に懲りた筈なのに…」
「少なくとも私は君の味方だ。それにこの家の者も……フォルトナー夫妻やベイル氏も。陛下たちや他にも君を大切に思っている人がいる。確かに全ての人を味方につけることは無理だ。人はそれぞれ自分の思惑があるのだから。だからと言って全て敵でもない」
そう言ってルイスレーンが抱き締めてくれた。
人は善と悪で出来ている。悪の部分をぶつけてくる人もいれば、善の部分を向けてくれる人もいる。今後も同じようなことが起こらない保証はない。今回、私に悪意を持つ人達が一気に押し寄せてきただけで、これからも大なり小なり身の危険に晒されることが起こるかもしれない。
「ルイスレーン……教えてください……私の身に何があったのか」
なら、逃げるのではなく、自分も強くならなくてはない。自分に何があったのか。そのことに目を瞑ってはいられないと、覚悟を決めた。
ギオーヴさんたちに会うために着ていたドレスを脱ぐのを、ルイスレーンが手伝ってくれた。夫に着替えを手伝ってもらうことになるとは思わなかった。
ドレスが脱げて下着姿になった私のうなじに彼の唇が触れる。体に電流が走ったように痺れる。
「やつれたね……もともと細い腰がこんなに……折れそうだ」
後ろから彼が抱き締め私を包む。
「さっきの話……君は本当にあれで良かった?少し……いやかなり優しすぎる。君らしいとは思うが」
熱い吐息が首筋から肩にと吹き掛けられる。
悪口を言ったり蔑んだり、憎んだり、人の負の感情を持っていないわけでもなければ、罪を憎んで人を憎まずといった博愛精神を持っているわけでもない。
「綺麗事を言っているのではないの。ナタリーを巻き込んで私を拐おうとしたヴァネッサにも怒りを覚えるし、あなたに踏みつけにされて気絶した人もいい気味だと思う。バーレーンは……正直一番怖いと思ったわ。このまま思考も停止してしまうのではと思うと怖くて怖くて」
それらはルイスレーンが全て後始末なり手を回しているのではと思う。
「そのことで思い悩む必要はない。君ができないことは私がやろう。君に誓って悪いようにはしない」
「それでは、ルイスレーンに私のやりたくないことを全て押し付けてしまうことになるわ。あなたの負担にはなりたくない」
寄りかかり、甘えることは簡単だ。彼ならそれを許してくれることもわかっている。
だが、それでは何も解決しない。
後ろを振り返ると彼の唇が重ねられる。
「負担などと思う必要はない。君は私の妻だ。ただ一人の愛しい女性」
宝物に触れるように彼の手が私の下着を着けただけの体を滑る。
「ナタリーがハミルの誘いに乗ったのは、弟さんのことが理由でしたね。彼女の収入ではそれが叶わないから……やはり、女性の身で武芸で身を立てるのは難しいのですか?」
「女性の能力について、男が圧倒的に人数が多い業界では、軽く見られていることは事実だ。女性の護衛ということで、妻や娘の護りに雇用する者もいるが、一方で雇い主である夫たちから一種の性的な捌け口にされる場合もあり、奥方たちから嫌がられることもある。それに、結婚し子を授かれば、その職を離れたがる者も多い」
男女平等を推奨している世界でも同じようなことはある。
「ようやく君の護衛という職に就けたのに、彼女は本当に愚かなことをした。もうこの道で彼女が食べていくことはできないだろう」
「そんなに悩んでいたなら、相談して欲しかった……私では頼りなかったのですね」
「君が彼女の境遇を憐れむ必要はない。目先の利益に踊らされたのが悪い」
「ナタリーの家族はどうなるのですか?」
「トラヴィスの家族は今回のことで二度と要職に就くことはできない。罪人を排出した家系として、一生日陰者として生きていくことになる。侯爵夫人であり、王族の君に手を掛けた。それが娘の、姉の犯した罪の大きさだ。これは陛下の意思でもある」
一族郎党全てに制裁が及ぶ。それがナタリーの犯した罪の重さだ。
「それが、この世界の常識なのですね」
絶対王制。貴族による支配。全てに平等ではない世界。クリスティアーヌも愛理も知らなかった暗黙の法則。
「そうだ。今後はもう少し自分の行動がもたらす影響について学ぶ必要があるな。恐らく君を害しようとする者は当分現れないとは思うがな」
「本当に皆さんに心配させてしまって……」
「今回のことは私にも非がある。一度ならず二度も君が拐われたのは、私の油断だ。だから心苦しいなら私を責めろ」
「そんな……私も愚かだったんです。皆に優しくされて有頂天になっていました。わかっていた筈なのに…光が当たれば影ができる。全ての人に好かれるなんてことはない。私のことを知って貰えれば理解しあえるなんて理想だって……愛理の時に懲りた筈なのに…」
「少なくとも私は君の味方だ。それにこの家の者も……フォルトナー夫妻やベイル氏も。陛下たちや他にも君を大切に思っている人がいる。確かに全ての人を味方につけることは無理だ。人はそれぞれ自分の思惑があるのだから。だからと言って全て敵でもない」
そう言ってルイスレーンが抱き締めてくれた。
人は善と悪で出来ている。悪の部分をぶつけてくる人もいれば、善の部分を向けてくれる人もいる。今後も同じようなことが起こらない保証はない。今回、私に悪意を持つ人達が一気に押し寄せてきただけで、これからも大なり小なり身の危険に晒されることが起こるかもしれない。
「ルイスレーン……教えてください……私の身に何があったのか」
なら、逃げるのではなく、自分も強くならなくてはない。自分に何があったのか。そのことに目を瞑ってはいられないと、覚悟を決めた。
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