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第十三章

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あれから何日経ったか。ほんの二、三日か一週間か……バーレーンが調合した香を焚き染めた密室で、時折バーレーンに唾液を与えられると、もう今が昼か夜かわからない。スープや何か食事を与えられるが、それも砂を噛むような感じで味も感じない。

夢と現の狭間でぼんやりと、自分がクリスティアーヌなのか愛理なのかもわからない。

高校を卒業する年のお正月、振袖を着て父に連れていかれたホテルのレストランで彼を紹介された。

「愛理、……………だ。…………大学を優秀な、成績で卒業して、アメリカの………で経営修士学を学んだ。切れる男でな。次男だから養子に入ってもいいと言っている」

それはお見合いだった。

「……………です。愛理さん初めまして」

縁のない眼鏡の奥から黒い目が覗く。

あれ?どうして黒目?私の旦那様の瞳ははもっと複雑な色をしていなかった?この人は誰?



「そろそろ式の日取りを決めるよう社長がおっしゃった。私としてはこの日が都合がいいのだが」
「あの……その日は……友達と卒業旅行に……」
「旅行なら、新婚旅行に行けばいい」
「でも……」
「愛理さん……お父様は我々の婚姻を心待ちにしています。この日を外すと半年先になります」

自分の結婚式のことなのに、まるで仕事のスケジュール調整をしているようだ。そこには一切の感情もない。ただ淡々と事務的に話をすすめる。

あれ?私、彼以外とも結婚式の話をしたような………何でも好きにしていいって言ってくれたんじゃなかったっけ……

「式は………の神社で神前式。ご両親が式を上げたところだ。披露宴は………ホテルで。ここは社長も株をたくさん持っているので大幅に割引をしてくれます」
「割引……あの、私、打掛よりは教会でバージンロードを……」
「お父上はひとり娘のあなたがご自分たちと同じ神社で挙式を挙げることを希望されています」

花嫁は私なのにお父様の意見が大事なの?それに色打掛……和装じゃなくてチャペルで式を挙げたかった。

私……純白のウエディングドレスを着たんじゃ…いつ着たの?




「子ども?」

父の葬儀が終わり、遺言状が公開された。私に遺されたのは母の形見の品だけ。後の全ては養子で夫の………………に遺された。

手続きも無事に終わり、これから二人で頑張りましょうと言おうと思っていた。
なのに……

「ずっと愛している女性がいる。彼女との間には息子がいる。自分の子だ。認知もしている。彼女と息子をここに住まわせる。もう日陰の思いはさせたくない。この家も会社も何もかも私のものになった。この日をどんなに待っていたことか」
「な、何を言っているの?……私は全部諦めて……学生時代の友人との付き合いも……結婚式だって……本当は……」
「金持ち娘はわがままだな……式を挙げられただけいいと思ってくれ。は、それすら出来ないというのに……」

……

「じゃあ……じゃあ私は?私は何だったの?そんなに好きな人がいるなら、私と結婚なんてしなくてよかったのに……」
「はあ?勤め人が上司の命令に逆らえるわけがないだろう?これだから何でも自分の思いどおりにしてきたお嬢さんは……せっかく美味しい話が目の前にぶら下がってるんだ。どうせなら全部手に入れてやるさ。お前の父親がどうしてあんなに結婚を急いだと思う?もう長くないと医者から言われていたからさ。自分が死んだらひとり娘の財産を狙って変なやつが会社を乗っとるかも知れない。だからお前の父親はあんなに慌てて私を婿にしたのさ」

「お、お父様が……うそ……私には何も……」
「知ったところで何になる?医者も手の施しようがないと言っていた。お前には何にもできないさ。しかし、思った以上に長生きしたな。そう言うわけだから、母屋は私と彼女と息子で暮らす。お前は父親のいた離れに移ってくれ」

それから私の孤独な日々が始まった。

一人で寝て一人で起きて一人でご飯を食べる。
結婚してから学生時代の友人たちとは連絡が途絶えていた。
社長夫人という立場で付き合う人たちは、表面上の付き合いだけで、心配ごとを相談するような関係の人は誰もいない。

今思えば、それもあの人の企みだったのかも知れない。

誰か……誰か……私の話を聞いて……一人はいや……私が悪いの?あの人の愛する人からあの人を奪ったのは私?そんなの私は知らなかった。私だって愛して欲しかった。どうすれば良かったの?私を愛せないなら、始めから私を選ばなければ良かったのに……誰も私を……本当の私を見つけてくれない……どうしたら私を愛してくれるの?

ルイスレーン………


「アイリ………」

温かくて力強い腕が私を抱き締める。

「アイリ……見つけた。愛している。もう離さない」

優しい声が呼び掛ける。泥の底に沈んだ私の意識を掬い上げてくれるのは……

温かい……冷えきった体に熱が伝わる。

夢なら覚めないで……私はこれを求めていた。温かいこの腕を……

「ルイス………レーン」
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