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第十三章
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スープと果物のジュース、それとプリンが乗ったトレイを運んできたマディソンの後ろから、ダレクやマリアンナ、マリスたち使用人が大勢入ってきた。
「お前たち……」
ルイスレーンが呆れて皆を眺めた。
「奥様がお目覚めになったと聞いて、全員は無理だと言ったのですが……皆自分の目で確かめたいと……本当だったのですね」
「ごめんなさい……心配かけて……」
寝起きだし今さっきルイスレーンに唇が腫れるようなキスをされて恥ずかしくて彼の影に隠れながら、皆に声をかける。
「先に食事をしなさい。マディソン、ついててやってくれ」
「はい」
食事がしにくいだろうとルイスレーンが一旦寝台を降りる。ゆったりとした白いカフタンのような長い上着に裾の広い黒のズボンという、今までに見たことがないほどリラックスした服装だった。
髪の毛もひと月の間にすっかり伸びて、胸に届くくらいの長さになっている。
「まだ目覚めたばかりだし、スベン先生の診察が終わるまでは無理はさせたくない。お前たちが心配していたのは充分伝わったから、持ち場に戻りなさい」
常ならば仕事を放棄してやってくるなど叱責ものだが、ルイスレーンも今回ばかりは怒りはしない。
「ダレク、王宮と諸々に彼女の目が覚めたことを伝えてくれ。ただし見舞いは彼女の体調次第だと伝えてくれ」
「畏まりました。さあ、皆持ち場へ戻りなさい。マリス、すまないが伝令の手配を」
「はい」
皆が口々に返事をして、来たときと同様にぞろぞろと出ていく。
最後にダレクとマリアンナが残った。
「奥様……使用人を代表してひと言宜しいでしょうか」
「どうぞ」
「奥様が行方不明になられて、やっと見つかったと思ったらずっと昏睡状態で……その間の旦那様は、旦那様の方が先に倒れるのではないかと心配になるほどでした。こうしてお目覚めになってご無事なことが確認できて、とても安堵しております。どうか一日も早くご快復なさってください。我々一同の心からの願いです」
二人で頭を下げられ、きょとんとする。
どう返していいかわからずルイスレーンの方を見ると、黙って頷いて微笑む。私が対応しろと言っているのがわかる。
「……ありがとう……皆にも心配をかけてごめんなさい……こんな風に言ってもらえてとても嬉しい……ありがとう……他の皆にも伝えてください。ここの皆が大好きです。こんな私を受け入れてくれて、親切にしてくれて………あ、ありがとう……」
最後は泣き出してぐずぐずになった。おろおろする三人の前で、ルイスレーンが肩を抱いてよしよしと背中を擦ってくれた。
「さあ、冷めないうちに食べなさい……皆もすまなかった。まだ少し情緒が不安定なようだ。気にしないでやってくれ」
「と、とんでもございません……奥様を泣かせてしまって申し訳ございません……」
ルイスレーンが着ている服の袖で涙を拭ってくれる。泣き虫の駄々っ子になったようで恥ずかしい。
「ありがとう……こんなに甘やかされて……駄目な子になってしまうわ……」
「甘やかしたいのだから遠慮するな。皆も泣かれたのは驚いたが、甘やかしたいのは私と同じだ。そうだろ」
すぐ側にいるマディソンにルイスレーンが訊ねると、彼女は力一杯頷いた。
「もちろんです。何でもして欲しいことをおっしゃってください」
「それだけ皆が君を好きなんだ。もういいと言っても構うから覚悟しなさい」
「あの……ルイスレーン……皆が見ています」
ルイスレーンが手の指一本一本にキスをするので、皆の視線が気になって手を抜こうとするのだが、彼は離してくれない。
「我が家の使用人は弁えていると言っただろう?これくらいで照れていてどうするんだ」
これくらい?私にはもう充分恥ずかしいのに、もっと?
ルイスレーンが言うように私に寄り添う彼のやることを尻目にダレクたちは生真面目に「それでは私たちは仕事に戻ります」と引き上げ、マディソンは膝の上にナプキンを引いて食事の段取りをする。
その間もこめかみや頭にキスの雨を降らせ、最後に耳元で「早く体力を快復させて君を抱かせて欲しい」と囁かれ、腰が砕けてしまった。
スープとジュース、それからプリンを食べるとすっかりお腹が大きくなった。これ位の量でもうお腹がいっぱいだと言うと、まだまだだなとルイスレーンが顔を曇らせた。
そうしているうちにスベン先生がやって来て、脈を取ったり聴診器を当てたり体のあちこちを調べる。
服も脱ぐのでスベン先生に退出を促されてもルイスレーンは妻のことは全て知っておきたいと譲らなかった。
「過保護が過ぎますと奥様に嫌がられますよ」
そう言うスベン先生の忠告に、そうなのか?と真顔で訊かれれば、そんなことはないと首を振った。
「まだ少し弱っていらっしゃいますが、徐々に食事も固形物を増やしていって、ゆっくり休めば一週間程で動き回れるでしょう。床から出たら屋敷の中や庭を歩いて体力をつけて下さい。この薬は熱冷ましと滋養強壮です。熱が出たら熱冷ましを飲んで、この薬は食後に1包ずつ飲んでください」
「お前たち……」
ルイスレーンが呆れて皆を眺めた。
「奥様がお目覚めになったと聞いて、全員は無理だと言ったのですが……皆自分の目で確かめたいと……本当だったのですね」
「ごめんなさい……心配かけて……」
寝起きだし今さっきルイスレーンに唇が腫れるようなキスをされて恥ずかしくて彼の影に隠れながら、皆に声をかける。
「先に食事をしなさい。マディソン、ついててやってくれ」
「はい」
食事がしにくいだろうとルイスレーンが一旦寝台を降りる。ゆったりとした白いカフタンのような長い上着に裾の広い黒のズボンという、今までに見たことがないほどリラックスした服装だった。
髪の毛もひと月の間にすっかり伸びて、胸に届くくらいの長さになっている。
「まだ目覚めたばかりだし、スベン先生の診察が終わるまでは無理はさせたくない。お前たちが心配していたのは充分伝わったから、持ち場に戻りなさい」
常ならば仕事を放棄してやってくるなど叱責ものだが、ルイスレーンも今回ばかりは怒りはしない。
「ダレク、王宮と諸々に彼女の目が覚めたことを伝えてくれ。ただし見舞いは彼女の体調次第だと伝えてくれ」
「畏まりました。さあ、皆持ち場へ戻りなさい。マリス、すまないが伝令の手配を」
「はい」
皆が口々に返事をして、来たときと同様にぞろぞろと出ていく。
最後にダレクとマリアンナが残った。
「奥様……使用人を代表してひと言宜しいでしょうか」
「どうぞ」
「奥様が行方不明になられて、やっと見つかったと思ったらずっと昏睡状態で……その間の旦那様は、旦那様の方が先に倒れるのではないかと心配になるほどでした。こうしてお目覚めになってご無事なことが確認できて、とても安堵しております。どうか一日も早くご快復なさってください。我々一同の心からの願いです」
二人で頭を下げられ、きょとんとする。
どう返していいかわからずルイスレーンの方を見ると、黙って頷いて微笑む。私が対応しろと言っているのがわかる。
「……ありがとう……皆にも心配をかけてごめんなさい……こんな風に言ってもらえてとても嬉しい……ありがとう……他の皆にも伝えてください。ここの皆が大好きです。こんな私を受け入れてくれて、親切にしてくれて………あ、ありがとう……」
最後は泣き出してぐずぐずになった。おろおろする三人の前で、ルイスレーンが肩を抱いてよしよしと背中を擦ってくれた。
「さあ、冷めないうちに食べなさい……皆もすまなかった。まだ少し情緒が不安定なようだ。気にしないでやってくれ」
「と、とんでもございません……奥様を泣かせてしまって申し訳ございません……」
ルイスレーンが着ている服の袖で涙を拭ってくれる。泣き虫の駄々っ子になったようで恥ずかしい。
「ありがとう……こんなに甘やかされて……駄目な子になってしまうわ……」
「甘やかしたいのだから遠慮するな。皆も泣かれたのは驚いたが、甘やかしたいのは私と同じだ。そうだろ」
すぐ側にいるマディソンにルイスレーンが訊ねると、彼女は力一杯頷いた。
「もちろんです。何でもして欲しいことをおっしゃってください」
「それだけ皆が君を好きなんだ。もういいと言っても構うから覚悟しなさい」
「あの……ルイスレーン……皆が見ています」
ルイスレーンが手の指一本一本にキスをするので、皆の視線が気になって手を抜こうとするのだが、彼は離してくれない。
「我が家の使用人は弁えていると言っただろう?これくらいで照れていてどうするんだ」
これくらい?私にはもう充分恥ずかしいのに、もっと?
ルイスレーンが言うように私に寄り添う彼のやることを尻目にダレクたちは生真面目に「それでは私たちは仕事に戻ります」と引き上げ、マディソンは膝の上にナプキンを引いて食事の段取りをする。
その間もこめかみや頭にキスの雨を降らせ、最後に耳元で「早く体力を快復させて君を抱かせて欲しい」と囁かれ、腰が砕けてしまった。
スープとジュース、それからプリンを食べるとすっかりお腹が大きくなった。これ位の量でもうお腹がいっぱいだと言うと、まだまだだなとルイスレーンが顔を曇らせた。
そうしているうちにスベン先生がやって来て、脈を取ったり聴診器を当てたり体のあちこちを調べる。
服も脱ぐのでスベン先生に退出を促されてもルイスレーンは妻のことは全て知っておきたいと譲らなかった。
「過保護が過ぎますと奥様に嫌がられますよ」
そう言うスベン先生の忠告に、そうなのか?と真顔で訊かれれば、そんなことはないと首を振った。
「まだ少し弱っていらっしゃいますが、徐々に食事も固形物を増やしていって、ゆっくり休めば一週間程で動き回れるでしょう。床から出たら屋敷の中や庭を歩いて体力をつけて下さい。この薬は熱冷ましと滋養強壮です。熱が出たら熱冷ましを飲んで、この薬は食後に1包ずつ飲んでください」
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