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第十一章
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使者を表で見送って戻ってきた叔父の顔は、怒気をはらんで真っ赤になりこれまで見たことがない程に恐ろしかった。
静かに玄関の扉を閉め背後で内鍵を施錠すると、ぐっと拳を握りしめて私たちに近づいてきた。何かを察して母がさっと私を自分の側から押し退けた瞬間、ガシンと音がして母がぶっ飛んだ。
「この野郎!俺に恥をかかせやがって!」
何が起こったのかわからなかった。数秒後に叔父が母の顔を拳骨で叩いたのだと気づいたときには、母の体は近くの壁に背中から打ち付けられ、その場にくずおれた。
「ああああああああーーーーっ!母さま!」
掛けよって母を助け起こす。彼女の左頬は腫れ上がり口から血と共に何かを吐き出した。殴られた衝撃で口腔内が傷つき、歯も何本か折れたようだ。
「……どき……なさい」
自分と叔父の間にいる私を押し退ける母の声はこれまで聞いたことがないほど力強かった。
「殴るなら……私を……この子には……手を出さないで……」
締まりなく血の混じった涎を滴しながら怒りに燃える叔父を睨み付ける。
「言われなくてもそうするさ。お前と違ってこいつはまだ利用価値がある。せいぜい高値で売り付けてやるさ」
「母さま!」
「離れていなさい!」
口汚く罵る叔父から出きるだけ私を離そうと、母は近寄ろうとする私に叫んだ。
「お前も、お前も俺をバカにするのか!何が王族だ、没落貴族のくせに……先に生まれただけで後継ぎになっただけで偉そうに」
それから叔父は母を何度も何度もぶった。体を丸くして亀のようにうずくまり、ひたすら耐えていた。私は泣きじゃくりながら叔父にすがり付き必死で止めようとしたが、拳が腫れ上がるまで殴り続けた。
「クリスティアーヌ!……アイリ!」
誰かが名を呼び揺さぶられる。
はっと瞳を見開き目の前に黒い影を認め、悲鳴を上げた。
「きゃあああ!いや!」
「私だ、アイリ、ルイスレーンだ」
身を捩って逃げようとする私の腕をしっかり掴んで、叫んだのはルイスレーンだった。
「ル……ルイ……」
「そうだ。あなたの夫のルイスレーンだ」
明かりが灯った中に、緑とオレンジの混じりあった瞳が心配そうに覗き込んでいた。
「あ………」
自分の寝台にいることき気づき、何があったのか把握して力んでいた体を緩めた。
「大丈夫か?夢でも見たのか?」
「旦那様……何が……奥様は大丈夫ですか?」
部屋の外からダレクの声が聞こえる。
「心配しなくていい。悪い夢でも見たのだろう。後は私に任せて皆は休みなさい」
それでいいかと目で訊ねられ、黙って頷いた。
立ち去る足音はひとつではなかった。ダレク以外の人たちも駆けつけてくれていたのだとわかり、申し訳なく思った。
彼はまだ朝出掛けたままの軍服を着ている。戻ったばかりなのだろう。私の視線に気づき彼が自分の着ている服を見下ろして説明する。
「帰って来て、前を通ったら叫び声が聞こえた」
「すいません……騒がせて」
まだ止まらない震えを押さえるため自分で自分を抱き締め、ぎゅっと目を瞑った。
「そんなに震えて……どんな夢を見たのだ」
そう訊ねるが、私の答えをすぐには求めず、私を引き寄せて背中をゆっくりと擦る。彼の心臓の音を耳にすると次第に震えが収まっていった。
「これは何だ?」
私が落ち着く間に目についたのか、寝台脇のテーブルに置いてある睡眠導入剤に気づき、手にとって私に見せながら訊ねる。
「あ、それは……ニコラス先生から頂いたお薬で………」
飲もうかどうか迷って置いていたのを忘れていた。
「薬?どこか悪いのか?」
驚いて体の悪い部位を見つけようと頭から足先まで眺め回す。
「いえ……そうでは……眠れない時に飲むようにと頂いたのです」
「そう言えば、目の下に隈が出来ている。昨日も今日も朝早く起きていたな。本当にどこも悪くないのか?薬に頼らなくては眠れないとは……」
目の下を親指でなぞり、額にかかる前髪をかきあげて顔全体を眺められる。
「この前も夢で起きたのだったな。もしかしてあれから毎晩か?あの時はデビュタントでのことを思い出したようだが……今回は何を思い出した?」
そう訊かれ、瞼を閉じると意識を失うまで叔父に殴られ、時には蹴られた母の姿が浮かんだ。
彼は国王陛下の注意を惹き付けたことに腹を立て、誰も言っていないことで理不尽に怒り狂っていた。それが彼のコンプレックスから来る言動だとわかったが、だからと言ってあんな風に母を痛め付けるのは間違っている。
「アイリ?」
二人きりなので彼は私をアイリと呼ぶ。彼にその名で呼ばれるとくすぐったい気持ちになる。
ニコラス先生の言葉が思い浮かぶ。
ーもし耐えられなくなるなら壊れる前に誰かに打ち明けることだー
私は彼に今思い出したことを含め、夜会の夜から自分に起こっていることを彼に話した。
静かに玄関の扉を閉め背後で内鍵を施錠すると、ぐっと拳を握りしめて私たちに近づいてきた。何かを察して母がさっと私を自分の側から押し退けた瞬間、ガシンと音がして母がぶっ飛んだ。
「この野郎!俺に恥をかかせやがって!」
何が起こったのかわからなかった。数秒後に叔父が母の顔を拳骨で叩いたのだと気づいたときには、母の体は近くの壁に背中から打ち付けられ、その場にくずおれた。
「ああああああああーーーーっ!母さま!」
掛けよって母を助け起こす。彼女の左頬は腫れ上がり口から血と共に何かを吐き出した。殴られた衝撃で口腔内が傷つき、歯も何本か折れたようだ。
「……どき……なさい」
自分と叔父の間にいる私を押し退ける母の声はこれまで聞いたことがないほど力強かった。
「殴るなら……私を……この子には……手を出さないで……」
締まりなく血の混じった涎を滴しながら怒りに燃える叔父を睨み付ける。
「言われなくてもそうするさ。お前と違ってこいつはまだ利用価値がある。せいぜい高値で売り付けてやるさ」
「母さま!」
「離れていなさい!」
口汚く罵る叔父から出きるだけ私を離そうと、母は近寄ろうとする私に叫んだ。
「お前も、お前も俺をバカにするのか!何が王族だ、没落貴族のくせに……先に生まれただけで後継ぎになっただけで偉そうに」
それから叔父は母を何度も何度もぶった。体を丸くして亀のようにうずくまり、ひたすら耐えていた。私は泣きじゃくりながら叔父にすがり付き必死で止めようとしたが、拳が腫れ上がるまで殴り続けた。
「クリスティアーヌ!……アイリ!」
誰かが名を呼び揺さぶられる。
はっと瞳を見開き目の前に黒い影を認め、悲鳴を上げた。
「きゃあああ!いや!」
「私だ、アイリ、ルイスレーンだ」
身を捩って逃げようとする私の腕をしっかり掴んで、叫んだのはルイスレーンだった。
「ル……ルイ……」
「そうだ。あなたの夫のルイスレーンだ」
明かりが灯った中に、緑とオレンジの混じりあった瞳が心配そうに覗き込んでいた。
「あ………」
自分の寝台にいることき気づき、何があったのか把握して力んでいた体を緩めた。
「大丈夫か?夢でも見たのか?」
「旦那様……何が……奥様は大丈夫ですか?」
部屋の外からダレクの声が聞こえる。
「心配しなくていい。悪い夢でも見たのだろう。後は私に任せて皆は休みなさい」
それでいいかと目で訊ねられ、黙って頷いた。
立ち去る足音はひとつではなかった。ダレク以外の人たちも駆けつけてくれていたのだとわかり、申し訳なく思った。
彼はまだ朝出掛けたままの軍服を着ている。戻ったばかりなのだろう。私の視線に気づき彼が自分の着ている服を見下ろして説明する。
「帰って来て、前を通ったら叫び声が聞こえた」
「すいません……騒がせて」
まだ止まらない震えを押さえるため自分で自分を抱き締め、ぎゅっと目を瞑った。
「そんなに震えて……どんな夢を見たのだ」
そう訊ねるが、私の答えをすぐには求めず、私を引き寄せて背中をゆっくりと擦る。彼の心臓の音を耳にすると次第に震えが収まっていった。
「これは何だ?」
私が落ち着く間に目についたのか、寝台脇のテーブルに置いてある睡眠導入剤に気づき、手にとって私に見せながら訊ねる。
「あ、それは……ニコラス先生から頂いたお薬で………」
飲もうかどうか迷って置いていたのを忘れていた。
「薬?どこか悪いのか?」
驚いて体の悪い部位を見つけようと頭から足先まで眺め回す。
「いえ……そうでは……眠れない時に飲むようにと頂いたのです」
「そう言えば、目の下に隈が出来ている。昨日も今日も朝早く起きていたな。本当にどこも悪くないのか?薬に頼らなくては眠れないとは……」
目の下を親指でなぞり、額にかかる前髪をかきあげて顔全体を眺められる。
「この前も夢で起きたのだったな。もしかしてあれから毎晩か?あの時はデビュタントでのことを思い出したようだが……今回は何を思い出した?」
そう訊かれ、瞼を閉じると意識を失うまで叔父に殴られ、時には蹴られた母の姿が浮かんだ。
彼は国王陛下の注意を惹き付けたことに腹を立て、誰も言っていないことで理不尽に怒り狂っていた。それが彼のコンプレックスから来る言動だとわかったが、だからと言ってあんな風に母を痛め付けるのは間違っている。
「アイリ?」
二人きりなので彼は私をアイリと呼ぶ。彼にその名で呼ばれるとくすぐったい気持ちになる。
ニコラス先生の言葉が思い浮かぶ。
ーもし耐えられなくなるなら壊れる前に誰かに打ち明けることだー
私は彼に今思い出したことを含め、夜会の夜から自分に起こっていることを彼に話した。
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