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第十二章
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クリスティアーヌが消えた。その一報が届けられたのは夕刻だった。
「消えたとはどういうことだ!」
報せを持ってきたギオーヴに半ば怒鳴り付ける。
「今日はベイル氏の所へ行った筈だ。ちゃんと護衛は付いていたのだろう?」
「はい。本日はナタリーとスティーブが……ですがベイル氏の所にいる間は護衛は不要ということで、時間を置いてお迎えに上がることになっておりました」
「私とスティーブは別行動を取っており、時間になる頃に伺う予定で、私の方が先に到着し、保育所の子どもが一人いなくなったとの騒ぎがあり、奥様はその子を探して飛び出して行かれました」
それからナタリーたちも二人を探していたところ、道端で子どもを見つけ、特徴がいなくなった子どもに似ていたので連れて帰ったということだった。
「それで、ア……クリスティアーヌは……」
「未だに行方がわかりません。あちこちで子どもを探して訊ね回っていたと……治安の悪い所に入っていったのを見た人がおりました」
そんなところに世間知らずの彼女が入っていけば、何があるかわからない。ルイスレーンは体が震え出すのを止められなかった。
命のやり取りをして、剣を交えてきた。紙一重の所で命拾いしたこともある。そんな時でも恐怖より高揚が先に立ち、ますます剣技が冴えたものだ。ここ最近でも、打ち合いでも練習とは言え殆ど負けなしと思えるほど調子が上がっていた。
クリスティアーヌ……アイリとの関係が影響しているのは一目瞭然だった。彼女への思い、彼女との交わり、身も心も力が漲るような感覚だった。
それが、彼女がいなくなったと知った途端、目の前が真っ暗になり彼女を失うかもしれないと考えると、がくがくと震えが襲った。
「閣下……リンドバルク卿、申し訳ございません。今スティーブにもあの辺りを探させております。我々は先にご報告をと思い、こうして参りましたが、お許し頂けるなら我々も捜索に加わりたいと思います」
ギオーヴに声を掛けられ現実に引き戻された。
「閣下……誠に申し訳ございません」
青ざめ今にも泣きそうなナタリーが頭を下げる。怒りに任せてギオーヴたちを叱責したが、ここで怒鳴り散らしても問題は解決しないと目を閉じて怒りを押し込めた。
「詫びはいい。まだ彼女がどうにかなったと決まったわけではない。いなくなってまだ数時間だ。子どもは無事だったのだ。彼女なら自分がどうなっていようと、その子が無事だと知れば喜ぶだろう。それに、彼女はたとえ自分が傷ついても、そなたらを責めはしないだろう。子どもを探すためとは言え、勝手に飛び出したのは自分が悪いのだと言う筈だ」
それを聞いて二人がはっとする。
「だから私も泣き言なら後で聞く。まずは心当たりを調べ尽くせ」
「は、はい」
「カイン、私の明日の予定は全て取り消せ、明日だけでなく彼女が見つかるまで全てだ。上には病気だとでも言っておけ」
「ですが閣下……」
「二言はない」
「は、畏まりました」
しかし捜索の甲斐なく、ひと晩経っても彼女は見つからなかった。
その翌々日。バルスケッタ侯爵家の夜会で、人々は信じられないものを見た。
リンドバルク侯爵が濃紺の夜会服に身を包み、一人現れた。バルスケッタ侯爵はルイスレーンの亡くなった父、前リンドバルク侯爵の友人でもあったので、彼がバルスケッタ卿と交流があるのは不思議ではなかったが、夜会に出ることが殆どなかった彼がそこに現れること自体が人々の注目を集めた。
しかも奥方を伴わず一人で。
噂によると、昨夜もいくつかの夜会に彼が一人で現れたらしい。
奥方はどうしたのかと訊ねる者があれば、彼女はこういった場にまだ慣れていないからだと答えていた。
様々な憶測が飛び交う。やはり格差の婚姻にすでに翳りが出たのだと推察する者もいた。
加えて人々が目を見張ったのはそれだけではない。
彼は自分に近づく女性たちにこれまでお世辞にも愛想がいい対応をしてこなかった。なのに、その夜の彼は全ての女性たちを虜にするような笑みを浮かべ、誘われるままに会話に加わり、何人もの令嬢たちとダンスを楽しんだ。
その変わりように人々は驚き、年頃の娘達は色めき立った。
リンドバルク卿は妻を身限り、近く離縁するかも知れない。結婚を機に彼は女性の魅力に目覚め、次の花嫁を探しているという噂が夜会の最中にどこからともなく広がった。
「リンドバルク卿、次は私と踊ってください」
「いいえ、私よ」
年頃の娘が既婚者に群がるのはあまり微笑ましいとは言えなかったが、これまで剣もほろろだった貴公子が自分達に目を向け、あまつさえ微笑んでくれることに彼女たちは夢中になった。
「残念ですが、他にも伺わなければならないところがありますので、これでお暇いたします。明日もゲイエノートン伯爵の夜会に出席させていただく予定ですので、その時にお会いしましょう」
一人一人の手の甲に恭しくキスをする。
「あら、明日もお会いできるのですか?」
「私も必ず伺いますわ。その時には必ず踊ってくださいね。お約束ですわよ」
「ずるいわ、私とも踊ってください」
「ご希望に添えるとお約束します」
極上の笑みを彼女たちに向け、ルイスレーンは主催者に挨拶をして早めに辞して、次の夜会へと向かった。
「消えたとはどういうことだ!」
報せを持ってきたギオーヴに半ば怒鳴り付ける。
「今日はベイル氏の所へ行った筈だ。ちゃんと護衛は付いていたのだろう?」
「はい。本日はナタリーとスティーブが……ですがベイル氏の所にいる間は護衛は不要ということで、時間を置いてお迎えに上がることになっておりました」
「私とスティーブは別行動を取っており、時間になる頃に伺う予定で、私の方が先に到着し、保育所の子どもが一人いなくなったとの騒ぎがあり、奥様はその子を探して飛び出して行かれました」
それからナタリーたちも二人を探していたところ、道端で子どもを見つけ、特徴がいなくなった子どもに似ていたので連れて帰ったということだった。
「それで、ア……クリスティアーヌは……」
「未だに行方がわかりません。あちこちで子どもを探して訊ね回っていたと……治安の悪い所に入っていったのを見た人がおりました」
そんなところに世間知らずの彼女が入っていけば、何があるかわからない。ルイスレーンは体が震え出すのを止められなかった。
命のやり取りをして、剣を交えてきた。紙一重の所で命拾いしたこともある。そんな時でも恐怖より高揚が先に立ち、ますます剣技が冴えたものだ。ここ最近でも、打ち合いでも練習とは言え殆ど負けなしと思えるほど調子が上がっていた。
クリスティアーヌ……アイリとの関係が影響しているのは一目瞭然だった。彼女への思い、彼女との交わり、身も心も力が漲るような感覚だった。
それが、彼女がいなくなったと知った途端、目の前が真っ暗になり彼女を失うかもしれないと考えると、がくがくと震えが襲った。
「閣下……リンドバルク卿、申し訳ございません。今スティーブにもあの辺りを探させております。我々は先にご報告をと思い、こうして参りましたが、お許し頂けるなら我々も捜索に加わりたいと思います」
ギオーヴに声を掛けられ現実に引き戻された。
「閣下……誠に申し訳ございません」
青ざめ今にも泣きそうなナタリーが頭を下げる。怒りに任せてギオーヴたちを叱責したが、ここで怒鳴り散らしても問題は解決しないと目を閉じて怒りを押し込めた。
「詫びはいい。まだ彼女がどうにかなったと決まったわけではない。いなくなってまだ数時間だ。子どもは無事だったのだ。彼女なら自分がどうなっていようと、その子が無事だと知れば喜ぶだろう。それに、彼女はたとえ自分が傷ついても、そなたらを責めはしないだろう。子どもを探すためとは言え、勝手に飛び出したのは自分が悪いのだと言う筈だ」
それを聞いて二人がはっとする。
「だから私も泣き言なら後で聞く。まずは心当たりを調べ尽くせ」
「は、はい」
「カイン、私の明日の予定は全て取り消せ、明日だけでなく彼女が見つかるまで全てだ。上には病気だとでも言っておけ」
「ですが閣下……」
「二言はない」
「は、畏まりました」
しかし捜索の甲斐なく、ひと晩経っても彼女は見つからなかった。
その翌々日。バルスケッタ侯爵家の夜会で、人々は信じられないものを見た。
リンドバルク侯爵が濃紺の夜会服に身を包み、一人現れた。バルスケッタ侯爵はルイスレーンの亡くなった父、前リンドバルク侯爵の友人でもあったので、彼がバルスケッタ卿と交流があるのは不思議ではなかったが、夜会に出ることが殆どなかった彼がそこに現れること自体が人々の注目を集めた。
しかも奥方を伴わず一人で。
噂によると、昨夜もいくつかの夜会に彼が一人で現れたらしい。
奥方はどうしたのかと訊ねる者があれば、彼女はこういった場にまだ慣れていないからだと答えていた。
様々な憶測が飛び交う。やはり格差の婚姻にすでに翳りが出たのだと推察する者もいた。
加えて人々が目を見張ったのはそれだけではない。
彼は自分に近づく女性たちにこれまでお世辞にも愛想がいい対応をしてこなかった。なのに、その夜の彼は全ての女性たちを虜にするような笑みを浮かべ、誘われるままに会話に加わり、何人もの令嬢たちとダンスを楽しんだ。
その変わりように人々は驚き、年頃の娘達は色めき立った。
リンドバルク卿は妻を身限り、近く離縁するかも知れない。結婚を機に彼は女性の魅力に目覚め、次の花嫁を探しているという噂が夜会の最中にどこからともなく広がった。
「リンドバルク卿、次は私と踊ってください」
「いいえ、私よ」
年頃の娘が既婚者に群がるのはあまり微笑ましいとは言えなかったが、これまで剣もほろろだった貴公子が自分達に目を向け、あまつさえ微笑んでくれることに彼女たちは夢中になった。
「残念ですが、他にも伺わなければならないところがありますので、これでお暇いたします。明日もゲイエノートン伯爵の夜会に出席させていただく予定ですので、その時にお会いしましょう」
一人一人の手の甲に恭しくキスをする。
「あら、明日もお会いできるのですか?」
「私も必ず伺いますわ。その時には必ず踊ってくださいね。お約束ですわよ」
「ずるいわ、私とも踊ってください」
「ご希望に添えるとお約束します」
極上の笑みを彼女たちに向け、ルイスレーンは主催者に挨拶をして早めに辞して、次の夜会へと向かった。
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